「屋久島産焼酎、三岳」

「まねき鮨」で三岳を飲みながら、板さんと話しをしたのだが、私自身屋久島に行った時は2本しか買わせてもらえなかった。それほど貴重品だと思っていたのが、今はスーパーでいつでも売られるようになっている。何故か?まあ製造所が増産したのか?それともスーパーの仕入れが上手いのか?貴重品でなくなった「三岳」、美味しくなったのか不味くなったのか、果たしてどうなのだろう。板さんも東京で三岳が売られているのを聞いて驚いていた。

「割烹、よし田の鯛茶」
最終日、朝から「ヤフードーム」の隣の「ヒルトンホテル福岡」までホテルから歩いて行って見た。約1時間半かかったが健康のため頑張ろう。目的は「東山魁夷展」を観ること。「版画40作品を特別価格で販売」と銘打っていた。まあ実に美しい絵だったが、版画なのに百万円以上だから驚きだ。さて帰りはバスで天神に戻り、「割烹、よし田」に行く。前回も食した「鯛茶」を頼む。隣のテーブルに若い男女が来て「烏賊の活き作り」を頼んでいた。初めて食べるらしく、出てきた透明な美しい「呼子の烏賊」に驚きの声を上げていた。さていつもながら「鯛茶」は美味しい。醤油に漬けた鯛の切り身をまずは熱いご飯の上に乗せてご飯と鯛の身を食べる。半分ほど鯛を食べたら、今度は「山葵と鯛と醤油」をごちゃ混ぜにして、ご飯にぶっかけて熱々の「お茶」をかけて「お茶漬け」で完食。美味かったです。

「呼子の烏賊」

福岡滞在二日目。早朝から電車に乗って佐賀県は「唐津」へと向う。駅前からバスに乗って「呼子」へと向う。一度行きたかったのがこの呼子だ。「烏賊の活作り」と「呼子の朝市」で有名なところだ。朝市には叔母ちゃんたちが並んで店をかまえていて、魚や烏賊の一夜干しや野菜などを売っている。烏賊を食べたいと思ったが店は11時を過ぎないと開かないという。仕方なくバスセンターで「名護屋城跡」に行く方法を聞いたが、バスが2時間ほどしないと行かないという。そこで名護屋城跡まで約3kmを歩いて行くことにした。「名護屋城跡」とはご存知「豊臣秀吉」の「朝鮮出兵」時の拠点となった城跡だ。今でも400年前の石垣が残されており、発掘が続いていた。殆ど当時のまま残されているのだ。更に驚いたことに天守址に登ったら、目の前に「玄海原発」があるではないか。こんなところにあったとは知らなかった。今は停止中だが、これほど朝鮮半島に近いところにある「原発」とはテロの危険もあるだろうに、日本人は安全は「ただ」だと思っているからこんな場所に建てられるのだろう。空は青く海も波が高いが美しい。玄界灘に島々が浮かび、「兵どもの夢の跡」といった感じか?城跡を見た後「県立名古屋城博物館」を見学してバスで呼子まで戻った。丁度時間も11時半過ぎなので手近にあった店に入った。「いか本家」という店だが、浮ノ「映画 悪人」の撮影が行われたと書かれていた。浮フ客引きの人に「この映画観たけでどんなシーン?」と聞いたら、「殺人を告白するシーンを2階の大広間での食事風景で撮った」という。まあ思い出せないが、映画の主演者は「妻夫木 聡」と「深津 絵里」だったはずだ。さて「活き烏賊定食」@2650円を頼む。「活き烏賊」は透き通った透明感一杯の烏賊でまだ当然動いている。「最初はゲモフ踊り食い」ということで烏賊の足をちょん切ってくれたのを醤油に漬けて食べるのだが、足は動いているし、口中に吸盤が吸い付くようだ。こりこりの身の部分は刺身で食べ、残ったのを天麩羅にしてもらう。小振りの烏賊だったが、まあこんなもんだろう。新鮮なのが売りなので納得した。バスで唐津まで戻り、そこから本日の最終目的地「武雄温泉」に電車を乗り継いで向う。

