「肝臓癌は拡大していた」

「J  REPORT 2024 6月第2週号」
「リタイアメント・ノート 14年12ヶ月目」
「VOL.1371 SINCE  AUG.12th、1983」

「走るな! 転ぶな! 風邪引くな!」が老人には大切らしいです。㔟古口
追加して「癌になるな」もね。

「人生は旅の如くNO.12-2009年編・第10話、10月のドイツ、チェコ、オーストリア、ハンガリーにて」
実は大変なミスを犯していたことに今気が付いた。この年10月にドイツ、チェコ、オーストリア、ハンガリーを訪れていたのだが、書き忘れていた。そこで時間をぎゅっと少し戻して10月から再開してみる。
ドイツには以前にも行ったことがあったが、今回はライン川の船旅を楽しみ、再びのノイシュヴァンシュタイン城の美しさとか、それにベルリンから旧東ドイツのポツダムへと廻った。どこの街へ行ってもドイツ国内は古い教会を中心とした街並みなのでどこがどこだか思い出せないのが困るところだ。ポツダムは第二次世界大戦でも最重要な場所なので興味深く見学した。当時はドイツにもあちらこちらに原発があり驚かされたものだった。ライン下りは川の両岸に植えられた葡萄畑が見え、その上の丘には古城が建っていた。ワインの名産地でもあるからだろう。戦争被害のひどかったドレスデンの復興には驚かされた。完膚なきまでに叩きのめされた街は煉瓦の一つ一つまで復活させるというドイツ人らしいセンスの現れだろう。東ドイツを吸収したドイツは再び欧州の盟主として生き返っていた。
チェコのプラハではチェコ城が印象的だった。如何にも中世の城らしかった。それと共産主義の崩壊時の出来事にも歴史を痛感させられた。プラハはよく映画撮影のロケ現場にも使われている。皆様も映画でご覧になったことがあると思う。東欧の宝石のような街だ。
オーストリアで思い出したことがある。ハプスブルグ家ゆかりのシェーンブルン宮殿に行った時のこと。同じツアー客の若い女性が着物に着替えて現れたことだ。日本からわざわざ和服を持参したとのこと。聞けば夫は官僚だというから多分エリートなのだろう。皆驚きました。でも日本女性の和服姿はヨーロッパでも冴えていました。着付けまで自分で出来るとは凄いね。また徐々に思い出しました。音楽と芸術の街ウィーンは実に華やかな雰囲気だった。夜一人で名前は忘れたが有名な音楽家が良く通ったという古いレストランで食事したが、歴史が息づいていました。
ハンガリーのブダペストでは古都の美しさを観ました。ドナウ川を挟んで西側の丘の上、ブダには宮殿が、東側の低地、ベストには大聖堂や国会議事堂があり、それらを結ぶ橋の一つに有名な「くさり橋」がある。美しい橋だ。水害の爪痕がありその凄まじさにびっくり。
兎に角ヨーロッパはキリスト教の歴史に溢れているし、全てが境界を中心に廻っていることを実感したのでした。おや雪が降ってきました。既に早い冬の足音が聞こえて来ていた東欧でした。

「今週の映画と本」

「今週の映画と本」
「告白 コンフェッション」(TC日比谷にて)私的評価★★★(今年44作目)
大学山岳部の仲間たちでの卒業登山で一人の女性が遭難した。その16年後、卒業登山仲間の二人が同じコースを踏破するが吹雪に巻き込まれ遭難しかけるが、偶然山小屋を発見する。しかしその直前韓国人留学生が昔の仲間だった女性を殺したと告白する。山小屋の中では二人の対立が起こる。誰が助かるのか?それとも?

