「古地図で観る六本木周辺」

「国立新美術館」を訪れた帰りに久々に古地図を片手に付近を歩いてみた。六本木の「東京ミッドタウン」は「松平大ゼン」の屋敷となっている。今のミッドタウンの裏手側には「檜町公園」があり、小さな池がある。江戸時代はこの松平さんのお屋敷内に池があったのかは分からないが、ミッドタウンの浮ゥら緩やかな傾斜になっているので、当時も同じく傾斜していて一番低い部分にはお庭があり、池があったとしても決して不思議ではない。ここから溜池方面に進む。昔はこの辺りは全て武家屋敷だったようだ。「氷川明神」は当時もあり、その横、今は「米国大使館職員宿舎」がある辺りは「真田信ノ」となっているので真田様のお屋敷だったようだ。実はこの「米国大使館職員宿舎」の建設は今から30年も前の話しなのだが、施工はあの東京スカイツリーでも有名な大林組だった。この建物に使われた建設用の「鉄筋」は私の会社で私が担当で納入した。従って何度もこの現場には打合せで訪れたことがあり非常に親近感が持てる場所なのだ。さて更に「溜池」方面に向う。今の「小松ビル」の辺りは「松平ミノ」となっている。さてミッドタウンから小松ビルまでの間は武家屋敷の間に転々と「寺」が建て並んでいたようだ。本当に江戸の町には「武家屋敷」と「寺社」と「町屋」が混在していたことが分かる。古地図では武家屋敷は「白抜き」、寺社は「茶色」、町屋は「灰色」で色分けされているから分かり易い。こういった古地図の「切り絵図」は昔の人の必需品でもあったようだ。勿論田舎から来た人は江戸を歩き回る際に必要だったろうし、名所旧跡を巡るのにも便利だったようだ。武家屋敷には当然ながら「看板や侮D、名札」などは掛かってないから、誰の屋敷かと言うことは切り絵図を観ないと分からない訳だ。寺社は侮Dがあるから分かるだろう。町屋は町名と地番が入っているから、恐らく「飛脚」などもこれを頼りにして手紙などを配達していたのだろう。

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