「亀島橋袂の芭蕉の句碑」

東京駅から「八重洲通り」を真っ直ぐに東に向うと「八丁堀」がある。その先にあるのが「亀島橋」だ。昔はこの辺りに北町奉行所と南町奉行所に勤めていた「同心」という人たちが住んでいたという。所謂今の警察官たちだ。その橋の袂に「松尾芭蕉」の碑がある。そこにはこう刻まれている。
「八町堀を詠む 《菊の花 咲くや石屋の 石の間(あひ)》 芭蕉 50才 元・U年(1693)」
芭蕉はこの翌年亡くなっているし、この句は有名な句ではないので殆どの人が知らないと思うが、この句が八丁堀を詠むというのがよく分からない私でした。この八丁堀と言うところは賃貸で家を借りていた「儒者と医者」が沢山住んでいたそうだ。同心たちの家と土地は幕府から貸与されていた筈だが、貧しさ故か皆また貸ししていたようだ。江戸の名物に「伊勢屋、稲荷に犬の糞」というのとがあるが、これは伊勢屋という屋号の店が多かったのと、同様に稲荷があちこちにあり、道には犬の糞が沢山落ちていたということだそうだが、この八丁堀に多数の儒者と医者が住んでいたのも一つの名物のようになっていたらしい。関係ない話しかも知れないが、「八丁堀」という名の由来は江戸城の石垣を築くに当って伊豆辺りから持ってきた石垣用の石をこの地の沖「八丁」約850m先から陸揚げしたことによるらしい。そんなことからこの地にはひょっとしたら、石屋がありそれを芭蕉が詠んだのかもしれない。

「祥月命日」

2001年の1月8日が私の父「國成(くにしげ)」の命日だ。その日は前日からの雪で道路は東京には珍しく凍りついていた。そんな早朝に妹から電話があり、病院からの連絡で家族は直ぐに集まるようにとのことだった。子供たちを起こし、車に乗せて急いで横浜の病院に向った。病院到着時には既に父は意識がなく、それから一時間後に息を引き取った。この月は本当に大変だった。8日に私の父、14日に妻の父、そして更に妹の義母が亡くなった。一月の間に3件の葬儀が行われる結果となった。その最初が父の死去だった。正月は家族で墓参りをするが、8日の父の祥月命日には私は独自で墓参りをする。青山墓地の入口近くのために、見上げると伊藤忠商事本社ビルが直ぐ近くに見える。父の好きだった日本酒を墓石にかけ、般若心経を唱える。色々あったが、父は私たち兄妹には本当に貢献してくれたと今では思う。母に変わって父兄参観日には必ず父がやってきてくれた。それは私も妹も同じだ。私の大学時代のフットボールの試合も、妹の大学時代のバスケットボールの試合も殆ど全て父は観に来てくれた。子供思いの父だった。そんな父は母や私たち兄妹とその伴侶、そして5人の孫たち、母の姉である叔母とその娘(私の従姉妹)に見送れられながら79年の生涯を終えた。全ての家族に見送られた、ある意味では幸福な最期だったと思う。思い出すたびに短かった父との想いが湧き出してくる。勿論母のほうが私達を心配してくれていたのだったが、父もその愛情の全てを我々家族に注いでくれたことを今正に思い起こす。青山墓地は都内の一等地にあるのに「都営霊園」だからその賃貸料は驚くほど安い。私の家の墓は一坪の3/4位の大きさなのだが、年間の使用料が3000円にも満たない。どこの都営霊園もそうなのだろうが、これほど都心近くにあり便利な場所は数少ないと思う。調べてみたら「都営霊園」は「多摩」「小平」「八王子」「八柱」「青山」「谷中」「多摩みたま堂」とあるようだ。青山と同じく便利なのは多分谷中なのだろう。都営なので本当に助かっています。

映画

映画「マジック・ツリー・ハウス」(ユナイテッドシネマ豊洲にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年3作目)
世界中で1億冊売れたコミックの映画化されたものだそうだ。小さなお子様連れのご婦人たちが多かったのが印象的だった。幼い兄と妹が木の上にあるマジックハウスの中で4つのメダルを探す旅に出るというもの。困難に立ち向かい過去にタイムトラベルしながら必死にメダルを探す二人を描く感動の物語でした。

映画「フライト・ナイト」(有楽座にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年4作目)
ラスベガス郊外の住宅地。自宅の隣にバンパイアが住み着いた。その吸血鬼が一家を襲う。果たして家族を守れるのか?高校3年生の男性が奮戦するのだが?