「マッドマックス フュリオサ」(TC日比谷にて)私的評価★★★(今年45作目)
何作目かのシリーズものだ。バイク部隊とトラック部隊の争いに巻き込まれた少女フュリオサは母を失い復讐に燃える。砂漠の戦いは熱く激しく燃えるのだった。

「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」(HTC有楽町にて)私的評価★★★★(今年46作目)
職場の元同僚の女性から手紙が来た。そこには癌でホスピスに入っていてもうじき死ぬとのことだった。彼女に負い目のあったハロルドはホスピスまでの800kmを歩き通そうと考える。そうすれば彼女は死なないとの信念からだった。約2カ月の歩き旅で起こる出来事が心を打つ。信じる心こそに意味があるのだった。

また、6月7日付け日経新聞夕刊「シネマ万華鏡」には、「違国日記」「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」「チェレンジャーズ」「あんのこと」「東京カウボーイ」「かくしごと」「プリンス ビューティフル・ストレンジ」「ドライブアウェイ・ドールズ」が紹介されていました。

「2024年の映画で私が良いと思ったのは」
★★★★★=「哀れなるものたち」「ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人」「コット、はじまりの夏」「オッペンハイマー」

★★★★=「枯れ葉」「ゴールデンカムイ」「ダム・マネー ウォール街を狙え!」「ブルックリンでオペラ」「パスト ライブス/再会」「人間の境界」「無名」「鬼平犯科帳/血闘」「碁盤斬り」「関心領域」「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」

「私の2023年に観た映画は98本、星5つは
★★★★★=「ドリーム・ホース」「SHE SAID その名を暴け」「生きる LIVING」「パリタクシー」「クロース」「ふたりのマエストロ」「JFK/新証言 知られざる陰謀」

「2024 観劇シリーズ」 2023年の歌舞伎観劇は12度でした。
寿初春大歌舞伎昼の部「常辰歳歌舞伎」と「荒川十太夫」「狐狸狐狸ばなし」を観劇。
一月大歌舞伎「平家女護嶋」(新橋演舞場にて)を観劇。
猿若祭二月大歌舞伎、昼の部を歌舞伎座にて観劇。「新版歌祭文」、「釣女」、「籠釣瓶花街酔醒」の3題目。
三月大歌舞伎、昼の部「菅原伝授手習鑑」、「傾城道成寺」、「小浜御殿綱豊卿」を観劇。
四月大歌舞伎、夜の部「於染久松色読販」、「神田祭」、「四季」を観劇。久々の玉三郎でした。(写真:K四月)
團菊祭五月大歌舞伎、昼の部「鴛鴦襖恋睦」「極付番隨長兵衛」「毛抜」を観劇。(写真:K五月)
六月大歌舞伎、昼の部を観劇予定。(写真:K六月)

「2024年旅暦」
1月に蕎麦の旅で東北と信州に行きました。
6月に福岡佐賀に、7月には釧路に長期滞在を、また8月には家族全員で壱岐の島へ旅する予定。通院の予定があるために、旅行は難しいですね。
海外には2月にハワイに行きました。次のハワイは9月の予定です。

「2023 本の記憶シリーズ」  2022年の読書数は、185冊でした。
「星落ちて、なお」(澤田 瞳子 著)文春文庫 私的批評眼★★★(今年75作目)

「赤と青のガウン」(彬子女王 著)PHP文庫 私的批評眼★★★★(今年76作目)
三笠宮家の彬子女王(御年42歳)が二度に亙るオックスフォード大学留学の20歳代前半の5年間を語り、最終的に日本美術史の博士号を取得するまでを描く。ご本人は今上天皇の又従妹であり、女王と言う称号は皇族の中では一番下の称号だという。既に2014年に発売されていたが、今年になり大反響を呼んでいるベストセラー作品だ。

「神奈川会」

「神奈川会」
毎月恒例の神奈川会を横浜は野毛のいつもの店で行った。10名ほどの仲間なのだが、最近は私も含めて出席率が悪く、その日も5名だった。(写真:A1)
まあ元気で集まれる内は集まろう。先行きの不安もあるし、認知症への恐怖もあるし、やれる時にやるという気持ちだ。

