「瑞龍寺」

「瑞龍寺」
午前中「五箇村」を観て、午後から高岡に移る。庄川沿いに山道を下る。昔はこんな難所を超えて行ったのだろう。高岡では「大仏」と国宝「瑞龍寺」を見た。大仏は日本三大大仏で「奈良」「鎌倉」そして「高岡」だという。瑞龍寺は前田家二代当主「利長」を祭ったものだという立派なものだった。初代利家の息子、利家と松の間に出来た息子で苦労に苦労を重ねて外様の大大名の地位を守ったと言う人だったらしい。利長33回忌と50回忌の間に建てられた寺だという。本当に立派な藁葺き屋根の寺だ。「東大赤門」と全く同じ規模で色が違うだけと言う大きな門があり、その先に左右に文殊、普賢の両菩薩を従えたお釈迦様がご本尊として安置された建物、更にその奥に高さ2mの巨大な「利長公」のご位牌がある建物という構成だ。寺の周囲には長い回廊が巡らされていた。この寺は「鶴見・総持寺」や「福井・永平寺」と同じ「曹洞宗」だ。従って大学は「駒澤大学」だ。この寺と利長公の墓所との間の道には複雑な徳川家に対する配慮があり、当時の苦労を思い出させた。参勤交代は徳川家への恭順を示すために加賀前田家が始めたという。加賀百万石を維持するのは本当に大変だったのだろう。
以上、勢古口が東京からお送りしました。来週はハワイに行きますので、次回更新は2月10日になります。

「五箇村」

「五箇村」
世界遺産の一つだ。ここも合掌造りの建物がある村なのだが、ここで有名な「こきりこ節」の演奏の一部を聞くことが出来た。たまたま入った民族品展示館で受付の女性が歌ってくれた。その時使うのが「こきりこ」と「ささら」だ。「こきりこの竹は七寸五分よ」と歌う民謡だ。その歌詞は「窓のサンサもデデレコデン、こきりこの竹は七寸五分じゃ、長いは袖のカナカイじゃ、踊りたか踊れ泣く子をいくせ、ササラは窓の許にあるー、向の山を担ことすれば、荷縄が切れてかづかれんー、、、」と続く。写真は「こきりこ」と「ササラ」だ。ササラは108枚の板が付いており、これを鳴らしリズムを取る。こきりこは二つを叩きあい音を出す。さてこの五箇村の名前の由来は、「五つの谷のあるところ」ということで昔は「五ケ谷」と言われていたらしい。それがいつかから「五箇村」となったという。元々倶利伽羅の戦いで源氏に破れた平家の落人が住んだ村だといわれている。この戦い、「火牛の計」で有名だ。五箇村には金沢藩の流刑地があった。今もその村は「咎(とが)村」と言われている。島送りではなくて加賀藩では「山送り」だったのだ。

「金沢にて」

「金沢にて」
昼には白川郷から金沢市内に移る。ボランティアガイド「まいどさん」のS氏の案内で古い金沢の街を歩く。昭和25年以前の建物が市内には6000棟あるという。戦災にあっていない数少ない都市だそうだ。戦前からの面影が残る街。これまでは金沢城や兼六園、香林坊、武家屋敷等には何度も訪れたが、茶屋町周辺には初めて訪れた。「主計町(かずさまち)」や「東茶屋町」等の花柳界や花街が今も残っていて風情がある。「日本路地百選」にも選はれた落ち着いた雰囲気が日本を感じさせる。この旧花街だが、道路に面した家は全て隣と完全に密着している。従って、表と裏しか明り取りがない。だがそのため3階部分が吹き抜けとなっていて明り取りになっている。京都の町屋のように中庭もある。また家の中の階段は幅が焼く1間ほどある。人が二人並んで階段を上れるようになっているという。これも昔の花街の名残だそうだ。バスで移動して兼六園へ。木々に雪吊りが施された庭園は残念ながら雪はなかった。兼六園では丘の上の池が11キロ先の犀川から引き込まれていると知る。また金沢城には堀を隔てて逆サイフォン式で噴水のように兼六園から水を二の丸に送っているというからこれまた驚き。池を海と見做し、島は亀、畔の松は鶴と縁起を担いだ造りだそうだ。ガイド付きはありがたい。兼六園周辺にはお茶席がかなりあり、和服姿の女性が沢山いた。茶会が模様されていたのだった。だから金沢の文化、金沢友禅、会席料理、和菓子等が発達し更に維持されているのだと認識させられた。需要があるから供給もあるのだ。さて最後に「21世紀美術館」を見学して、「氷見」へ向う。ここで富山名物を堪能した。「寒鰤尽くし」として「鰤の刺身」「鰤しゃぶ」「鰤大根」「鰤の鉄板焼き」、そして「氷見うどん」、「蟹」を食べた。満足です。