「月代(さかやき)」
昔の武士は頭の天辺部分を剃り揚げて髷を結っていた。この部分を月代(さかやき)という。なぜ剃るのか?これは戦の準備だそうだ。昔は月代を剃っておらず、兜を被っていたが、戦闘の際に頭に熱気がこもり、卒倒する者が多数出たという。そこで籠もる熱を下げるために、兜を被る前に月代部分の毛を抜いていたそうだが、これでは頭が血だらけになってしまうので剃り上げることにしたという。それを発案したのがなんと「織田信長」だという。実に合理的な考え方を持っていた信長ならではの発想だと思う。その後、この月代を剃ることが戦闘がなくなっても形式的に続けられるようになったという。「常に戦場にあれ」との考えだろうか?

「呼子の朝市風景」

「日本三大朝市」の一つだというが、そんなに賑わいはなかった。観光客と言うよりは地元の人たちがちらほらと買い物をしていた。メインはやはり「烏賊の一夜干し」と「烏賊シュウマイ」と烏賊づくし。「烏賊餃子」も売っていたが、変り種だね。美味しそうにはみえなかった。インターネットで調べたら、「箔o・輪島」「飛騨・高山」「安房・勝浦」が三大朝市となっていたが、「呼子」も入ると4大朝市だが。

2012年の映画のお話し
映画「推理作家ポー 最期の5日間」(丸の内ルーブルにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年180作目)
アメリカのボルティモアで連続殺人事件が起こる。その全てが推理作家エドガー・アラン・ポーの作品で使われた方法によるものだった。そしてポーの恋人が誘拐される。果たしてポーはその謎を解いて彼女を救出出切るのか?

映画「新しい靴を買わなくちゃ」(ユナイテッドシネマ豊洲にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★(今年181作目)
出演者がたった5名の映画だ。舞台はフランスはパリ。そこを訪れた兄と妹が出会う人たちとの恋物語。つまらなかった。観なければよかったと後悔してます。中山美穂のフランス語はまあまあでしたが、向井理の英語は今一でした。

映画「ツナグ」(日劇にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年182作目)
亡くなった人と生きている人を会わせるのが「ツナグ」の役割。オムニバス形式で3人の人が死者に会う。作品は期待していたほどではなく、ちょっとがっかりでした。

映画「SAFE」(ユナイテッドシネマ豊洲にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年183作目)

「私の今年の映画の評価は?」
今年の★★★★★ 「ヘルプ」「わが母の記」
今年の★★★★  「ロボジー」「麒麟の翼」「ドラゴンタトゥーの女」「ポエトリー」「ピラミッド」「シャレード」         「PINA」「エル・ブリ」「マーガレット・サッチャー」「マリリン 7日間の恋」「アーティスト」「ジョン・カーター」「裏切りのサーカス」「ファミリー・ツリー」「星の旅人たち」「ミッドナイト・イン・パリ」「プレイ 獲物」「崖っぷちの男」「ブラック・ブレッド」「リンカーン弁護士」「ローマ法王の休日」「ダークナイト・ライジング」「あなたへ」「最強のふたり」「アウトレイジ・ビヨンド」

「シノプスシ193」
「春霞ノ乱」(佐伯 泰英人 著)徳間文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年269冊目)
「居眠り磐音江戸双紙」シリーズ40作目。元の御家の一大事が発生し、磐音の父が誘拐された。

「夜桜」(佐伯 泰英人 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年270冊目)
「吉原裏同心」シリーズ17作目

「彼岸花」(藤井 邦夫 著)文春文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年271冊目)
「秋山久蔵御用控」シリーズ6作目

「魔鼬 ?ィ」(佐々木 裕一 著)二見時代文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年272冊目)
「公家武者松平信平」シリーズ4作目

「人形町夕暮殺人事件」(風野 真知雄 著)文春文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年273冊目)
「耳袋秘帖」シリーズ14作目

「卵とじの縁」(芦川 淳一 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年274冊目)
「包丁浪人」シリーズ2作目

