「手前勝手世界食物語、第253話」

「オレゴン・バー&グリルより」
久し振りに「汐留センタービル」42階のレストラン「オレゴン・バー&グリル」に行った。一年以上行ってないか。窓際の一等席を確保できた。場所柄、周囲が見渡せ、そろそろ沈もうとしている太陽に照らされている「スカイツリー」も「東京タワー」も見える。この店、その名の通り米国は「オレゴン州」の「アンガス」という牛肉が売り物なのだ。勿論「和牛」もあるが、こちらは高い。今回はちょっと安い「SONORA」という肉のステーキを頼んだ。230gで@4000円。ワインが高かった。「クーパーPG」フルボトル@5000円。味はまあまあだったが、どうしてこうもワインが高いのだろうか?ちょっと儲け過ぎではなかろうか。さてステーキだが、思ったほどではなく、美味いとは言えなかった。「景色で勘弁してくれ」という訳ではないだろうに。店には夕暮れを過ぎるに連れて客が訪れるようになっていたが、この値段でも入る人がいるのが日本、それも東京の不思議だ。
以上、連休明けの東京からお送りしました。

「古地図片手に日比谷公園」

日比谷公園にやって来た。古地図を観てみると、この辺りは全て武家屋敷だったことが分かる。今の「日比谷公会堂」は「松平甲斐」、公園の一番北側、即ち江戸城側には「松平大膳」「御用ヤシキ」「松平肥前」「阿アノト」他10家があった。武家屋敷には必ず「紋」が書かれている。この辺は江戸城からも近いから「譜代大名」か「高・ネ旗本」の上屋敷だったのだろう。今の「プレスセンター」や「富国生命ビル」の辺りは「町屋」で「久右衛門丁」「クボ丁」「センエモン丁」「ケンホウ丁」等々となっていて、その周囲はまた武家屋敷だらけだった。霞ヶ関の官庁街は勿論「武家屋敷」が立ち並んでいた。今の「警視庁」は「松平市正」となっていた。どこの誰だから分からないが、「桜田門」の目の前と言う位置からすると高・フ旗本だと考えるべきか。ちょっと飛ぶが、都内最大の墓地である「青山墓地」は当時は「青山タイゼン」の屋敷だったようで、墓地と屋敷用地が完全に一致している。次回は「御門」を考えてみよう。

「はげと白髪、そして鬚(ひげ)」
中高年の悩みと言えば男性は「はげ」、女性は「白髪」、或いは男女共にこの二つは共通の悩みなのだろう。かくいう私はお蔭様で額は若い頃から2cmほど後退したが、髪の毛自体は薄くはなったもののまだある。白髪も鬢(びん)の部分に若干あるものの普通の茶色っぽい黒髪だ。そうは言っても髪の毛の量は減ったし、細くなった。だから真上から見下ろされると若干透けて見える。歳から比べれば黒いほうだが、最近は男性でも髪の毛を染めている人が増えている。大体芸柏lなどは殆どが「鬘(かつら)」か「染めて」いるのだろうが(それでないと黒過ぎる)、我々の世代でも染めているが多い。まあ歳相応であったほうが良いとは思うのだが、個人の問題だから関係ないか。さて、かなりの人が引退生活を始めるとなぜだか「鬚」を蓄え始める。どうしてなのか?サラリーマン時代に出来なかったことをなそうとするのか?ところがこれが似合う人と似合わない人がいる。それがまたまた不思議だ。私はと言えば、一日でも髭剃りをしないで無精ひげにしてしまうと、途端に鬚に白髪が目立ってしまうのだ。仕方ない訳ではないが、だから毎日髭剃りに励み、無精ひげにはしないように、勿論「鬚」は生やさないつもりだ。

「エルミタージュ美術館のレンブラント」

レンブラントの「ダナエ」の裸婦はテレビの解説によると、裸婦の手の位置が当初のものから書き換えられているという。神々しいばかりの裸婦の右手が左側空間の光に向かいかざしているように手の位置が変えられたらしい。まあ素晴らしい絵だ。絵の奥でその光を見詰めている男が何を浮オているのか?見る方向が違ってはいませんか?