「白川郷」

「白川郷」
金沢で例の3S会の「スーさん」「サーさん」と待ち合わせして北陸道、東海北陸道経由で約1時間半、世界遺産「白川郷」(岐阜県)に着く。驚いたことに外国人、といっても台湾人、韓国人、中国人が多いこと。それ以外にもタイ人、インドネシア人、欧米人もいた。とにかく人種の坩堝だ。20棟ほどの合掌造りの集落は屋根の角度60度の急な傾斜で雪から建物を守るという。夜のライトアップは午後5時半。展望台には大勢の人たちが集まっていてその時を待っていた。ライトアップはまず合掌造りの建物の内部が点灯され、窓に火が点される。そしてその後に建物全体がライトアップされるらしいが、兎に角人の多さで閉口だ。まるで銀座の歩行者天国が現れたようだった。でもこのために日本全国からも海外からもやってくる。更に3月14日の北陸新幹線開業となれば更に人は増えるだろう。みやげ物店で叔母さんに聞いた。すると昔はこの白川郷から富山方面に行くには「庄川」で船に揺られて、二つのダムで乗り換えて下ったという。だが今の経済圏は岐阜の高山なのだ。その夜は白川郷から車で30分ほど離れた「平瀬温泉」の民宿に泊まったが、別のグループは茨城の鹿島から来ていたが、名古屋、高山経由で来たと言う。距離的には圧倒的に富山や高岡が近い。しかし今は東海地方からのルートが主流みたいだった。白川郷は雪を知らない東南アジアの人たちには凄い人気があるというのが分かった。我々も雪の白川郷を堪能した。翌朝は再度展望台まで登り、霧に霞む白川郷を観たが幻想的だった。

「2015年の映画のお話し」
映画「おみおくりの作法」(銀座シネスゥイッチにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年14作目)
地区民生係の独身男性は、孤独死をした人たちの関係者を探し出し葬儀をする仕事。だが合理化により首となる。最後の仕事で自ら死者の娘を見付け出す。ラストシーンが印象的だ。果たして葬儀は死んだ人のためなのか、現世に残った人のためなのか?

映画「ビッグ・アイズ」(TC有楽座にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年15作目)
1960年代アメリカで流行った少女を描いたビッグアイという絵画を巡る騒動。本当のお話し。実際は妻が描いた絵を夫の名前で売り出したところ、大受けになったのだが。

映画「KANO」(角川シネマ有楽町にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年16作目)
副題「1931海の向うの甲子園」。台湾の弱小チームを甲子園に連れて行こうとする監督と選手達の物語。事実に基づく。嘉義農林は全く勝てないチームで台湾人、漢人、日本人の混成野球チームだった。3時間と長いが面白い。

日経新聞1月30日夕刊の「シネマ万華鏡」の評価によれば、「さらば、愛の言葉よ」が5つ星、「さよなら歌舞伎町」が4つ星、「エクソダス」が3つ星、「トレヴィの泉で二度目の恋」が3つ星、「ドラフト・デイ」が3つ星、「ミルカ」が3つ星、「ジョーカー・ゲーm」が2つ星でした。

「私の去年2015年の映画の評価は?」
今年の★★★★★は、
今年の★★★★は、「ゴーン・ガール」「トラッシュ」「スパイ・レジェンド」「アゲイン、28年目の甲子園」「おみおくりの作法」「ビッグ・アイズ」「KANO」

「2015 旅の記憶シリーズ」
2015年の国内旅行は、1月に福岡(博多)、大分(中津)、佐賀(武雄温泉)、岐阜(白川郷、)、富山(五箇山、氷見、高岡)、新潟(越後湯沢)を訪れました。