「黒雲兆す」(芝村 涼也 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年275冊目)
「返り忠兵衛江戸見聞」シリーズ6作目
「無月潜む」(芝村 涼也 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年276冊目)
「返り中兵衛江戸見聞」シリーズ7作目

「彼岸花の女」(藤井 邦夫 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年277冊目)
「乾蔵人隠密秘録」シリーズ1作目

九州、食の旅

「J  REPORT 2012 10月第4週号」
「リタイアメント・ノート 4年4ヶ月目」、
「VOL。764 SINCE AUG.12th、1983」
「小倉・田舎庵」
家内の実家が北九州は小倉にある。誰も住んでいないので処分しようと思い、地元の不動産屋さんを訪れて交渉することとした。そんな訳で8月に続いて福岡に飛んだ。時間は充分にあるので、福岡空港からはバスで小倉へ。まず訪れたのは「田舎庵」、有名な「鰻屋」だ。ちょっと待たされたが席が空いたので座る。メミューを見ると「天然物」の値段は最低4000円から6000円、セットは9000円とあった。勿論養殖物の一番安い「蒸籠(せいろ)蒸し」@1600円を頼む。「ご飯は大目、少な目に出来ますが?」と聞かれたので「少な目」とお願いした。使い込んだ「蒸籠」の上にたれが滲みたご飯の上に鰻が乗っているのだが、熱く蒸したばかりなのでご飯も鰻も熱々なのだ。これが一応この店の看板料理だ。関東でも関西でも見られないここ独特の食べ方だ。熱々をホクホクと食べる。「蒸籠」の中に敷いてある「すのこ」が箸にひっかかりご飯が食べにくいが、まあそれなりの味だ。ご飯少な目で正解でした。納得の味の鰻でしたよ。

「福岡薬院大通り・七山」
不動産屋さんとの打合せを終えて、再び福岡に戻る。今度は各駅停車の電車だ。駅前から100円バスでまずはホテルに向かい、チェックインした後、パャRンを取り出して操作していたら、動かなくなってしまった。無理やり動かそうとしたら壊れた。がっくり。仕方なくいつも行く「もつ鍋の店、七山」に行く。いつもは蘭?オて行くのだが、今日は一人だし、まあいいか。実は本当はこの日の夜は久留米まで行って焼鳥を食べるつもりだったが、嵐阨マ更したため、「七山」に行くことになった。この店、福岡出張時には殆ど毎回来ていた「馴染み」の店なのだ。「もつ鍋」はセットを東京までこれまでも何回も送ってもらって自宅でも楽しんでいる。今回も勿論「もつ鍋」を食べる。店の名はご主人が佐賀県の七山出身と言うことで付けたという。「醤油ベース」のもつ鍋はいつもながら美味しい。ご夫婦とお手伝いの女性の3人でやっている店だが、たまには私のホームページを見てくる人もイルと言う店だ。福岡に行かれた際にはぜひ立ち寄ってみては如何か?安くて美味しいご推薦出来る店です。お店のホームページもあります。

「パャRン故障、その後」
結局、東京へ戻ってもパャRンは直らず、已む無く「リカバリ」という所謂初期化を行おうとしたが、それも駄目でF社に修理に出すことになった。従って、デジカメで撮った写真を送ることが出来ない状態なので、準備していた「田舎屋」の鰻の画像を出すことが出来なかった。がっかりです。修理代とパャRンのデータ取り出しでほぼ8万円以上がかかるが、パャRン内に保存されている写真を取り出したいので修理を実施することとした。その後、「そうだ、プリンターで印刷したものを携帯電話で撮影しなおし、メールで送信すればいい」ということに気が付いて写真をプリントしたが、ちょっと解像度合が悪かったようだった。すみません。