「五輪」
いつも不思議に思っていることの一つが翻訳語、所謂外来語の和訳語だ。今、真近に迫っている「ロンドン・オリンピック」だが、何時の間にか、オリンピックが五輪となってしまった経緯は知らないが、実にユニークなネーミングであることは事実だ。オリンピックと言う名前自体が、発祥の地「ギリシャのオリンポス」で開催されていた「古代の競技会」から採られた言葉なのだろうが、それを日本語にする際に、一つの象徴でもある「五大陸を浮キ五つの輪」のマークから「五輪」とつけたのは日本人らしい感覚だといってもいいだろう。どこから見てもオリンピックが五輪に変化するはずがない訳だからだ。実はその語源はひょっとすると「九輪」にあるのかも知れない。「九輪」は五重塔などの塔の先端に立っているもので、普通は九つの輪が縦に並べられているから、日本人には比較的親しみ易いものだ。丁度、東京スカイツリーの先端みたいだ。さて、同じような言葉に「野球」がある。「ベースボール」をどうしたら野球に訳せるのか、凡人である私には分からない。本来ならば「塁球」としたほうが直訳だろうが。ベースボールをやるのをフィールドと呼ぶから、「フィールド=野」としたのだろうか?一説に「正岡子規」が訳したとしているらしいが、史実は違って第一高等中学校のベースボール部員だった「中馬庚」が作った和製漢語だというのが正しいそうだ。話しを戻して「五輪」がだ、どうやら読売新聞の「川本信正」氏が1936年に作ったものらしい。その下敷きには「五大陸の五つの輪」と「宮本武蔵の五輪書」があるらしい。驚くことにお隣の国「韓国」でもオリンピックを五輪と呼んでいるという。

タ「エルミタージュ美術館のダ・ヴィンチ」

昨年11月に訪れた時に撮った写真の中にかの有名な「レオナルド・ダ・ヴィンチ」作の名画が二つあった。絵自体はそう大きなものではないが、周囲は人の壁が出来ていた。「ブノワの聖母」と「リッタの聖母」(写真)の二枚の絵だった。これらの絵はやはり人類の貴重な遺産なのだろう。画家であり、建築家であり、科学者でもあったダ・ヴィンチは天才だったのだろう。パリ、ルーブルの「モナ・リザ」で有名な彼の絵も含めた彼の絵はそう多く残されていない。描いた作品数が少ないということなのだろう。

2012年の映画のお話し
「私の今年の映画の評価は」
今年の★★★★★ 「ヘルプ」「わが母の記」
今年の★★★★  「ロボジー」「麒麟の翼」「ドラゴンタトゥーの女」「ポエトリー」「ピラミッド」「シャレード」         「PINA」「エル・ブリ」「マーガレット・サッチャー」「マリリン 7日間の恋」「スターウォーズ EPISODE1」「アーティスト」「ジョン・カーター」「裏切りのサーカス」

映画「タイタンの逆襲」(丸の内ピカデリーにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年87作目)
ギリシャ神話が題材なのだろう。神々達の争いから「ゼウス」が地底の神に捕らえられてしまう。それをゼウスと人間の間に生まれた「ペルセウス」が助けに行くというもの。3Dでした。

映画「女ドラゴン」(銀座シネパトスにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年88作目)副題「怒りの未亡人軍団」
中国は「宗」の時代の「楊家」という豪族の物語。次々と男が辺境の戦いで死ぬ。その敵を未亡人になった婦人たちが立ち上がって戦うというものでした。中国映画特有の「ワイア・アクション」と戦闘シーンが半分以上の映画でした。

映画「マッシュ」(日比谷みゆき座にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年89作目)
朝鮮動乱時の前線で活躍する医師団の部隊が「MASH」というものだった。そこで起こる悲喜劇を描く。セックスありお笑いあり、なんでもありでした。

