映画

映画「シネマ歌舞伎 熊谷陣屋」(東劇にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年191作目)「中村吉右衛門」演じる熊谷直実の「一谷嫩軍記」
源平は一谷の戦いで討ち取った「平重盛」の首を大将の「義経」に見せる「熊谷直実」だったが、忠義のために重盛を逃した。従って実はその首は自分の息子のものだったという悲しい物語。昨年、「歌舞伎座」改築のため、最後の月の舞台を映画撮影したもの。

映画「マネーボール」(丸の内ピカデリーにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年192作目)
この秋一番お勧めの作品だ。オークランド・アスレティックスのゼネラル・マネージャーが弱小貧乏球団を如何にして優勝させるかと言うお話し。実に面白かった。必見の映画です。

映画「カイジ2」(日劇にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年193作目)
今度は超巨大パチンコ、題して「沼」に挑むカイジたちです。

日経新聞11月18日夕刊の「シネマ万華鏡」の評価は、「アントキノイノチ」が3つ星、「新少林寺」が4つ星、「ジョージハリスン」が4つ星、「ラブ&ドッグ」が3つ星、「ラブ・アゲイン」が3つ星、「カリーナの林檎」が3つ星、「明日泣く」が3つ星でした。

「シノプスシ149」
本「涙橋の夜」(風野 真知雄著)幻冬舎文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年344冊目)「女だてら麻布わけあり酒場」4作目

本「お叙髣 ?v(和田はつ子著)講談社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年345冊目)
「お医者同心 中原龍之介」6作目

本「下流の宴」(林 真理子著)毎日新聞社刊 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年346冊目)
娘が勧めてくれた本。中産階級の家庭からドロップアウトした20歳の息子が沖縄の離島出身の22歳の女性と結婚をすると言い出し、それぞれの家庭が揉める出来事を描く。正に下流に生きる男女の物語。

本「史記 五」(北方謙三著)角川春樹事務所刊 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年347冊目)
「武帝紀」、匈奴との戦いに敗れた漢の将軍「李陵」は捕虜となったが、彼が裏切ったとの誤報に接した武帝によって家族が全員殺されたことを知る。そして彼は匈奴と一緒に歩む道を選ぶ。

本「一朝の夢」(梶 よう子著)文春文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年348冊目)
「松本清張賞」受賞作品。朝顔の新種改良に命を掛けた同心と幕末の世を描く秀作。

本「わけあり円じゅう郎江戸暦」(鳥羽 亮著)PHP文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年349冊目)シリーズ第1作目
本「わけあり円じゅう郎江戸暦」(鳥羽 亮著)PHP文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年350冊目)シリーズ第2作目 「七人の兇賊」
本「わけあり円じゅう郎江戸暦」(鳥羽 亮著)PHP文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年351冊目)シリーズ第3作目 「奇剣 稲妻落し」
ある大名の隠し子だった「橘 円じゅう郎」は剣の腕を見込まれて人を助けて稼ぎとしていた。

本「血族の澱」(上田 秀人著)徳間文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年352冊目) 「お鬚番承り候」シリーズ第3作目 
将軍家綱の月代をあたる役目の「深室賢次郎」は将軍の特命を受けて活躍する。

本「波濤剣」(上田 秀人著)徳間文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年353冊目) 「将軍家見聞役元八郎」シリーズ第4作目 
将軍家重の命を受けて琉球にまで渡る三田村元八郎だった。