「手前勝手世界食物語、第270話」

「ジャスミンティー」
「知床旅行」前に打ち合わせ会をしたのが、西川口駅から徒歩10分ほどの小さな中華料理店だった。実はスイス旅行の事前打ち合わせ会もここで行ったことがあったので、今回も行って見たが、店の名前が変わっていた。聞くと経営者もコックさんも変わったというのだ。まあ来てしまったのだから仕方なく、ここで食事をした。3000円で飲み放題食べ放題でやるというのだ。ところが味は今一つ、ちょっと塩辛くて私の舌には合わなかった。最後に出たのが「ジャスミン・ティー」だったが、「花」が咲いていた中国茶には初めてお目にかかったという次第でした。このお茶は美味しかったです。まあ安かったから仕方がないか。この店、兎に角、コック一名、出前用の人1名、共に中国人でコックさんはもう3年日本にいるというが殆ど日本語を喋れなかった。だが不思議なことに「出前」の注文がひっきりなしに入っていて、所謂「お弁当式」のオカズ詰め合わせを沢山作ってはバイクで運んでいた。我々の料理もそのお弁当のオカズの一部が出てきたのだろう。
以上、勢古口が東京よりお送りしました。

「指物師」

この写真も「江戸東京博物館」に展示されていたものを撮ったのだが、ここに江戸時代の町人の生活が縮図となっているので紹介しておこう。江戸時代の江戸と言う町は、いつの頃からか「百万人都市」となり、世界一の大都会だった。そこには「水道水」も「木製の管」で運ばれ、非常に便利にそして衛生的になっていたという。そして町人、ここでご紹介するのは「指物師」で木や竹を使って色々な道具類を作っていた人だ。典型的な江戸の町の「長屋」だ。部屋は一間、入口に土間があり、竃(へっつい=かまど)があり、水を貯めている壺がある。ここで煮炊きをする。部屋は精々6畳間くらい。ここで寝起きも仕事もするのだ。布団は風呂敷に包んで天井から吊るすのが当たり前。江戸時代は火事が多かったので、家具は殆ど持っていない。なぜならばすぐに火事で焼き出されてしまうからだ。だから道具類はレンタルが殆どだったらしい。こんな長屋に暮す人々。「江戸っ子は宵越しの金を持たない」と言われた所以は「火事」が原因だったらしいのだ。火事で失ってしまうのなら、使ってしまえという論理だったらしい。「一両」(今の価値で約10万円)で家族4人が一月暮らせたというのだから、まあそれなりの暮らしをしていた江戸の人たちでした。

「秋の運動会」

銀座のみゆき通りに面している「泰明小学校」の狭いグラウンドでは「秋の運動会」が行われていた。あの狭い場所での運動会だから大変だろうなあと思いながら通過。実は先日、ある幼稚園のところで園児たちがお昼寝を終えて簡易ベッドを片付けていたから、思わず可愛いなあと思って写真を撮ったら、保母さんと思われる中年の女性が駆けて来て文句を言われたことがあった。だから今回は門の前の看板だけ写真を撮った。なんだかんだとやりにくい世の中になってきましたね。父兄の方たちも門でチェックされていて、誰でもが運動会に参加できる訳ではないようだった。堅苦しい世の中でした。

「寄付」
「三田評論」が届いた。理由は「中学校(普通部というのだが)」の校舎新築への寄付をしたので雑誌に「名前を載せた」ということだった。まあ小額だが大変お世話になった「学校への寄付は一つの義務だ」と思っている。「150周年記念」にも寄付をして「銘板」に名前を載せてもらっているし、体育会アメリカンフットボール部の「人工芝グラウンド新設工事」にも寄付し、これもステンレス製の銘板にも名前を載せてもらった。今回「三田評論」には「ロンドン・オリンピック」で活躍した人たちが載っていた。まずは「フェンシング男子」の銀メダリスト「三宅諒」君(文学部4年)、「男子100m、男子4x100m」五位入賞の「山縣亮太」君(総合政策学部4年)、「競泳男子100m平泳ぎ、200m平泳ぎ」銅メダリスト「立石諒」君(環境情報学部4年)、「セーリング女子レーザーザジアル級」の「土居愛実」さん(環境情報学部1年)、「馬場馬術個人」の「法華津寛」氏(昭和38年経済学部卒)、「陸上男子800m」の「横田真人」氏(平成22年総合政策学部卒)、そして「パラリンピック」でも「高桑早生」さん(総合政策学部2年)が活躍されたという。よかったね。