2015年の海外旅行は、
「2015年 歌舞伎観劇シリーズ」

「2015 本の記憶シリーズ」
「明日のことは知らず」(宇江佐 真理 著)文春文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年21冊目)「髪結い伊三次捕物余話」シリーズ

「野望と忍びと刀」(鈴木 英治 著)祥伝社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年22冊目)「惚れられ沢宮官兵衛」シリーズ第2弾

「非道の五人衆」(鈴木 英治 著)祥伝社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年23冊目)「惚れられ沢宮官兵衛」シリーズ第3弾

「風塵の剣」(稲葉 稔 著)角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年24冊目)「風塵の剣」シリーズ第7弾

「人待ち月」(小杉 健治 著)祥伝社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年25冊目)「風烈廻り与力青柳剣一郎」シリーズ第2弾

「まよい雪」(小杉 健治 著)祥伝社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年25冊目)「風烈廻り与力青柳剣一郎」シリーズ第2弾

「飯盛り侍」(井川 香四郎 著)講談社社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年26冊目)「飯盛り侍」シリーズ第1弾

「鯛評定」(井川 香四郎 著)講談社社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年26冊目)「飯盛り侍」シリーズ第2弾

「北へ」

「J  REPORT 2015 2月第1週」
「リタイアメント・ノート 6年8ヶ月目」、
「VOL。884 SINCE AUG.12th、1983」
「旅暦57、北へ」
「立山連峰」
福岡から戻って取り合えず、一旦自宅に戻り、汚れ物を洗濯機に入れて直ぐにまた出発した。新幹線で越後湯沢経由金沢へと向う。驚いたことに熊谷駅手前で西に富士山の雄姿を観た。その日は朝の飛行機からと午前中の新幹線でと2度目の富士山だった。関東平野の中心部からも富士山が見えたことにびっくり。さて、越後湯沢からの「ほくほく線」で金沢に向うが、富山手前で「立山連峰」が素晴らしい姿を見せていた。北アルプスの山に「立山」という山はない。しかし地元の人は「立山連峰」という。今は厳冬期だから雪に覆われている。ところが驚いたことに富山湾の「氷見」からは年間平均で22日間しか山を観ることが出来ないという。それほどこの地方は曇りや雨や雪の日々が多いということらしい。「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉通りなのだという。でも立山は美しい。

「先輩の死」
突然大学の先輩が死んだ。アメリカンフットボール部の6年先輩だ。風呂場での突然死だったという。その訃報を聞く数日前にNHKラジオで日本人の風呂場での突然死は交通事故死を大きく上回る年間1万7千人だということを聞き、気を付けなければと思っていた矢先のことだった。ご冥福をお祈り致します。

「まねき鮨」

「手前勝手世界食物語、第361号」
「まねき鮨」
ちょっと早めに5時半から店を開けてもらった。こんな田舎の武雄温泉に美味しい寿司屋があること自体驚きだが、有明海、玄界灘、五島列島と実は佐賀県は意外に海に恵まれた県なのだ。だから美味しい寿司ネタも沢山ある。店に入ったら丁度自家製の「カラスミ」を造っていた。これからまだ1か月は完成までかかるという。芋焼酎を飲みながら、美味しい寿司を食べる。至福の一時だ。全てが地元のものばかりだ。この店にも年2回ばかり訪れる。いつも何を食べさせてくれるのかと楽しみが増すのが「まねき鮨」だ。今日はちょっと早めに7時過ぎで博多に戻ることにしたが、次回がまた楽しみだ。翌朝、福岡発7時の飛行機で東京に戻った。駿河湾上空で雲の上に頭を出していた富士山を観た。実に美しい姿だった。
以上、東京に戻った勢古口がお送りしました。