11月20日(日曜日) 第四日目

早朝、5時半ホテル出発で空港へ。途中地元アシスタントの「ナージャさん」の話し。ロシアの平均月収は20300ルーブル、約6万円だとか。しかし職業別には医師15000ルーブル、教師16000ルーブル、油田技術者6万ルーブルとのことで年金は平均月8500ルーブル、定年は男性60歳、女性55歳。不動産については、サンクトペテルブルグ市内中心部のトイレ・キッチン付き小規模ルームで4百万ルーブル、郊外で2百万ルーブル、中心部のレンタルで月15000ルーブルと収入に対して比較的高い。学歴が高いほど収入が低いという矛盾を抱えているようだ。保育園には1歳から、幼稚園には3歳から通えるが順番待ちだという。親は子供が生まれるとすぐに保育園や幼稚園を蘭?キるという。徴兵制のロシアだが金持ちの子供は賄賂等で絶対に徴兵にいかないという。いずれにしても賄賂が横行している社会らしい。空港までナージャさん、送ってくれてありがとう、スパシーボ!!
サンクトペテルブルグから南へ750kmのモスクワの夜明けは9時。東の空から真っ赤な太陽が昇ってきたのを機内からみた。因みに日没は5時だった。市内中心部の「赤の広場」「クレムリン」「聖ワシリー寺院」「レーニン廟」「グム百貨店」等お決まりの観光コースを歩く。気温は1度だというが風が冷たい。赤い壁に囲まれたクレムリンはイメージが全く違ったのと、赤の広場を後進する軍隊を謁見する党中央委員たちの立つ場所がレーニン廟の2階だというが、非常に低いところだったのでこれは本当に驚かされた。何か高い建物の上から見ているような印象を映画やテレビで持っていたものだから、あまりの低さに「目から鱗」だった。「宇宙飛行士博物館」は旧・A時代に唯一米国をリードしていた部門だったから、祖国の栄光を背負っていた飛行士たちの気概が伝わってくる施設だった。日曜日とはいえ家族連れが多く目に付き、ロシアの人々がいかに宇宙飛行士たちを尊敬しているかが分かった。
ここまでの旅行で「ロシアのイメージ」は確かに変わった。まず当初はロシアといえば「熊」、獰猛で野蛮で強引で低脳といった印象、それが今は「貧富の差が激しい寒くて厳しい気候に必死に住む人たち」或いは「小熊のプーさんの親戚のおじさん的?」に変わりつつある。あと一日どのように変わるのだろうか?

ロシアの旅

「J REPORT 2011 11月第3週号」
「リタイアメント・ノート 3年目5月目」 「VOL.713 SINCE AUG. 12th、1983」
「旅暦36 ロシアの旅」
11月17日(木) 第一日目
成田を午前11時に出発して、ロシアのモスクワには現地時間午後4時(日本時間午後9時)に「ドモジェドボ国際空港」到着、約3時間の待ち合わせで国内線に乗り継ぎ、「サンクトペテルブルグ」へ、そしてバスにてホテルには現地時間午後10時半(日本時間18日午前3時半)と長い旅でした。モスクワの空港は周囲は白樺の林が延々と続く平原の中にあり、気温はマイナス1度。そしてサンクトペテルブルグは0度だったが、機内が暑くてむしろ気持ちよい気候だった。空はどんよりと曇り、時々雪混じりの冷たい風が吹く。しかし本格的なロシアの冬はこんなものではないのだろう。ここサンクトペテルブルグのこの前の冬はマイナス30度を越えた日もあり、2mもの大雪だったとのこと。そして今年の夏は猛暑で30数度にまでなったらしい。やたらと添乗員が「スリに気をつけましょう」と言う。「お金は分散して持とう」とかそんなに気にする必要があるのだろうか?それよりも「ホテルの部屋の中には荷物を出したままにしないでください。スーツケースに入れて鍵をかけてください」とのこと。旅慣れた私も仕方なくパャRンもスーツケースに入れておくことにする。今、日本時間午前4時半、普段ならばもうじき目覚める時間なのだが、腹が減ったので日本から持参した「おにぎり」を食べている。寝られるかどうか分からないが兎に角寝よう。