日経新聞5月11日付け夕刊の「シネマ万華鏡」の評価によると、「ロボット」が4つ星、「さあ帰ろう、ペダルをこいで」が4つ星、「ムサシ日記?白い犬」が4つ星、「幸せの教室」が3つ星、「宇宙兄弟」が2つ星、「レンタネコ」が3つ星、「この空の花」が3つ星でした。

「シノプスシ174」
「笑う合戦屋」(北沢 秋 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年121冊目)
16世紀前半の信州地方を争う豪族「村上家」に仕える外様の「石堂一徹」は若いが戦の名人と武勇を誇っていた。村上家の敗戦後9年が経ち、今や遠藤家に仕えていたが、遂に竹田晴信との戦いとなった。実に面白かった。絶対にお薦め。

「秋風惑う」(芝村 涼也 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年122冊目)「返り忠兵衛 江戸見聞」シリーズ3作目
「花風躍る」(芝村 涼也 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年123冊目)「返り忠兵衛 江戸見聞」シリーズ4作目
「雄風翻る」(芝村 涼也 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年124冊目)「返り忠兵衛 江戸見聞」シリーズ5作目
遠州の小藩「定海藩」の藩内対立で兄を失った「筧忠兵衛」は江戸の逃れたが、藩を牛耳る御側用人「神原」からの追っ手は厳しかった。だが江戸での忠兵衛の大活躍は幕閣の目にも留まり、遂に藩は改革派の勝利となる。

「傾国の策」(上田 秀人 著)徳間文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年125冊目)「お髷番承り候」シリーズ4作目
徳川4代将軍家綱のお髷番「深室賢治郎」が活躍する。

「燦 風の刃」(あさの あつこ 著)文春文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年126冊目)シリーズ1作目
「燦 光の刃」(あさの あつこ 著)文春文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年127冊目)シリーズ2作目
双子の兄弟の運命を描く。一人は国元の筆頭家老の息子。一人は山に住む一族の唯一の生き残り。二人は競いながら、しかし協力しながら活きて行く。

「剣術長屋」(鳥羽 亮 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年128冊目)「はぐれ長屋の用心棒」シリーズ23作目
「怒りの一閃」(鳥羽 亮 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年129冊目)「はぐれ長屋の用心棒」シリーズ24作目
人呼んで「はぐれ長屋」に住む一刀流の達人「華町源九郎」と居合いの達人「菅井紋太夫」たちが活躍する物語。

「刺客三人」(幡 大介 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年130冊目)「大富豪同心」シリーズ8作目
「卯之吉子守唄」(幡 大介 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年131冊目)「大富豪同心」シリーズ9作目
江戸の豪商「三國屋」の孫息子はお金で同心株を買ってもらい「八巻卯之吉」となって大活躍。本当は何もしていないのだが周囲がお膳立てしてくれ手柄ばかりが転がり込むという強運の持ち主だった。

鯉のぼり

「J REPORT 2012 5月第3週号」
「リタイアメント・ノート 3年目11ケ月目」 「VOL.739 SINCE AUG. 12th、1983」
まず最初にお断りしておきます。今月の18日から6月1日まで「アメリカの国立公園15箇所巡り」の旅に行きます。従って、旅行前の17日に新たな更新を行った後は、帰国後の6月2日までこのホームページは更新しませんのでご了解ください。

「鯉のぼり」
連休後半になってようやく天気も持ち直してきた5月5日の日。朝から思い切って相模川まで遠出をすることにした。インターネットで調べたら沢山の鯉のぼりが川面にたなびいているという。自宅から都バス、都営地下鉄、京王線、神奈川中央バスを乗り継いで約2時間半で相模川沿いの「水郷田名」に着いた。いやはや5筋のワイアーに何百匹もの大小の「鯉幟」が競い合うように並んで空気を孕んでいた。正に「五月晴れ」の空に元気にたなびく鯉のぼりの姿は雄大そのものと言ってよい。わが子の無事な成長を祈って掛けられた鯉のぼりたち。河川敷の駐車場は満車だし、沢山の親子連れがこの鯉のぼりに見入っていた。さて帰りのバスの時刻浮??ゥたら、なんと1時間に1本で、次のバスは10分後、その次の次は1時間10分後となっていたので、慌てて10分後のバスに飛び乗った。現地滞在時間たったの10分でした。