「江戸時代の歌舞伎観劇風景」
客席は大体3種類に分類されていた。まずは「平土間」。舞台正面に設けられ升目に区切られた一般席(6人用)だ。次に「桟敷席」があり、舞台を挟んで左右の側面にある。こちらは富裕層向けの特別席だ。料金は平土間の十倍。それ以外に桟敷席に入るには芝居茶屋、別けても大茶屋と呼ばれる高級料亭から直接に入場し更に芝居が跳ねた後はまた大茶屋戻り酒宴を催すのが通例だった。従って非常に高額な費用となった。一番安いのが立ち見の二階席で通称「向こう座敷」ないしは「大向う」である。料金も安く幾度も足蹴く通う見巧者な客が多く、ここから掛け声を掛けた。
今も歌舞伎座では二階上手後ろ側に大向うの席を設けており、掛け声を掛ける場合はここから掛けることになっている。
料金は時代により変遷があるが、金1両=銀60匁=4000文=約8万円とすると、1文=約20円となり、土間の料金は100文から135文(2000円から2700円)、桟敷は25匁(約3万3千円)、立見は16文(320円)程度と思われる。
来週は歌舞伎座から六月大歌舞伎観劇記をお送りいたします。

「癌闘病記ー第19回」「肝臓癌は拡大していた」

「癌闘病記―第19回」
「肝臓癌は拡大していた」
私は30歳の時に喫煙を止めた。それまで一日に60本吸っていた。1年前肝癌宣告を受けてから飲酒を止めた。大好きだった飲酒は連日焼酎で3合近い量だったが、翌日から100%止めた。
友人の一人は「意志が強い」というが、ある友人は「頑固一徹、近視眼的一点主義」と言う。まあ何故こんなバカなことをしてきたのかと自分でも呆れる。
そしていよいよ検査結果発表の日となった。

ガガーン!がっくり!

結果は?
2月に実施したMRI検査と今回5月の検査結果を比較したところ、肝細胞癌は拡大していたとのことだった。
MRIレポートによれば、「多発HCCが知られており、S5/6のHCCに対しDEB-TACE後、化学療法後です。両葉のHCCは全体に増大しています」とのことだった。
よって医師からは現状の投薬ではなく、新薬を使った点滴に変えたほうが良い。但し初期の患者には効果がある点滴だが、治療が進行してからの患者に効果があるかは分からないとのことだった。もう対応方法が限られつつあるとの残酷な話しだった。新薬は自己免疫力を増すもので、免疫力で癌を抑えるということだという。今更嫌ですと言っても仕方がないので、来週から点滴を開始することにした。

ひょっとしたら癌は縮小しているのではないかとの淡い期待は裏切られた。徐々に選択肢は狭まりつつある。それに伴い私の寿命も先が見えつつあるのだろうか?
実は余りのショックで新しい点滴薬の名前を聞くのも忘れてしまっていた。それほどの衝撃だったということだ。恥ずかしいが数日ショックから回復出来なかったと告白しておこう。
命ある限り抵抗していくつもりだが、挫けそうになりそうだ。頑張らなくてはなるまい。
思い付くのは「万事塞翁が馬」と言う言葉。なるようにしかならないと諦めるか。
来週からは点滴が始まる。副作用はどうなるのやら。一方大腸内視鏡検査のサンプル採取では全く問題なく通常の組織だった。従って2014年からほぼ毎年行って来ていた大腸内視鏡検査はもうする必要がないと医師から伝えられた。