11月18日(金) 第二日目
駄目だ。時差のために眠れない。少しうとうとしたが、また起きだした。こちらの時間で午前4時(日本時間午前9時)だ。通貨「ルーブル」は成田で1000ルーブル=3010円両替した。余り使うつもりもない。喉が渇く。日本から持参した紙パック入りのお茶を既に4本、1L飲んでしまった。こちら、「サンクトペテルブルグ」は、第一次世界大戦後、名前がロシア語風に「ペテログラード」に、そしてレーニンの死後「レニングラード」に、更に・A崩壊で元の名前に戻されたという現在500万人のロシア第二の都市だ。川と運河と湖の町だというが、夜景も綺麗だった。ホテル近くには24時間稼動しているスーパーもあるし、ホテルの裏は海だというから、朝明るくなったら行ってみよう。話しは元に戻るが市の名前だが「ブルグ」はドイツ語の、「グラード」はロシア語の「街」を意味するという。だからここは「聖ペテロの街」ということなのだそうだ。最近風邪も引いたし体調もよくないので「禁酒」している。ほぼ「アルコール依存症」の私にとって禁酒は眠れないという副作用があるだけでお酒を飲まなくても問題はない(眠れないのが問題か?)が、眠れないからといって死ぬことはないだろうと思っている。それでは本でも読んで長い夜が明けるのを待とう。
こちら朝8時になったが、気温摂氏+2度、川から霧が発生していて視界不良だし、まだ真っ暗だ。取り合えず水を買いに行ってきたが、とても散歩をする雰囲気にはならなかったのでまっすぐにホテルに戻る。水は安いのを買った。1.5L入りで20.85ルーブル、約63円だ。フロントでインターネット接続サービスを垂オ込む。デポジットを入れて1時間200ルーブル、約600円と割高だ。デポジットなしだと1時間330ルーブル、990円だ。それにしても高いねえ。今日は市内観光第一日目だ。このホテルには後2泊する嵐閨B今日の最高気温は+10度との卵zだとか。暖かいねえ。風邪気味なので困っている。薬はちゃんと飲んでいるのだが、一向に回復しない。
朝、9時ホテル出発、「エカテリーナ宮殿」へ向かう。朝が明けたのは午前10時過ぎ、真冬だと夜明けが11時で日の入りが3時だという。イタリア人の建築家によるこの「夏の宮殿」と呼ばれる宮殿は流石だ。特に有名なのは「琥珀の間」だ。だがこれが戦争で破壊と略奪にあって今の部屋は復旧復元された新しいものだというのだ。がっかりした。市内に戻って豪華な寺院、教会、宮殿等を見学した。この街は18世紀初頭に「北のベニス」と称されたように「ネヴァ川」を挟んだ湿地帯に運河を張り巡らして建設されたという。今の主要道路は当時の運河を埋め立てたものだという。だから現在のこの都市の問題点は「交通渋滞」にある。川があり運河があり橋がある。従って道路は限られてしまう。そこへ湿地帯のため地下駐車場が造れない。道路わきに車は駐車されるから道路(全て駐車可)が余計に細くなる。そこへ突如として「車社会」が出現したとなれば交通渋滞以外にはありえないのだ。この街はヨーロッパを真似て6階から7階建ての石造建築物が規則正しく立ち並び、それは素晴らしい眺めだが、18世紀から19世紀には通用したものが21世紀には全く通用しなくなっているという事態に遭遇しているのだった。当然昔の建物だからエレベーターなどない。よって下の階のほうが天井が高くて家賃も高い。上に行けば行くほど安くなるのだそうだ。納得した。また、ここでは湿地帯のため育つのは「キャベツ」と「ジャガイモ」だそうだ。蛇足だが我々が「ダーチャ」として知っている所謂「別荘」とは、こちらでは花や野菜を栽培する家庭菜園の付属してあるb>「農具を入れる小屋」だそうで庶民が持っているものらしい。とても別荘と呼べるようなものではないのだそうだ。
さて「大祖国戦争」(所謂第二次世界大戦)でナチスドイツに900日に亘って包囲されたにもかかわらず耐え続けたを持つロシア人の象徴的なこの街は「プーチン首相やメドベイジェフ大統領」らの出身地でもあるという。
文化文明の尺度は「交通マナー」ではないか?と私は思う。「先進国と後進国の差」は正にこれにある。中国やロシア、韓国やエジプト等の交通マナーの悪さは民度の低さを示している。先進国になるためにはまず自国民を教育して交通マナーを徹底させることが肝要だろう。まずは「交通ルールを守る。歩行者、自転車等弱者優先」だ。ところでロシアではバイクや自転車が殆ど見られない。「停めておくと盗まれる」という問題もあるのだが、不思議な光景だった。ヨーロッパはある意味自転車天国だが、ロシアは全く違った。それと自動車のタイヤだがスパイクタイヤを履いていた。