「盲導犬」
銀座からの帰りにバスに乗った。すると途中から「盲導犬」を連れた?「盲導犬」に連れられた?男性二人組が乗って来た。ところが盲導犬に導かれている男性はどう見ても目明きだ。彼等がシルバーシートに座ると、盲導犬は彼等の足元の裏側、太腿の下に横になって寝そべった。これなら盲導犬は通路のお客の邪魔にならない。恐らくこれは「盲導犬訓練」なのではなかろうか?実際のバスに乗車しての訓練なのだろうと一応納得した。それにしてもバスに乗っても動じないのは流石でした。それに比べ我が家の愛犬「もも」は躾が悪いので夜でも吼えまくっていた。近所迷惑で困っています。

「手前勝手世界食物語、第252話」

「たけのこご飯」
大垣に住む知人の方から旬の「筍」が送られて来た。大きな筍が2本、掘り立てだろう。早速どう調理しようかとインターネットでレシピを調べ、とりあえず「たけのこご飯」を作ることにした。「出し汁」「醤油」「塩」「酒」「味醂」そして具材は「人参」「油揚げ」勿論「筍」。これらでお米を炊き上げて出来上がり。まあまあの出来かと一人納得でした。残りの筍は「青椒牛肉絲」「筍とニラの豚キムチオイスターメ[ス炒め」「麻婆たけのこ」等を作ってみます。そんなことを考えていたらラジオで「グッチ裕三」というタレントが「筍の炒め物」を紹介していたので、その日は「筍づくし」として、まずはグッチ氏の炒め物を作った。実に簡単で、「ニンニクをバターとオリーブオイル」で炒め、そこに「鷹のつめ」と茹でた「たけのこ」を入れて軽く炒めるだけで完成。もう二品は「麻婆たけのこ」と「たけのこの煮物+ワカメ」で夕食にしました。どれも簡単な料理でヘルシーでした。今年は天候不順で筍の出来が悪いという。それでも筍は放っておけば竹薮でどんどん伸びて大きな竹になってしまうので、必ず間引きも兼ねて掘り出さなければならないというから手間のかかる食べ物なのだ。それにしても雨が止まないねえ。「雨後の筍」がまたまた出てくるのだろうか?
以上、連休の東京から勢古口がお送りしました。

「早慶戦」

伝統の第60回「早慶アメリカンフットボール対抗戦」が「昭和の日」の4月29日に行われ応援に行ってきた。一昨年に辛うじて勝った以外、母校は最近は負けが込んでいる。これまでの対戦成績は慶應37勝、早稲田21勝、1分だ。天候は絶好の晴天。「駒沢陸上競技場」は両校の応援団がスタンドを埋めた。試合は開始早々から慶應が押し込んでたちまちランプレーでタッチダウンを奪う。その後慶應ディフェンスが早稲田のパスをインターセプトし、それをきっかけにチャンスを物にしてフィールドゴールを決める等、前半は慶應が押し気味に試合を進め、慶應10:早稲田7と僅差の試合だった。後半に入り、第3クォーターは慶應が相手パスをインターセプトしたり、相手パントをブロックしてタッチダウンしたりとして14点を挙げ、24:7と大きくリードした。この試合、早稲田ディフェンスに5度にわたるオフサイド等の反則があり、これが早稲田のリズムを崩したといえよう。しかし第4クォーターに入ると俄然早稲田が奮起し、ビッグプレーを連発し、猛反撃に転じ、2つのタッチダウンを奪い、慶應24:早稲田21と猛追してきた。そして残り1分を切っての早稲田の攻撃は慶應ゴールライン10ヤードまで達し、残り数秒でラストプレー。果たして勝利の神はどちらに微笑むのか?慶應ディフェンスが最後の力を振り絞り、漸く早稲田を押さえ、2年振りの勝利を得たのだった。我々応援団も大はしゃぎ。勝利に酔った。手に汗握る試合とはこういう試合を言うのだろう。本当に良い試合だった。私の現役時代は、高校、大学通じて早慶戦の戦績は6勝1敗だったと記憶している。昔の勝貯めがあるから今年の38勝目となった訳だが、近年は圧倒的に早稲田が強く、この10年間は早稲田の8勝2敗だった。写真は慶應の最初のタッチダウンシーンだ。オフェンスチームが見事に相手ラインをブロックしてランナーの走る道を開けているのがよくお分かり頂けよう。久々力の入った2時間強を過ごしました。