以上、今年も暑い夏になりそうな東京から㔟古口がお送りしました。
0
0
0
0
0
0
0
次は前週のJ REPORTに続きます。

「人生は旅の如くー11月のオーストリア、スロヴェニア、クロアチア、モンテネグロにて」

「J  REPORT 2024 6月第1週号」
「リタイアメント・ノート 14年12ヶ月目」
「VOL.1370 SINCE  AUG.12th、1983」

「走るな! 転ぶな! 風邪引くな!」が老人には大切らしいです。㔟古口
追加して「癌になるな」もね。

「人生は旅の如くNO.11-2009年編・第9話、11月のオーストリア、スロヴェニア、クロアチア、モンテネグロにて」
11月にはバルカン半島の西側を巡った。今回もルフトハンザ航空でフランクフルト経由オーストリアのウィーンへ、そこからバスで向かった。オーストリアでは田舎のお城や教会を巡ったが、殆ど記憶がない。帰りに市内観光をし、嘗て城壁があったところが環状線の鉄道が走っていて、音楽の都らしい雰囲気を感じたこと位しか思い出せない。次の機会を待とう。
スロヴェニアでは印象的だったのが「ブレッド湖」だ。湖の真ん中に小さな島と教会があり、偶然そこで結婚式が挙げられているのに遭遇した。この湖にはその後何度も訪れることになる。スロヴェニアは旧ユーゴスラビアから独立した国だ。バルカン半島と言えばヨーロッパの火薬庫と言われた位紛争の原因となった地域で複数の民族と宗教が入り乱れていたことが原因だろう。イタリア半島とはアドリア海を挟んだバルカン半島、イタリア半島の付け根にはヴェネツィアがあり、中世ここが都市国家として発展し、アドリア海を支配していた。ヴェネツィアの植民地がバルカン半島のアドリア海側には沢山あった。
クロアチアは美しい国だった。まずは「プリトヴィッツェ湖群国立公園」へ。沢山の湖から構成されているのだが、実は今回を含めてここには3度行ったのだが、全て雨だった。
海岸沿いには「スプリット」などの都市もあるが、一押しは「ドブルブニク」に尽きるだろう。周囲を城壁に囲まれアドリア海に浮かぶ真珠のような都市国家だ。誰もが感動する中世が色濃く残っている街だ。
モンテネグロといえば「コトル」だろう。ここも城壁に囲まれた街だが、そこに行き着くまでにリアス式海岸の道を延々と進む。すると港が現れ、山の上にまでこれまた長い城壁が続いているのだ。
直近でトルコ旅行から帰国したM君によれば、現在のトルコの観光用熱気球は何と30人乗りでパイロットが2人付くという大型のものだったという。私はこれまでに二度熱気球に乗った。精々10人乗りでパイロットは一人だった。最高高度は約300mで、乗った場所はオーストラリアのケアンズとトルコのカッパドキアだった。その後トルコで墜落事故もあり絶対に乗らないと決めていたが、大型になり安全性は増したのだろう。カッパドキアでは民家の屋根すれすれに飛行するので屋根にぶつかるのではないかと心配したものだった。でももう絶対に乗りたくない。やはり墜落の危険性は高いと思うからだ。

「今週の映画と本」

「今週の映画と本」
「関心領域」(UC豊洲にて)私的評価★★★★(今年41作目)
ポーランドのアウシュヴィッツ収容所の隣にはドイツ軍幹部の自宅があり家族が暮らしていた。24時間焼却炉が稼働する音が聞こえるが、自宅の庭では子供たちがプールで遊び、家の中では婦人たちが収容所から得たドレスや貴金属、下着を分けていた。一見して平和な暮らしだった。所長の転勤が命じられると妻は転居を拒否した。夢の生活を捨てられないと喚く。更にドイツ軍によってハンガリーから70万人のユダヤ人が送られてくることになった。そして最後は今の収容所の模様が写される。実は私もここを訪れた時観たものが写されていた。人類の悪と正との差は何なのだろうか?非常に問題提起した映画だった。