11月19日(土曜日) 第三日目
今日は日がな一日「エルミタージュ美術館」内を巡る。ネヴァ川沿いに並び立つ大小の美術館群がそれだ。エルミタージュとはフランス語で「隠れ家」だという。400万点にも上る美術品の数々が今回の私の旅の最大の目標なのだ。約6時間、内1時間は昼食だったが、広い館内で特に有名な絵画等を堪狽ウせてもらった。とても一日で回れるものでもないし、本当ならじっくり観たかったが、時間の制約上仕方がない。夜はエルミタージュ劇場でかのチャイコフスキー作曲の「白鳥の湖」のバレーを観た。踊りは勿論演奏も素晴らしかった。リズミカルな音楽に合わせたバレリーナの繊細な動きと、一転して悲しい暗い曲に変わり動きも変化するこれらの微妙な対象は素晴らしいとしか言い得なかった。土曜日ということもあって家族連れも多く、小さな子供たちがたくさんいたのにも驚かされた。ロシアでは我々が日本で学習塾に通うように子供たちは音楽塾に通うという。だから楽器の演奏には皆長けているそうだ。そういった風習にも裏打ちされてこういった芸術が大勢の人たちに愛されているのだろう。
最近海外の観光地へ行くと目立つのが中国人観光客だ。地元の人からも我々日本人に対しても中国語の挨拶が掛けられるから、「東洋人といえばヨーロッパでは中国人」が代名詞になりつつある。今回のバレーにも多数の中国人観光客が来ていたが、そのマナーの悪さには参る。撮影禁止なのにデジカメやスマートフォーンで動画撮影を延々と行っている。それも集団でだ。今から30年も昔には日本人が同じような行為で欧米諸国民から軽蔑されていたのだろう。今の中国人の観光客は成年男子が圧倒的で女性は少ない。日本もその昔は「農協」の叔父さん達ばかりだったのだろう。今は日本人観光客のメインは女性陣だ。将来中国人もそうなるのだろうが、発展途上の今、海外旅行に行くのは中産階級以上になったばかりの男性たちなのだ。GDPで日本を抜いて世界二位とはいえ一人当たり所得では10分の1の中国はまだまだレベルが低い。運転マナーもそうだが、芸術鑑賞についてもう少しマナーが守れるようにならなければ、本当の意味で中国が大国入り出来たとは言えないだろう。勿論食事のマナーもだが。二日間ガイドをしてくださった地元の「クラーエフ・ヴァシーリィー」さん、本当にお世話になりました。スパシーボ!