「仮名手本忠臣蔵 後記」
知らなかったことを知った。この題名「仮名手本忠臣蔵」とはどういう曰く因縁なのか?だった。まず「忠臣蔵」とは?これほど有名な名前なのだが、これが実は討ち入り同士の頭であった「大石内蔵助」は「忠義の臣」であったという訳で「忠臣・内蔵助」を縮めて「忠臣蔵」となったのだという。また歌舞伎にした時に討ち入りした人数は「47士」だから、これを「平仮名 いろは47文字」に掛けて「仮名手本」となったというのだ。なるほどなあ。勿論皆様はご存知だっただろうが、私は知らなかった。5月も歌舞伎鑑賞に行く嵐閧セ。今から楽しみ。私は「松竹」の株をX千株持っているので、歌舞伎は年間5回観ることが出来る。その他映画は月20回まで観ることも可狽セ。まあコストは高かったのだが、株主特権を行使している。さて「忠臣蔵」は事件の5年後、「近松門左衛門」作で「人形浄瑠璃」で行われたのが最初だったという。人形を使ってのものだったが、人が舞台で即ち歌舞伎でやることになるのには46年もの歳月が掛かったのだった。46年も経てばもう時効という訳ではないが、世の中も人も世代も変わっているので幕府もお目こぼしすることになったのだろうか?

「古地図で観る六本木周辺」

「国立新美術館」を訪れた帰りに久々に古地図を片手に付近を歩いてみた。六本木の「東京ミッドタウン」は「松平大ゼン」の屋敷となっている。今のミッドタウンの裏手側には「檜町公園」があり、小さな池がある。江戸時代はこの松平さんのお屋敷内に池があったのかは分からないが、ミッドタウンの浮ゥら緩やかな傾斜になっているので、当時も同じく傾斜していて一番低い部分にはお庭があり、池があったとしても決して不思議ではない。ここから溜池方面に進む。昔はこの辺りは全て武家屋敷だったようだ。「氷川明神」は当時もあり、その横、今は「米国大使館職員宿舎」がある辺りは「真田信ノ」となっているので真田様のお屋敷だったようだ。実はこの「米国大使館職員宿舎」の建設は今から30年も前の話しなのだが、施工はあの東京スカイツリーでも有名な大林組だった。この建物に使われた建設用の「鉄筋」は私の会社で私が担当で納入した。従って何度もこの現場には打合せで訪れたことがあり非常に親近感が持てる場所なのだ。さて更に「溜池」方面に向う。今の「小松ビル」の辺りは「松平ミノ」となっている。さてミッドタウンから小松ビルまでの間は武家屋敷の間に転々と「寺」が建て並んでいたようだ。本当に江戸の町には「武家屋敷」と「寺社」と「町屋」が混在していたことが分かる。古地図では武家屋敷は「白抜き」、寺社は「茶色」、町屋は「灰色」で色分けされているから分かり易い。こういった古地図の「切り絵図」は昔の人の必需品でもあったようだ。勿論田舎から来た人は江戸を歩き回る際に必要だったろうし、名所旧跡を巡るのにも便利だったようだ。武家屋敷には当然ながら「看板や侮D、名札」などは掛かってないから、誰の屋敷かと言うことは切り絵図を観ないと分からない訳だ。寺社は侮Dがあるから分かるだろう。町屋は町名と地番が入っているから、恐らく「飛脚」などもこれを頼りにして手紙などを配達していたのだろう。