「武雄温泉市営図書館」

「武雄温泉市営図書館」
博多から佐世保行の特急に乗り、佐賀の「武雄温泉」に行く。駅前からバスに乗り「御船山楽園」に行く。「つつじ」で有名な場所らしいが、当然ながら今は咲いていない。春の桜、つつじ、秋の紅葉が素晴らしいという。鍋島藩の庭園だったという。更に歩いて「武雄温泉市立図書館」へ。ここは民間の業者に運営を委託してから人気が出て多くの人を集めるようになったユニークな場所だ。これをやり遂げた市長は先日の佐賀県知事選に出て負けた。非常に個性的な人らしいが敵も多いそうだ。木造二階建ての斬新な建物で、中にはスタバもあり、多くの人が読書していた。図書館で1時間ばかり時間を潰してから、お目当ての「まねき鮨」に行く。今日は朝から「中津」「武雄温泉」と歩き回ったので少し疲れた。

「中津城」

「中津城」
この城を築城したのが「黒田勘兵衛」だと初めて知った。海に面した城で河口の港に隣接していた。海運の拠点であり、中津の平野を眺められる場所に設けられた城だった。秀吉より与えられた土地が中津だったという。城の中には甲冑類が沢山あったが、いずれにしても勘兵衛ブームに乗っているのだろうか?結構観光客も来ていた。風光明媚な温暖な土地柄だというのが中津の印象だった。隠居した勘兵衛が中津にいる時に、息子の長政は関が原で戦っていた。勝利した東軍の一員として長政は家康に誉められ手を握られたと父に報告したのだが、勘兵衛はどの手で握ったのか?そしてその時左手は何をしていたのか?と問うたという。なぜ、家康をその時殺さなかったのか?と問い詰めたというのだった。黒田勘兵衛最後の天下取りの夢は去った。

「中津市へ」

「中津市へ」
福澤先生の故郷「中津市」を訪ねた。博多から2時間、中津は海辺の静かな町だった。徒歩で「福澤記念館」に行く。併設されて「旧福澤邸」もあった。明治34年に福澤先生の記憶を元に再建されたものらしい。部屋の中に吊るされたお櫃置きがあったが、これは先生が考えたもので、お櫃に入ったご飯が痛まないように風通しよく、天井から吊るされていて、且つ壁から離されていた。これはご飯を狙うネズミ対策にもなっていたという。先生は中津で漢学を学び、長崎留学で蘭学、更に大坂の適塾に学び、塾頭にもなり、その後江戸の中津藩邸で英語の塾を始めたのが今の「慶應義塾」の基となった。先生の肖像画が1万円札になって30年だという。丁度、消防の防火訓練が行われていた。この場所が中津にとって大切な場所だということが分かった。幕末、九州からは偉人が沢山輩出されている。早稲田の創始者大隈重信、そして維新を成し遂げた薩摩人たちと枚挙に暇がない。

「2015年の映画のお話し」
映画「鉄道員 ぽっぽや」(銀座TOEI座にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年9作目)
高倉健の遺作だが、素晴らしかった。感動感激。朴訥として鉄道員としてでしか仕事が出来ない不器用な男を描ききっていた。ラストが感動だ。

映画「ジミー、野を駆ける伝説」(ヒューマントラストシネマ有楽町にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年10作目)
1932年のアイルランド。イギリスの干渉、農民と地主の対立、そんな中自由を求めた一人の男、ジミーを描く。

映画「スパイ・レジェンド」(角川シネマ有楽町にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年11作目)
引退したCIAのスパイが妻を殺された復讐に走り出す。中々面白かった。

映画「アゲイン」(ユナイテッドシネマ豊洲にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年12作目)
副題は「28年目の甲子園」。高校時代県大会決勝戦の前日、部員が暴力事件を起こし、欠場してしまった彼らが28年後に再び甲子園に挑むというもの。野球ファンならば必見だ。感動しました。

映画「神様はバリにいる」(ユナイテッドシネマ豊洲にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年13作目)
フランスのパリが舞台の映画だと思って観たら、インドネシアのバリだった。事業に失敗し自殺しようとしてバリを訪れた若い女性が日本人の富豪に出会い、人の繋がりと思いやりを見つけるというもの。

日経新聞1月23日夕刊の「シネマ万華鏡」の評価によれば、「おみおくりの作法」が4つ星、「アニー」が3つ星、「アゲイン」が2つ星、「スパイ・レジェンド」が3つ星、「シェアハウス ウィズ ヴァンパイア」が3つ星、「二重生活」が3つ星、「激戦 ハート・オブ・ファイト」が3つ星でした。