11月21日(月曜日) 第五日目

いよいよ帰国日となった。早いものだ。あっという間のロシア滞在だった。クレムリンの中に入る。大統領執務の建物や色々な美しい寺院があり、これが嘗ての共産党のメッカだったとはちょっと信じられなかった。ちょうどロシア正教の大司教の誕生日ということでミサが行われていて、聖職者たちが次々と訪れていたの。通称「武器庫」で宝石類を見た。世界で三番目という大きなダイヤ等我々庶民には全く縁のないものだったが、確かに国家の威信を浮キ一品であることには間違いなかった。女性ガイドのイリーナさんからの情報を記す。驚いたのは平均寿命が男性57歳、女性75歳ということだった。男性が短命なこと、死因の第一は心臓病、二番目がガン、三番目がアルコールだという。納得できる話しだ。中産階級以上のある程度高収入の人たちは全体の15?18%、その他大多数が貧困層だという。嘗ての共産党時代には皆平等だったのが、逆に資本主義化されてその格差が広がったのが実情のようだ。税金については、消費税は物によって違うが、生活必需品は安く、ぜいたく品は高いそうだ。また所得税は一律に13%というからこれは問題だろう。高所得者優遇税制になっているのだ。しかし休暇はそれなりにとっているようで、そこが日本と違うのだろう。イリーナさんによればロシア人は基本的には働き者で、学生でもアルバイトで稼ぐし、お店も24時間の店もあるから、みんな一生懸命働いているということだ。ラジオのパーャiリティーの人が16万ルーブル(月)稼げば、モスクワ市民の平均月収は65000ルーブルだというから、地方格差も広がっているということらしい。貧しい家庭は老人、お父さんお母さん夫婦、子供たちと3世帯の大家族だという。男性の大半が年金を貰う前に死んでしまう社会と聞いて恐ろしくなった。しかし恐らく若い人たちは「ロシアン・ドリーム」を求めて必死に勉強し仕事をし生活しているのだろう。義務教育11年を経て男性は大学へ、女性は20歳で結婚するという。離婚は当たり前だというからロシア人も大変な苦労を持っているのだと理解できた。イリーナさん、スパシーボ!!
今、JALの機内でこれを書いている。後9時間弱で成田だ。思っていた以上に面白いロシアを少しだけ体験できたが、またいつか来てみよう。

「手前勝手世界食物語、第225話」

「利久庵」
日本橋三越の前にある「利久庵」に行って見た。久し振りに訪れたが、客は一人か二人組ばかりで早速相席させられた。次々と客は訪れる。私が頼んだのは「おろしそば」@950円也。向いの席の男性は「牡蠣卵綴蕎麦」だった。相当にいい値段なのだろう。大概の人は「大盛」を頼んでいた。昼時だから人の出入が激しい。すぐに注文の蕎麦が出てきた。薬味には「葱、鰹節、海苔」、そして勿論「大根おろし」が付いていて、盛り蕎麦風にして食べる。見た目より量が多く、それぞれの薬味を堪狽オて満足の一品だった。大阪時代には「美々卯」本町店に行って昼時だと「賑わい蕎麦」をよく食べた。ご存知の通り、大阪は「うどん」の街で蕎麦は余り美味しくないが、「美々卯」の蕎麦はそれなりに美味しく、「賑わい蕎麦」は豊富な品数の薬味との取り合わせが美味しく、更に蕎麦は「出雲蕎麦」のような小さな器に盛られてきて食べ放題だったが、これもまた楽しみな一品だった。蕎麦はやはり大阪、関西より東京ですね。もう一つ、関西になくて関東、東京にあるのが美味い「トンカツ」だ。大阪は牛肉が中心の食文化圏なので美味しいトンカツに巡り会った事がなかった。やはりトンカツの本場は東京だと思っている。
以上、勢古口が東京からお送りしました。

「警察官は善か悪か?」

先日驚いたことに遭遇した。私の地元近くのSC、東雲橋交差点付近でバスを待っていたところ、一台のパトカーがやって来た。丁度通行人が横断禁止場所を横断していたのを発見したパトカーからマイクで「渡るな」としかりつけているのだ。それが遂に切れたのか「言うこときけねーのかよ、こら!」と巻き舌で怒鳴りだしたのだ。聞いているこちらのほうが頭にくる。たかが警官が市民に向けて言っていいことか?その言葉使いは何を履き違えているのか?本当にどうしようもない馬鹿者の警官だ。この交差点、横断歩道橋はあるだが、信号がある横断歩道までは100m以上離れていて、いつも横断禁止を渡る人が多いところではあるのだ。だが言っていいことと行って悪いことの判断が出来ない警官は首にしろ!と言いたくなる。何様のつもりでいるのか?お前こそ、公僕だろうに。こちらは税金を払ってお前達を雇ってやっているのだぞ。ご主人様と言っても過言ではないはずだ。明治時代に逆戻りしたかと錯覚してしまうお話しでした。昔、江戸時代似は町々には自治組織があり民間で「辻番所」というのを設けていて治安維持に当っていた。これが明治以降になって日本独特の「交番」というものに自然発生的に移行していったのだろうが、悪弊だけは今も伝統的に警官に残ってしまっているのは実に残念なことだ。