「連休中の日の出」

東京の日の出は既に午前5時を切って4時台に突入している。連休初日のその日も太陽が東の空から顔を出した。まん丸の大きなお顔さんだ。くっきりとした「ご来光」が観えました。連休前半は好天続きだったが、中盤は雨模様の東京でしたね。中々後半も天候は回復しませんね。ところが雨模様で一番混んでいたのは銀座有楽町周辺では「映画館」でした。「裏切りのサーカス」「テルマエ・ロマエ」「わが母の記」等は全て満席でした。

2012年の映画のお話し
映画「ブライズメイズ」(ヒューマントラストシネマ有楽町にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年81作目)
花嫁の介添え人を「ブライズ・メイド」というが、花嫁の親友がなり、パーティーを仕切ることになる。幼友達のメイド・オブ・オナーになったアニーはトラブル続き。果たして結婚式は上手く行くのか?どたばた喜劇でした。

映画「裏切りのサーカス」(日比谷シャンテシネにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年82作目)
まだ冷戦下のロンドン。イギリスの諜報部、MI6は通称サーカスと呼ばれていた。この中に・Aのダブルスパイがいるということが分かった。誰だ?それを探す役割を当てられたのは、既に退任していたジョージだった。果たしてスパイは誰か?映画を観ているうちにこの本を読んでいたことを思い出した。満席でした。

映画「孤島の王」(ヒューマントラストシネマ有楽町にて) 私的批評眼(J’CRITICAL 
EYE)★★★(今年83作目)
1915年のノールウェイ。少年犯罪を犯したものたちを集めた監獄が孤島にあった。そこに収監された一人の少年が脱走を図ろうとする。少年達の実に厳しい生活に驚かせる。この話し。実話だという。中々面白かった。

映画「HOME 愛しの座敷わらし」(ユナイテッドシネマ豊洲にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年84作目)
左遷されて盛岡にやってきた夫に付いて来た家族。住むのは古い和風木造の家。そこには実は「座敷わらし」が住んでいた。一家は徐々にその「座敷わらし」を目にするようになるのだが、失われていた家族の絆が強くなる。そしてその「座敷わらし、六ちゃん」は福の神だった。期待したほどの映画ではありませんでした。

映画「わが母の記」(丸の内ピカデリーにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★★(今年85作目)
今年観た映画では一番良い映画でした。井上靖の原作だが、多分本人の人生を描いているのだろう。中学の時に母に捨てられたと思っている今は売れっ子作家の「伊上」。そんな彼の母や徐々に壊れて活きつつあった。所謂認知症、ボケだ。そんな家族の愛を人の死と生を通じて描く。日本人らしい気持ちのこもった映画でした。絶対お薦めします。樹木希林の演技は流石でした。

映画「テルマエ・ロマエ」(日比谷シャンテシネにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年86作目)
ローマ帝国と日本が世界で「風呂」を大切にして楽しんでいた人種らしい。ということで古代ローマの風呂作りの技師が皇帝の命令で斬新な風呂を作ることになる。悩んでいたら現代日本にタイムスリップ。そこで得た風呂の知識をローマで実践するというお話し。正にくだらないお話し、漫画でした。それでも満席でした。

「シノプスシ173」
「恋は愚かと」(風野 真知雄 著)角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年115冊目)「姫は31」シリーズ2
長崎は平戸藩の姫「松浦静湖」は御歳31歳、未だ独身。事件が起こるとどうしても謎を解きたくなるという性格。今回は忠臣蔵の謎解きだ。