「私の去年2015年の映画の評価は?」
今年の★★★★★は、
今年の★★★★は、「ゴーン・ガール」「トラッシュ」「スパイ・レジェンド」「アゲイン」

「2015 旅の記憶シリーズ」
2015年の国内旅行は、1月に福岡(博多)、大分(中津)、佐賀(武雄温泉)、岐阜(白川郷)、新潟(越後湯沢)、長野(善光寺)を訪れました。
2015年の海外旅行は、
「2015年 歌舞伎観劇シリーズ」

「2015 本の記憶シリーズ」
「望の夜」(今井 絵美子 著)角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年14冊目)「髪ゆい猫字屋繁盛記」シリーズ第4弾

「操の護り」(上田 秀人 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年15冊目)「御広敷用人大奥記録」シリーズ第7弾

「千両箱」(小杉 健治 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年16冊目)「般若同心と変化小僧」シリーズ第4弾

「儀式 上」(パトリシア・コーンウェル 著)講談社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年17冊目)「検死官スカーペッタ」シリーズ第21弾

「儀式 下」(パトリシア・コーンウェル 著)講談社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年18冊目)「検死官スカーペッタ」シリーズ第21弾

「私闘向島」(稲葉 稔 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年19冊目)「剣客船頭」シリーズ第11弾

「岳飛伝」(北方 謙三 著)集英社刊 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年19冊目)「岳飛伝」シリーズ第11弾

「ゴースト・スナイパー」(ジェフリー・ディーヴァー 著)文芸春秋刊 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★★(今年19冊目)「リンカーン・ライム」シリーズ第10弾
このシリーズはいつも単行本で買い求めている。文庫本になるまで待てないからだ。流石、実に面白い。今回も捻りに捻った内容で最後の最後まで種が仕掛けてあった。最高です。

「闇の陣羽織」(鈴木 英治 著)祥伝社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年20冊目)「沢宮官兵衛」シリーズ第1弾

「今年最初の国内旅行は西へ」

「J  REPORT 2015 1月第5週」
「リタイアメント・ノート 6年7ヶ月目」、
「VOL。883 SINCE AUG.12th、1983」
「旅暦57、今年最初の国内旅行は西へ」
「人手不足」
先日大学時代の仲間との新年会を銀座で行った。とにかく店は活況で大繁盛だったが、人手が全く足りておらず、店員さんたちは右往左往して客に対応していた。いつもならば韓国人の若い女性の店員もいるのだが、男性2名が配膳と注文を受けていた。聞いたところ、全くの人手不足でアルバイトの店員が全然見つからないとのことだった。日本は今、大企業を中心に景気回復が顕著だ。一方で中小企業は不景気風が吹いているという。しかし、年末から新年にかけて忘年会や新年会は物凄く多く人出は凄かった。そんな中でやはり人手不足は深刻なようだ。建設工事も人手不足だし、飲食業も人手不足だという。やはり景気は上向いているのだろうと思える。春闘も賃金アップはどうやら確実になりつつある。株価もそろそろ動き出すだろう。

「もつ鍋の七山」
羽田から乗った飛行機は最新鋭機「787」だった。初めての787だった。期待してトイレに入ったが、シャワートイレにはなってなかった。がっかりでした。エコノミーの座席は3席、3席、3席の9席だから、胴体部分はちょっと細めなのかな?雲の影響で4万フィートから下は全く見えない。1時間40分で福岡到着だ。ホテルにチェックインして直ぐにいつもの「七山」に向かう。福岡市内はバス路線が充実しているのでバスを乗り継いで警護(けご)まで行く。昨年7月以来の訪問だ。「鹿児島産地鶏の焼き物」「もつ鍋」を食べ、満足、満足だったが、お店は大繁盛の満席になっていた。地鶏の焼き物に生ビール1杯、突出し2品で1000円の「晩酌セット」を売り出したところ大人気となり、連日混雑しているという。当初は夏枯れ対策で平日のみだあったが、人気が出てそのまま継続してるという。地鶏はももの部分一本を解体して出している。良かった、良かった。店の場所を約2kmほど移動したので従来のお客が来ないのではと心配していたそうだが、新しい客を獲得したようだった。