「またまた孫娘」

生後11ヶ月になる初孫の「栞」だが、会うたびに大きくなっている。どうも背丈体重共に平均よりはちょっと大きいだけだそうだが、元気に掴まり立ち出来ている。もうすこしすると歩き出すのだろう。身長73cm、体重7.3kgの女の子でした。

2012年の映画のお話し
映画「アイアン・スカイ」(ユナイテッドシネマ豊洲にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年174作目)
2018年、月の裏側に「ナチ」が生き残っていたのが発見された。そして地球征服を目指して、ナチは地球を攻撃するという設定。まあ荒唐無稽を絵に描いたような映画でしたが、それなりに面白かった。結末は意外でした。

映画「ボーン・レガシー」(日劇にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年178作目)
ジェイャ刀Eボーンの新しいシリーズ。主人公は変わっても筋立ては変わらない。活劇シーンの連続で手に汗握る。

映画「アウトレイジ・ビヨンド」(ユナイテッドシネマ豊洲にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年179作目)
いやはや流石は北野監督だ。全員悪人というのがよく分かる。まあ一度ご覧になっては如何か?

日経新聞10月12日夕刊「シネマ万華鏡」によれば、「ミステリーズ 運命のリスボン」が5つ星、「思秋期」が4つ星、「推理作家ポーの最期の五日間」が3つ星、「キック・オーバー」が3つ星、「恋に至る病」が3つ星、「情熱のピアニスト」が3つ星、「フタバから遠く離れて」が3つ星でした。

「私の今年の映画の評価は?」
今年の★★★★★ 「ヘルプ」「わが母の記」
今年の★★★★  「ロボジー」「麒麟の翼」「ドラゴンタトゥーの女」「ポエトリー」「ピラミッド」「シャレード」         「PINA」「エル・ブリ」「マーガレット・サッチャー」「マリリン 7日間の恋」「アーティスト」「ジョン・カーター」「裏切りのサーカス」「ファミリー・ツリー」「星の旅人たち」「ミッドナイト・イン・パリ」「プレイ 獲物」「崖っぷちの男」「ブラック・ブレッド」「リンカーン弁護士」「ローマ法王の休日」「ダークナイト・ライジング」「あなたへ」「最強のふたり」「アウトレイジ・ビヨンド」

「シノプスシ192」
「なでしこ御用」(宇江佐 真理 著)集英社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年260冊目)
江戸の町医者の娘が御用聞きのように活躍し犯罪を推理する。

「追跡」(高嶋 哲夫 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年261冊目)
「警視庁鉄道警察隊」のお話し。鉄道車内で起こる連続切り裂き魔を追う。

「寂滅の剣」(北方 謙三 著)新潮文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年262冊目)
「日向景一郎」シリーズ5作目、最終回。祖父と孫が父を討ち、兄と弟が殺し合う。剣豪たちの宿命も遂に完結した。面白かった。

「剣客太平記」(岡本 さとる 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年263冊目)
「夜泣き蝉」(岡本 さとる 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年264冊目)
「剣客太平記」2作目。
「いもうと」(岡本 さとる 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年265冊目)
「剣客太平記」3作目。
「恋わずらい」(岡本 さとる 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年266冊目)
「剣客太平記」4作目。
「喧嘩名人」(岡本 さとる 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年267冊目)
「剣客太平記」5作目。

「寵臣の真」(上田 秀人 著)徳間文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年268冊目)
「お髷番承り候」シリーズ第5作目。

お江戸日本橋の賑わい

「J  REPORT 2012 10月第3週号」
「リタイアメント・ノート 4年4ヶ月目」、
「VOL。763 SINCE AUG.12th、1983」
「江戸は日本橋北詰の模型」
両国の「江戸東京博物館」で「徳川家康の肖像、江戸時代の人々の家康観」という催しが行われていた。身障者手帳を見せれば「ただ」なので入ってみた。そこの「常設展示場」に大きな模型があった。一つは「江戸城本丸」、もう一つは「大名屋敷」、そして最後は「江戸日本橋北詰」の3つだった。特に日本橋から神田方面を模したものには詳細な人間の姿をした模型たちが立ち並び、当時の江戸の賑わいを浮墲オていた。武士、町人、芸人、老若男女が集っている。まさに江戸、日本橋の縮図だ。葡ハりには大店があり、その前を「棒手振り」が魚や野菜を運びながら商品を売っている。裏では長屋の井戸端で女性たちが「井戸端会議」、その隣で子供たちが遊んでいる。長閑な日中の風景でした。