映画「クレイマークレイマー」(日比谷みゆき座にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年4作目)
若き日のダスティン・ホフマンとメリル・ストリープの演技が印象的。働き過ぎの夫にあきれ果てた妻は幼い7歳の息子を残して家を出る。息子と二人だけになった男は仕事と家事との両立に悩む。そして元妻と息子の養育権を巡る裁判になるのだが、果たしてその結末は?本当にいい映画だった。

映画「カルテット」(丸の内ピカデリーにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年5作目)
浦安に住む4人家族の物語。音大で知り合った夫婦には高校生の娘と中学生の息子がいた。娘はちょっとやばそうな暮らし方、一方息子はバイオリンに集中し将来は音楽家になりたいと思っていた。そんな時、家族4人で演奏会をやろうと息子が言い出す。リストラされた父親も賛成して4人はカルテットを組む。

日経新聞1月13日夕刊「シネマ万華鏡」の評価によれば、「ヒズミ」が4つ星、「果てなき路」が4つ星、「ロボジー」が3つ星、「マイウェイ」が2つ星、「三国志英雄伝 関羽」が3つ星、「月光ノ仮面」が4つ星、「BUNRAKU」が3つ星でした。

「シノプスシ157」
本「口は禍いの門」(佐藤 雅美 著) 角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年4冊目)「町医北村宗哲」シリーズ2作目
元はごろつき同然だったが今は町医者として活躍している宗哲が生きる江戸の世相を描く。本当に作者はよく調べていると感心しました。

本「麝香ねずみ」(指方 恭一郎 著) 文春文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年5冊目)「長崎奉行所秘録 伊立重蔵事件簿」シリーズ1作目
本「出島買います」(指方 恭一郎 著) 文春文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年6冊目)「長崎奉行所秘録 伊立重蔵事件簿」シリーズ2作目
本「砂糖相場の罠」(指方 恭一郎 著) 文春文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年7冊目)「長崎奉行所秘録 伊立重蔵事件簿」シリーズ3作目
長崎奉行の家人である伊立が活躍する捕物帳シリーズ

本「福むすめ」(井川 香四郎 著) 文春文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年7冊目)「樽屋三四郎言上帳」シリーズ5作目
町年寄りの樽屋の若旦那三四郎が将軍吉宗の命を受けて百眼たちを使って江戸の町を守る。

本「東雲ノ空」(佐伯 泰英 著) 双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年8冊目)「居眠り磐音江戸双紙」シリーズ38作目
遂に坂崎磐音とおこん夫婦は幼い息子の空也を連れて江戸に戻ってきた。本当に長い物語だ。

本「変死体」上(パトリシア・コーンウェル 著) 講談社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年9冊目)
本「変死体」下(パトリシア・コーンウェル 著) 講談社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年10冊目)
Drスカーペッタが戻ってきた。彼女が責任者をしている検視局で問題が発生すると同時にボストン市内で相次いで変死体が見つかる。どうやら彼女の部下の副局長の動きが怪しい。流石いつものスカーペッタでした。

お護摩修行

「J REPORT 2012 1月第3週号」
「リタイアメント・ノート 3年目7ケ月目」 「VOL.721 SINCE AUG. 12th、1983」
「初詣」
いつもながら「川崎大師」を訪れた。平日とあって空いていたので難なくお寺に入ることが出来た。それでもお護摩修行が始まる頃には本堂は満員の人となった。大太鼓のドンドンという音に始まって「お護摩修行」は感動的だ。「火」は全てを焼きつきし、煩悩を焼き尽くす。立ち上る炎は正に仏様の姿を描いているようだ。読経が高く激しく唱えられ、お護摩修行の炎に御札がかざされ、次々と清められていく。我々は色々なお願いを記したお札を最後に戴く。今年も一年間、どうか無事に過ごせますようにと願いながら、お札を戴く。「真言密教」の創始者「空海」が中国から持ち帰った密教は高野山を中心として全国に広まった。9世紀初頭に中国に渡った空海はその当時の日本の最高の頭脳の持ち主だったのだろう。中国に行く前に既に当時の中国語を完璧にマスターしていて、意図も簡単に中国人とコミュニケーションをすることが出来たという。そしてその文章力は当時の中国人をも凌駕していたというし、文字を書くその美しさも最高水準だったというのは有名な話しだ。「南無大師遍照金剛」と唱えながら我々は通称「お大師様」、「弘法大師」を敬うのだった。