「東京スカイツリーは?」

来年の一番人気商品の卵zは?なんと5月にオープン嵐閧フ「東京スカイツリー」だという。先日第一展望台がマスコミに公開されたらしいが、350mまで昇るのに50秒の超高速エレベーターは「東芝」製だとのこと。私は日立だと思っていたので、東芝さん大変垂オ訳御座いませんでした。震災直後の新聞記事に日立製だと載っていたので間違えてしまいました。さてそんなスカイツリーだが、写真は浅草「駒形橋」袂からのものだが、「アサヒビール本社」越しに見えているのがそれだ。このアサヒビールは有名なフランスの芸術家が作った「金色の雲」に象徴される先見性なのだが、21世紀にシンボルであるスカイツリーとのコラボもなかなかのものだ。京都の年間5千万人には遠く及ばないだろうが、恐らくスカイツリーだけで最低でも2千万人以上の集客力はあるだろう。これに東京ディズニーリゾートの2千5百万人を合わせれば相当の数が江都の東を訪れることだろう。

歌舞伎「吉例顔見世大歌舞伎」(新橋演舞場にて)

「傾城反魂香」土佐将監閑居の場
「道行初音旅」吉野山  ご存知静御前の吉野山道行
「魚屋宗五郎」新皿屋舗月雨暈 妹を殿様に手打ちにされたと聞いた宗五郎は酒の勢いを借りて屋敷に乗り込む。

映画「ゲーテ 若きヴェルテルの悩み」(日比谷シネシャンテにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年187作目)
先月のドイツ旅行でゲーテの生まれたフランクフルトの家「ゲーテハウス」や、彼が住んでいた家や親友シラーとの銅像などを観ていたせいか凄く感動させられた。ゲーテが法律家の道を歩む過程で知り合ったロッテという美しい女性との愛やその破局を描いた小説「若きヴェルテルの悩み」が出来た過程を描く。必見の価値あり。お勧めです。

映画「家庭の庭」(銀座テアトルシネマにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年188作目)
ロンドンに住む「トムとジェリー」の老夫婦を囲む家族と友人達の物語。家族愛とは?友人愛とは?中々面白く問いかけてくる映画でした。友人の中年女性「メアリー」の演技が良かった。

映画「ラビット・ホール」(日比谷シャンテシネにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年189作目)
4歳の息子を自宅前の交通事故で亡くした夫婦の物語。夫は息子の思い出を忘れないとするが、妻は一時でも早く忘れたいとし互いが擦違う。そんな時妻は偶然息子を事故で殺した高校生と出会う。原題の意味は、事故を起こした高校生が描いた漫画に出てくる兎の穴のこと。

映画「1911 辛亥革命」(丸の内TOEIシネにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★(今年190作目)
ジャッキー・チェン主演なので期待して行ったが、期待外れ。中国国民向け革命PR映画のようだった。つまらなかった。

日経新聞11月11日夕刊の「シネマ万華鏡」の評価は、「マネーボール」が4つ星、「恋の罪」が4つ星、「コンテイジョン」が4つ星、「孔子の教え」が4つ星、「第7鉱区」が3つ星、「アンダーコントロール」が4つ星、「真夜中からとびうつれ」が3つ星でした。

「シノプスシ148」
本「波浪剣の潮風」(牧 秀彦 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年339冊目)
本「火焔剣の突風」(牧 秀彦 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年340冊目)
本「若木の青嵐」(牧 秀彦 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年341冊目)
本「宵闇の破嵐」(牧 秀彦 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年342冊目)
本「朱夏の涼嵐」(牧 秀彦 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年343冊目)
留蔵が預かる根津権現の辻番所に現れたのは七千石の大身旗本の息子「本多誠四郎」だった。去った「辻風弥じゅう郎」に換わって影始末を行うことになった。だが誠四郎は家を継ぎ、その後には肥後からきた「土肥純三郎」が入ってきたが、次々と弱点を現してしまう。