「バティモン5 望まれざる者」(UC豊洲にて)私的評価★★★★(今年42作目)
ある普通のフランスの街。悩みは移民問題と低所得者対策。これらは同時並行的に重なっていた。突然現市長が急死し小児科の医師が市長代理となる。彼は正義感に溢れていたが、人種的にも宗教的にも差別主義者でもあった。低所得層と移民たちが住むアパートで火災が発生する。これをチャンスと見て市長代理は建物が崩壊する危険があるとして住民の一斉退去を狙う。クリスマスイブの寒さの中に屋外に放り出された市民は果たしてどうなるのか?今のフランスの悩みが巧みに描かれていた。

「ライド・オン」(UC豊洲にて)私的評価★★★(今年43作目)
年老いたスタントマンと相棒の馬の物語。スタントマンはノーとは言わないをモットーに生きてきた男が体力の限界を乗り越えようとするが、それを娘が阻止する。果たしてその後は?

また、5月31日付け日経新聞夕刊「シネマ万華鏡」には、「マッドマックス フェリオサ」「壁は語る」「ライド・オン」「ユニコーン・ウォー」「アンダー・ユア・ベッド」「告白 コンフェッション」「映画からかい上手の高木さん」「ドノバン 音楽家加藤和彦とその時代」が紹介されていました。

「2024年の映画で私が良いと思ったのは」
★★★★★=「哀れなるものたち」「ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人」「コット、はじまりの夏」「オッペンハイマー」

★★★★=「枯れ葉」「ゴールデンカムイ」「ダム・マネー ウォール街を狙え!」「ブルックリンでオペラ」「パスト ライブス/再会」「人間の境界」「無名」「鬼平犯科帳/血闘」「碁盤斬り」「関心領域」

「私の2023年に観た映画は98本、星5つは
★★★★★=「ドリーム・ホース」「SHE SAID その名を暴け」「生きる LIVING」「パリタクシー」「クロース」「ふたりのマエストロ」「JFK/新証言 知られざる陰謀」

「2024 観劇シリーズ」 2023年の歌舞伎観劇は12度でした。
寿初春大歌舞伎昼の部「常辰歳歌舞伎」と「荒川十太夫」「狐狸狐狸ばなし」を観劇。
一月大歌舞伎「平家女護嶋」(新橋演舞場にて)を観劇。
猿若祭二月大歌舞伎、昼の部を歌舞伎座にて観劇。「新版歌祭文」、「釣女」、「籠釣瓶花街酔醒」の3題目。
三月大歌舞伎、昼の部「菅原伝授手習鑑」、「傾城道成寺」、「小浜御殿綱豊卿」を観劇。
四月大歌舞伎、夜の部「於染久松色読販」、「神田祭」、「四季」を観劇。久々の玉三郎でした。(写真:K四月)
團菊祭五月大歌舞伎、昼の部「鴛鴦襖恋睦」「極付番隨長兵衛」「毛抜」を観劇。(写真:K五月)
六月大歌舞伎、昼の部を観劇予定。(写真:K六月)

「2024年旅暦」
1月に蕎麦の旅で東北と信州に行きました。
6月に福岡佐賀に、7月には釧路に長期滞在を、また8月には家族全員で壱岐の島へ旅する予定。通院の予定があるために、旅行は難しいですね。
海外には2月にハワイに行きました。次のハワイは9月の予定です。

「2023 本の記憶シリーズ」  2022年の読書数は、185冊でした。
「魔性の剣」(鈴木 英治 著)光文社文庫 私的批評眼★★★(今年73作目)「書院番勘兵衛」シリーズ第3話