「手前勝手世界食物語、第233話」

「焼き肉」
初めて行った店だった。建て替え中の歌舞伎座の裏にある店「炭蔵」だ。その売りは「七輪ホルモン・冷麺」ということだが、実はこの店の本店は私の住んでいるマンションから1km位離れたところにある有名店なのだ。そこでホルモンを数種類食べたが、これが柔らかくて本当に美味しかった。上ミノも美味かった。炭火の入った七輪の上で焼くのだが、上から垂らされたパイプの空気穴から煙がどんどん吸い込まれていって、店内も全く煙くない。だが、この味はなんだ?こんなに美味いホルモンを食べたことがなかった。これが正に「目から鱗」と言う訳で年明け早々にまた行ってしまった。安くて美味いこんないい店があったとは本当に目から鱗でした。
以上、東京から勢古口がお送りしました。

「木挽町」

江戸古地図を見てみよう。今の銀座三原橋から東側、昭和通りを越えて歌舞伎座を過ぎると高速道路がある辺りがその昔は「木挽町」と呼ばれていた細長い町で、そこは江戸時代は大名屋敷が連なっていた。今建設中の歌舞伎座は「諏訪 稲葉」と書かれているから大名の「稲葉諏訪守」の上屋敷だったのだろう。面白いものだが江戸時代の地図と今の地図と基本的には同じなのだ。当たり前のことだが、昔の道路や火除け地や川を利用して今の道路が造られているから、そうなるのだ。木挽町も1丁目から7丁目があり、銀座とほぼ対をなしている。だから歌舞伎座は木挽町4丁目ということになるのだ。「グーグル」の地図には東京版だけは古地図も合わせて観ることが出来るらしいが、私は古地図を手にしながら東京の町並みを歩くほうが楽しい。

映画

映画「私だけのハッピーエンディング」(東劇にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年1作目)
キャリアウーマンの女性が大腸がんで余命僅かと告げられた。その直前、夢の中で神様に会う。神様は3つの願いを叶えてあげるという。一つ目は空を飛ぶこと、二つ目は100万ドル欲しいということ、そして三つ目は?果たして彼女は本当に死んでしまうのか?死と向き合う女性の心情を描く。

映画「天井桟敷の人たち」(日比谷みゆき座にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年2作目)
戦後すぐのフランス映画だ。多分18世紀のパリ、無言劇を演ずる一座とその人たちの物語だが、愛と憎しみと貧困と差別が渦巻く世界を描く。3時間10分という長編だが流石名作でした。

歌舞伎観劇「新春大歌舞伎」(新橋演舞場にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年1回目)
歌舞伎18番「矢の根」、「連獅子」、「神明惠和合取組 め組の喧嘩」。伝統の歌舞伎だが、いつもながら勉強になりました。

日経新聞1月6日夕刊「シネマ万華鏡」の評価によれば、「哀しき獣」が4つ星、「運命の子」が3つ星、「ニューイヤーズイブ」が3つ星、「ルドルの泉」が3つ星、「宇宙人ポール」が3つ星、「マジック・ツリー」が3つ星、「琉神マブヤー」が3つ星でした。

「シノプスシ156」
本「侍の大儀」(稲葉 稔 著) 角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年1冊目)「酔いどれて候」シリーズ5作目
元幕臣の浪人新兵衛は酒びたりの生活だ。だが周囲の人たちのために人肌脱ぐことになる。

本「吹花の風」(井川香四郎 著) 講談社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年2冊目)「梟与力吟味帳」シリーズ12作目
大岡越前の懐刀藤堂逸馬らが活躍するシリーズ。

本「やる気のない刺客」(佐藤 雅美 著) 角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年3冊目)「町医北村宗哲」シリーズ1作目
元はごろつき同然だったが今は町医者として活躍している宗哲が生きる江戸の世相を描く。