日本橋百年

「J REPORT 2011 11月第2週号」
「リタイアメント・ノート 3年目5月目」 「VOL.712 SINCE AUG. 12th、1983」
「日本橋と古地図」
日本橋が100年目を迎えたそうだ。石造りの現在の橋になって100年だという。中々立派な橋だが、東京オリンピックの際の高速道路作りのために川の中に橋脚が立てられ、橋の面影は一遍してしまって現在に至っている。道も川もその筋は江戸時代と変わっていない。ここ日本橋は江戸の中心として、五街道の出発点として、現在では基準点として、その役割は変わらない。先週の半蔵門から日比谷にやってきてそのまま南町奉行所の横を通り抜け、今の銀座通りを左折すると、その周辺は全て町屋だ。当時は「なになに丁」という名前が付けられていて、日本橋まで両側2ブロックづつ合計4ブロックが町屋となっていた。因みに銀座4丁目の南側(新橋側=今の銀座5丁目)は当時は「ヲワリ丁2丁目」、銀座通りを北上すると「ギンザ丁4丁目、3丁目、2丁目」となり「京橋」を渡ることになるのは今も昔も一緒だ。京橋から日本橋まではブロック毎に町の名前が変わって行く。余りに細かく町名が記されているので紹介は止めておこう。さていよいよ「日本橋」だ。橋を越えた右側が「本舟丁」となっていてここが「魚河岸」だ。江戸時代、一日千両稼ぐのは「魚河岸」「吉原」「歌舞伎」とされていた。江戸の台所がここ日本橋にあった訳だ。日本橋から神田明神に至るまでの広い地域が町屋となっている。今の日本橋から神田、浅草橋方面は民家が立ち並んでいた訳だ。話しはちょっと変わるが、時代劇に出てくる「切り餅」と言われるお金の包みがあることはご存知だろう。実はこの切り餅は「25両」で一包みになっている。中身はと言うと一両小判ではなく、その4分の1の「一分金」という板金が100枚入っていたのだという。これで25両になっていて大概はそれを包んだ両替屋か大店の封印がしてあり、25両を証明していたという。「切り餅」一つで25両、4つで100両、40個で1000両だ。一両は銭の相場にもよるが、大体現代の価値では8万円から10万円と言われているから、千両とは8千万円から1億円だったといえよう。1両を持って外出して、買い物をするにしてもお釣りが来ないので1両は余り利用価値が有ったとはいえないから、「1分金」即ち2万円から2万5千円は高額貨幣としての役割はそれなりにあったといえよう。

「手前勝手世界食物語、第224話」

「チヂミ」
いつも行く銀座の韓国料理店に行った。いつもは込んでいないのに珍しく家族連れで混んでいた。サムゲプチョルや韓国風サラダを食べた後、「チヂミ」を頼んだ。海老入りチヂミということで一見豪華なチヂミが出てきた。チヂミは関西で言えば「たこ焼き」や「お好み焼き」なのだろう。これも各家、各店により違うようだ。以前会社があった東上野の韓国料理店街の店では「お婆ちゃん」が作る美味しいチヂミを食べたことがある。それぞれ特徴にある味が店店、家家であるようだ。ここの店のは標準的な味でした。
先日、母の7回忌の法要を青山墓地で行った。当日は生憎の雨模様だったので私が簡単に「般若心経」を唱えて場所を食事処に変えた。青山通りに面したシーアイプラザにある「富徳」、いわずと知れた「周富徳」さんの店だ。丁度当日周さんも店に顔を見せていた。「周さんの料理教室」が開催されるというので来ていたらしい。本物の周さんはテレビで見るよりも随分と歳をくっていたように見えた。「広東名菜」の店だという。柏にも支店があるらしい。昼なのでランチを頼んだが、味付けは薄味で美味しかった。ドイツで塩味の濃い料理ばかり食べてきたのでこの薄味を大変美味しく感じたのかもしれないが、周さんの名に恥じない料理だった。
以上、東京より勢古口がお送りしました。