「恋指南」(藤原 緋沙子 著)角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年116冊目)「藍染お匙帖」シリーズ6
医者として父親の後を継いだ千鶴は牢医師でもあった。いつもながら彼女の推理が冴える。

「奔る合戦屋」上(北沢 秋 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年117冊目)
「奔る合戦屋」下(北沢 秋 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年118冊目)
16世紀前半の信州地方を争う豪族「村上家」に仕える外様の「石堂一徹」は若いが戦の名人と武勇を誇っていた。そんな彼の半生を描く。実に面白かった。絶対にお薦め。

「銭の戦争 魔王誕生」(波多野 聖 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年119冊目)シリーズ1作目
これは面白い。日露戦争前後の株式市場を巡って買い手と売り手が競い合う。一人の若者が空売り大勝負を仕掛ける。果たして勝利はどちらに。強気の買いか弱気の売りか?面白い。絶対にお薦め。次作が楽しみだ。

「穴めぐり八百八町」(風野 真知雄 著)徳間文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年120冊目)「穴屋佐平次難題始末」
元隠密の佐平次は江戸でも珍しい「穴屋」。なんにでも穴を開けるという稼業を営んでいた。そんな彼のところに次々と訪れる客たち。

エルミタージュ展とセザンヌ展

「J REPORT 2012 5月第2週号」
「リタイアメント・ノート 3年目11ケ月目」 「VOL.738 SINCE AUG. 12th、1983」
「国立新美術館」
六本木にある「国立新美術館」で今、「エルミタージュ美術館展」と「セザンヌ展」をやっている。私自身は絵は描かないが、観ることは好きだ。「エルミタージュ」は昨年11月に現地を訪れたが、まさに美術館内を駆け足で廻ったのでゆっくり鑑賞出来たとはいえない。今回はその中から89作品がやってきていた。当時のロシア皇帝の力を見せ付けるような300万点の中から厳選されたものだから流石に素晴らしい作品群だった。
同時に「セザンヌ展」も開催されていた。副題は「パリとプロバンス」ということで彼が生まれ育った南仏「プロバンス」と、絵の勉強で訪れ、その後の活躍の場となる「パリ」とを往復し続けたということが副題の由来か。約90点の作品が年代別に置かれていてこれまた素晴らしかった。これらの作品はエルミタージュと違って世界8カ国、40館もの美術館から今回の開催のために集められたものだというから驚きだ。「エルミタージュ」も「セザンヌ」も共に素晴らしいものでした。因みに、「エルミタージュ」は7月16日まで、「セザンヌ」は6月11日まで開催しています。ところで5月1日の夜、テレビでエルミタージュの解説があった。そこで「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の2枚の絵と「レンブラント」の「ダナエ」の裸体画が紹介されていた。私が現地で撮った絵の写真もあるので次回ご紹介しましょう。

「中国の携帯電話事情」
ラジオで以下のことが報じられていた。中国の最近の携帯電話事情なのだが、人口13億人の中国の携帯電話はなんと10億台だという。その内「スマートフォン」が1億5千万台だという。驚くべき数字だ。日本では既にスマフォが普通の携帯を上回る普及率を示しているらしいが、中国ではまだ通信事情が悪いという問題があり、そこまで普及はしていないそうだが、徐々に改善されつつあり、更なるスマフォの普及が望めるという。メーカー別にはトップは韓国の「サムスン」で24%、次が「ノキア」、3位4位は中国メーカーで、5位が「I phone」だそうだ。スマフォの利用ではやはり「通話」「メール」が中心で、「インターネット」「写真」の順位だというから日本とはちょっと違うようだ。いずれにしても急激に普及することは間違いない。私もスマフォに替えたいのだが、8月に富士通がドコモ向けに出す「老人向けスマフォ」を待っている。これは機狽??タ定してお年寄りにも使い易くしているというから、特別にインターネットをする訳ではないので、機伯タ定商品で問題ないので、8月まで待ちましょう。