「暁の火花」(佐々木 裕一 著)講談社文庫 私的批評眼★★★(今年74作目)「公家武者信平ことはじめ」シリーズ第16話

「4S会はくら寿司で」

「4S会はくら寿司で」
スーさんのお仕事(建築関係の訪日客向け観光ガイドの英語の通訳)の合間を縫っての食事会を開いた。来月からはアメリカからの学生さんの団体がやってくるのでその隙間の会合だ。場所は「くら寿司銀座旗艦店」
ほぼ毎月開催しているのだが、今年は観桜会から雨で中止したりと天候には恵まれなかったが、その日は快晴で前日の大雨が嘘のようだった。
私以外はお酒を嗜みながらお寿司とおつまみで堪能されたようだった。(写真:A2)
(写真:A3)
話題は我々のこれまでの海外旅行の話しになり大いに盛り上がった。最初に出掛けたのは2012年6月のスイス、オランダの旅だったが、この旅は楽しかったしスイスを満喫したのでした。これまでに南米はイグアスの滝、マチュピチュ、ナスカの地上絵に、トルコ、中国は西域のシルクロード、台湾と廻ってきた。もう歳も取ったので4S会での海外の旅は無理そうだから国内にするしかないかな?

「癌闘病記ー第18回」

「癌闘病記―第18回」
特に変化なし。MRIと大腸内視鏡検査の結果は来週聞く予定だ。
この半年間の体重の変化が凄い。2か月ほどで激痩せして10kg減量したが、その後徐々に体力が回復し現在では6kg増量した。少しダイエットしないといけないかな?
でもやはり食事は大切だ。食べられるということは健康的に生きられるということだ。食べられない一時期を思い出すと食べられることの有難さが身に染みる。

「いちにいさん」

「手前勝手世界食物語、第672話」
「いちにいさん」
この店もコロナで行けていなかった店の一つだ。姉妹店の「素敵庵」がコロナで撤退し後も営業を続けていたが、
殆ど行けていなかった。久し振りの訪れだった。
鹿児島産黒豚しゃぶしゃぶの店だが、メニューが随分と増えていた。牛のステーキもあり、トンカツもありとこれまでのしゃぶしゃぶメインから少し変わったようだった。
今回はフットボールの同期の仲間との食事会だったので、黒豚しゃぶしゃぶを食べた。
まずはつまみで「牛筋煮込み」(写真:S1)
刺身は「活 かんぱち」(写真:S2)
豚しゃぶ肉(写真:S3)
野菜類(写真:S4)
店の特徴はお湯でしゃぶしゃぶすることには特に名物ではないのだが、いただく出汁が蕎麦汁なのだ。これに刻み葱をたっぷり入れて肉や野菜を食べる。これが美味しいのだ。来年の同期会新年会はここでやろうかな?
因みに店名の「いちにいさん」は「1,2,3」のことで一号線、二号線、三号線で東京から鹿児島まで行く国道の名前だ。実に美味しかったです。
夏の太平洋の高気圧と秋の冷たい大陸性高気圧が攻めぎ合う梅雨がいよいよ沖縄から始まった。そろそろ東京にも訪れる梅雨を待つ頃合い。今週も元気で東京から㔟古口がお送りしました。
0
0
0
0
0
0
0
次は前週のJ REPORTに続きます。