「箱根駅伝」

正月3日に恒例の通り、箱根駅伝を観に行った。日本橋高島屋前の中央通りは両側共に沢山の観客で二重三重の人出となっていた。先頭の東洋大学アンカーの斉藤選手が苦しげな顔をしながら一瞬で走り去っていった。毎年必ず観にきているのだが、この駅伝と言うのは本当に劇的な展開になることがあるので、思わず見入ってしまう。急ブレーキが掛かり走れなくなる選手が出たり、今年もタイムオーバーで襷が繋がらなくなったりと、「事実は小説より奇なり」を正に現していると思う。ハプニングを期待して観ている訳ではないが、何が起きるか分からないドラマを観ているのと同じ気持ちにさせられることに間違いない。来年もきっと正月2日3日は箱根駅伝を観ているのだろう。

「救急車と歩行者」
数寄屋橋交差点はスクランブル交差点だ。歩行者が歩いている時にサイレンを鳴らして救急車が侵入してきた。すると歩行者は救急車を避けるでもなく、その前を歩いて行く。この感覚はなんなんだろう。更に信号が変わりそうだと走り出して救急車の直前を通過する者までいる。これはどういうことなんだろう。救急車が目に入らない訳でもないだろうに、自分のことを優先して、緊急車輌を無視するというのはどういうことなのだろか?私には理解出来ない。この感覚は自転車の運転にも通ずる。自転車に乗っている人も緊急車輌の無視ではなくて、歩行者を無視する。だから事故が起きるが、起きても悪いと思わない。この感覚はなんなんだろうか?救急車にもし自分ないし自分の身内が乗っていて命の危機に晒されているとしたらどうするのだろうか?歩行者に文句言わないか?自転車にぶつかられて怪我をしたら怒らないのか?「自分だけよければいい」という公共道徳の欠如は一体何がもたらせたのか?教育なのか、家庭なのか、それとも?

墓参り

「J REPORT 2012 1月第2週号」
「リタイアメント・ノート 3年目7ケ月目」 「VOL.720 SINCE AUG. 12th、1983」
「墓参り」
毎年恒例だが、正月には必ず青山墓地に墓参りに行く。今年は娘夫婦と孫も加わった。長男夫婦も参加したが、次男だけは不参加。それでも一家揃って墓参りに行けることはありがたいことだ。最近の青山墓地の墓は洋風というのか、横長い墓石が多くなり、「墓誌」も大半が横長になっている。我が家の墓は父が存命の頃に建て替えたので、昔風の当たり前の縦長の御影石だ。

「家族会」
横浜は東横線沿線の白楽駅近くの実家に正月2日一族が集まった。ここは今は妹家族が住んでいるが、元々は亡くなった父と母が住み着いた場所だ。私も生後1年目から就職するまで、ここで暮らした。妹夫婦とその子供たちと婿さん、私の家族は妻と長男夫婦、娘夫婦と孫娘、次男、そして私の従姉妹とその娘というメンバーだった。叔母は体調が悪いようで欠席したが、これで私に繋がる全家族といえよう。妹たちにも初孫が3月にも生まれるという。まずは目出度い、目出度い。代々使われてきた乳幼児用の風呂桶を私の娘が持って来ていて、次に使うようにと妊婦さんに渡していた。妹とは子供の頃の話しにも花が咲き、幼児時代に庭で飼っていたニワトリを絞めてもらいに行った事など懐かしく思い出した。私は熊本産の馬刺しと築地で買い求めたマグロを持参し、多いに飲んで食べて和気蛛Xの時間を過ごした。

「手前勝手世界食物語、第232話」

「生牡蠣」
帝国ビルの地下の「牡蠣専門店 JACK POT」という店に行った。メニューには国産の牡蠣が10種類以上、外国産が4種類載っていた。最初は国産品3種類を食べた。広島が2種類、北海道産1種類を食べた。その後外国産のを2種類食べた。欧米でも牡蠣は生で食べる。その他魚類を生で食べる風習のない欧米でも牡蠣は生で食べるので彼らは牡蠣は魚介類だと思っていないのだろうか?決してそんなことはないと思うが、牡蠣が美味しいというのは万国共通の認識のようだ。私もフランスのパリでも、アメリカはニューヨークでも、カナダのバンクーバーでも、オーストラリアのシドニーでも生牡蠣を食べた経験があるが、どこの牡蠣も実に美味しかった。「海のミルク」と言われる牡蠣だが、本当に素晴らしい海からの惠だと思う。昨年は津波で牡蠣の産地である宮城県等の養殖場が破壊されてしまい、宮城産の牡蠣の成育には多少時間が掛かるらしいが、また美味しい宮城産の牡蠣が食べられる日が一日も早く訪れることを願っている。
以上、新年を迎えた東京から勢古口がお送りしました。