「元上司の死」
今年、3人目の直属の元上司の死だった。それは突然のメールで判明した。既に神戸で通夜は開催されていた。慌てて翌日の葬儀に間に合うように新幹線で東京を経つ。葬儀場は新神戸駅から徒歩15分ほどの場所にある「キリスト教会」だった。二日前、朝の散歩中、路上で倒れてそのままお亡くなりになったという。残されたのは奥様のみ。その奥様のご挨拶に寄れば、「1年半ほど前に心臓疾患が見つかり、それから7回の入退院を繰り返し、カテーテル治療でステントを4箇所入れていたという。復帰し最近では散歩とカメラ撮影を楽しんでおり、一ヶ月前にはゴルフもやったという。いつもなら奥様も一緒に散歩するのだが、その日は単独で出掛けた」という。そして携帯に夫発信の電話が入ったが、話している人は救急隊員だという。「直ぐに病院に来て下さい」ということで、駆け付けたが、一度も意識が戻らぬまま、すでに帰らぬ人になっていたという。心の準備もお別れの言葉も掛けられずに旅立たれた奥様には本当にお悔やみの言葉すらない。今年の年賀状には「大病をしました」と書かれていたが、これほどのことがあったとは知らなかった。「O氏」67歳、早過ぎる死でした。彼とはある共通点がある。彼は関西学院の中学部ではタッチフットボールを、高校大学ではアメリカンフットボール部に所属していた。私も高校大学と体育会でアメリカンフットボールをやっていた。関学とは定期戦があり、交互に東京神戸を訪れ戦っていた。その当時は一度も勝てなかった。だから彼とは試合場のグラウンドのどこかで会っていたはずだと思う。葬儀の最期、お別れの時に奥様がキッスをされていたのを見たら思わず涙が出てしまった。ご冥福をお祈りする。そこで思い知ったのだが、人の生き死には正に「サドンデス」だ。卵zも出来ない時に突然死が舞い込む。常に死を意識して生きなければならないと改めて思った次第でした。「遺言」を書くことにした。

「お江戸日本橋の賑わい」

「手前勝手世界食物語、第269話」

「ラーメン井上」
「築地場外市場」にあるこれも有名なラーメン店が「井上」だ。いつも行列が出来ている。麺を茹でている親父さんも歳食ったね。何10年もここでやっている。ふと見たら隣の店もどうも買い取ってしまい、ラーメンの食べるところにしてしまったようだ。店舗拡大、目出度し目出度しだ。昔はラーメン一杯@500円だったが、今は@650円になっていた。麺の上一面に広がったように乗っている「チャーシュー」がここの名物だ。醤油味のスープは本格的な昔からの東京ラーメンの味だ。麺は普通の太さのストレート麺。650円払って、並んでいると麺が1分ほどで茹でられて出てくる。チャーシューと刻みネギが乗せられてラーメン完成、それを路上で立ち食いするのがここの流儀だ。中国からの観光客も食べていた。ラーメンは日本が一番ですね。普段はラーメンなど食べないのだが、ついお腹がすいて食べてしまいました。間口1間、奥行き半間ほどの小さな店だが、築地で知らない人はいないだろう。早朝から開いていて市場に来る人たちが利用する店なのだが、勿論一般の人たちも利用している。本当は右隣の店からいつもクレームが付いていて、その理由はラーメン屋に並ぶ人たちの列がその右隣の店の前に流れてきてしまうので営業妨害だといつも揉めていた。そして左隣の店は確か長靴とかそういったものを売っていたと思ったが、どうもその店を買収したのか、店が倍に拡張されていたのだった。お昼で店はお終いです。
以上、東京から勢古口がお送りしました。