「人生は旅の如くー10月のトルコより」

「J  REPORT 2024 5月第5週号」
「リタイアメント・ノート 14年11ヶ月目」
「VOL.1369 SINCE  AUG.12th、1983」

「走るな! 転ぶな! 風邪引くな!」が老人には大切らしいです。㔟古口
追加して「癌になるな」もね。

「人生は旅の如くNO.10-2009年編・第8話、10月のトルコにて」
2009年は10月11月の二か月間でヨーロッパに3回旅した。その最初がトルコだった。
ルフトハンザ・ドイツ航空でフランクフルト経由トルコのイスタンブールに入った。フランクフルトと言えばフランクフルト・ソーセージが有名だが、ルフトハンザ航空のラウンジで一番人気がこのソーセージとポテトの組み合わせだった。これが実に美味しい。それからは毎度フランクフルトではソーセージを食べることになった。
またトルコ航空のイスタンブールのラウンジがこれまた素晴らしいものだった。広さに設備、それに食事と言い本当に満足出来るものだった。24時間稼働は勿論だが、中ではステーキを焼いていていつでも食べられた。
イスタンブールはハブ空港としてアフリカ、ヨーロッパ、中東、アジアを結ぶ重要な空港だった。
トルコは初めてだった。大雑把に行って反時計回りでトルコの海岸線から内陸部を廻った旅だった。
トルコは歴史的にも正にヨーロッパとアジアの架け橋だった。地図を観るとお分かりのように西はエーゲ海を挟んでギリシャと向き合い、北は黒海、南は地中海、東はアジア大陸へと続き、ボスポラス海峡を経てヨーロッパに繋がる交通の要衝だ。シルクロードの起点でもある。民族的にはアジア系とヨーロッパ系の混血の人たちだが宗教はイスラム教が大半。一時期オスマントルコ帝国は地中海の南側の大半を支配し、バルカン半島を超えてウィーンの周囲にまで攻め込んでいて大帝国を作っていた。ウィーンはポーランド国王らの連合軍に救われたが、この勝利を記念してウィーンのパン屋がトルコ国旗の三日月を真似て風刺したものが「クロワッサン」だ。また、第一次世界大戦では枢軸側に付いたため破れて帝国は消滅した。この危機を救ったのが英雄「アタチュルク」だ。政治と宗教を分離し、アラビア文字を廃止しローマ字に変える等画期的な政策で救世主となった。トルコ滞在中、何のアタチュルクに関する記念日だったのか、午前中のある時間の知らせと共に人々が歩みを止め直立不動となり黙祷を始めた。未だに国民から父と慕われている英雄なのだ。後日判明したのが、11月10日が彼の命日だということだった。
国内には今もクルド人の独立運動があるものの東西の緩衝地帯ではある。
首都アンカラは内陸部にあるので、ここを中心点として時計を描くと、イスタンブールは10時、トロイは9時、パレッカムは7時半、エフェソスは8時、カッパドキアは4時半となろう。3時に当たる東の山脈地帯にはノアの箱舟伝説の船もあるという。
旅の大半はバスで回るが、当時から運転手の働き方が制限されていて一定時間以上の勤務は認められていなかったので、動く時は素早く時間内に次の目的地に到着し休憩が求められていた。それが今2024年に日本にも漸くやってきたのだった。
有名な観光地をいちいち説明しても仕方ないので代表的な物だけを申し上げよう。
まずはトロイ。ギリシャとの戦争ではトロイの木馬でギリシャが勝利した古戦場だ。パレッカムは温泉と石灰石で棚田状の小さな池が沢山出来ている。エフェソスには大野外劇場や神殿もあるし、カッパドキアは茸のような不思議な形の石が林立する。風雨による自然現象なのだろうが素晴らしいものだった。またエフェソスには世界最古の職業である売春宿を示す遺跡もあったのには驚かされた。アンカラからは列車でイスタンブールに向かい、旧東ローマ帝国の首都コンスタンチノープル(現イスタンブール)の宮殿やモスクも素晴らしかった。兎に角歴史が詰まっている国だから観る物も飽きない。
料理だが世界三大料理と地元では言っていたが美味しかった。壺の中に煮込んだ食材があり、表面を塩の蓋で固めてあるスープはお替りしたい位の美味しさだった。ケバブも有名なのだろうが、一人で港近くのレストランを訪れて食べたがこれも美味しかった。鯖サンドも地元の人たちの人気だった。
更なる詳細は2014年1月に3S会で行った2度目のトルコ記に譲ろう。

PS:友人のM君がトルコ旅行から帰国し早速前号以前の間違いの指摘を頂いた。
まず、「鬼平犯科帳」の原作者は司馬遼太郎ではなく池波正太郎であること。南米の「クスコ」はチリではなくペルーにあること。等々訂正しなくてはならない。どうも老人ボケの始まりだろうか?一度文字にしてしまうと思い込みが激しくて訂正に至らず、本当に申し訳ございませんでした。M君いつも適切なご指摘ありがとうございます。今後共宜しくお願い致します。