「中秋の明月」

「J  REPORT 2015 10月第1週」
「リタイアメント・ノート 7年3ヶ月目」、
「VOL。918 SINCE AUG.12th、1983」
「中秋の名月」
9月27日の日曜日は「中秋の名月」だ。昼間は曇っていた東京も夕方からは晴れていき、日没直後の東の空に見事な月が上がってきた。素晴らしい月だ。平安の昔から貴族たちはこの月を水面に映して楽しんだという。湖や盆に入れた水に映る月を愛でる。なんとも風流で雅な鑑賞法だ。(写真:27日の月)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

そして28日は「十六夜(いざよい)」の月、満月だ。前日より若干遅れて東の空に姿を現す。「スーパームーン」と言われる普通より大きな月だというが、肉眼ではその大きさの比較は出来ないが、一番地球に接近した月だという。そう言われればそうかも知れないが、十六夜の月もこれまた風流だ。(写真:28日のスーパームーン)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

日本では月にも色々な名前が付けられている。9月27日が「中秋の名月」(月齢:13.8)、28日が「十六夜の月」(月齢:14.8)で満月、29日が「立待月」(たちまちつき、月齢15.8)、徐々に月の右下の部分から欠け始める。30日が「居待月」(いまちづき、月齢16.8)、10月1日が「臥待月」(ふしまちつき、月齢17.8)、2日が「更待月」(ふせまちつき、月齢18.8)となる。因みに今年の中秋の名月の27日は旧暦では8月15日、十六夜の月の28日は旧暦8月16日である。
29日の立待月は生憎の曇り空で観えなかったが、翌日30日の居待ち月は良く観えた。(写真:30日の月)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

月の出は、凡そ一日で24分ほど遅くなるはずだ。計算ではそうなるが、多少楕円形で月が地球を周回しているとすればズレはあるだろう。10月1日の「臥待月」は台風から変わった「爆弾低気圧」の影響で空は真っ暗で月の影も見えなかった。

「最中」とは「十五夜の月」のことで、平安の昔、宮中では月見の宴席で振舞われていたという。当時の最中は丸い餅のようなもので餡を巻いた蒸し菓子だったらしい。

「日本橋」

「日本橋」
日本橋室町の映画館に行くのに「日本橋」を渡った。ここが江戸時代からの日本の中心点だった場所だ。今は風情なく高速道路が上を通っており、何とも致し難いが、江戸の昔は上方へ上る旅人は「七つ立ち」、即ち午前4時頃、日の出前にここを出立した。次の橋が「京橋」だ。日本橋から京都に向う最初の橋を「京橋」と呼ぶ。大坂も同様で今は電器屋街になっている「日本橋」(大坂では「にっぽんばし」というが)から京都に向って最初の橋が今もある「京橋」だ。(写真:今の日本橋)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

「江戸時代の橋について」
橋には「公儀橋」、「組合橋」、「町橋」、「一手橋」がある。それぞれお金を出す人によって仕分けされていた。「公儀橋」は幕府が費用を負担して造る。「組合橋」は何人かが組み合って架ける橋、「町橋」は町内の者が金を出し合って造る。「一手橋」は個人一人が負担する橋だ。大坂の橋は殆どが町人たちが資金を出し合って架けたものだ。だから大坂の町人は公儀に対して強い態度を取ったと言う。武士を馬鹿にしていたのだという。当たり前か?

「2015 私の勝手な映画批評シリーズ」
映画「ぼくらの家路」(ヒューマントラストシネマ有楽町にて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年154作目)
ドイツの母子家庭。兄の小学生は施設に預けられたが、夏休みになっても母親が迎えに来ない。仕方なく一人で自宅へと向う。だが自宅は鍵が掛かり入れない。また弟は母の友人宅にほって置かれていた。兄弟は母を捜して3日3晩、街中を彷徨する。母の元恋人などを訪ねるが、男のところだろうといわれるだけ。そして漸く自宅に電気が灯っていた。兄弟が自分たちに無関心で男好きの母に対してとった態度とは?面白かった。

映画「ベル&セバスチャン」(ユナイテッドシネマ豊洲にて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年155作目)
1943年ドイツ占領下のフレンチアルプスの小さな村での出来事。野獣と言われる虐待されていて逃げた犬を狩ろうとする村人達。少年セバスチャンは偶然そんな雌犬と仲良くなり「ベル」、美しいという名を付けた。ユダヤ人を山越えさせてスイスに逃がす村人達とドイツ軍、そんな追跡を逃れてセバスチャンとベルがスイスへの逃避行を助けるという物語。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

映画「GONIN サーガ」(ユナイテッドシネマ豊洲にて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年156作目)
10数年前ヤクザ同士の抗争で死んだ人や巻き込まれて殉職した警官の子供たちが復讐を行う。まず狙うは闇金の金4億円、そして次々と仇を殺す。凄まじい迫力の映画でした。
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

映画「岸辺の旅」(ユナイテッドシネマ豊洲にて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年157作目)
なんとも不思議な映画だった。これは評価が二つに分かれる映画だろう。3年前に死んだ夫が突然戻ってきた。所謂幽霊とも違うが、この世の者ではないことは事実だ。一部の死んだ人間が現世に戻ることが出来るがやがて消え去るという設定だ。妻の愛を確かめに戻ってきた夫。それが岸辺の旅だったのか?よく分からなかった。

映画「アメリカン・ドリーマー」(TCシャンテにて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年158作目)
1981年のニューヨーク。若き経営者は暖房用灯油の販売を手掛けていたが、次々と自社のタンクローリーが襲われ灯油が強奪される。彼は今生涯の夢であった灯油保管用の大型タンク群を手に入れようとしていた。一方、検察は脱税他の容疑で彼を逮捕しようとする。銀行が融資を断ってきたことで彼の夢は挫折しそうになるのだが、巻き返しに動く彼とその妻。果たして夢は叶うのか?

日経新聞10月2日夕刊の「シネマ万華鏡」の評価によれば、「岸辺の旅」が5つ星、「アメリカン・ドリーマー 理想の代償」が4つ星、「バクマン」が3つ星、「罪の余白」が3つ星、「無頼漢」が3つ星、「ドローン・オブ・ウォー」が3つ星、「ロバート・アルトマン」が4つ星でした。

「私の去年2015年の映画の評価は?」あくまで私の私感ですからね!!
今年の★★★★★は、「ドラフト・デイ」「アメリカン・スナイパー」「博士と彼女のセオリー」「中島みゆき」「セッション」「ビリギャル」「あん」「人生スイッチ」「筑波海軍航空隊」「天空の蜂」
今年の★★★★は、「ゴーン・ガール」「トラッシュ」「スパイ・レジェンド」「アゲイン、28年目の甲子園」「おみおくりの作法」「ビッグ・アイズ」「KANO」「深夜食堂」「シェフ」「パリよ、永遠に」「ソロモンの偽証」「くちびるに歌を」「イミテーション・ゲーム」「バードマン」「ギリシャに消えた嘘」「龍三と七人の子分たち」「駆け込み女と駆け出し男」「靴職人と魔法のミシン」「海街ダイアリー」「マッドマックス、怒りのデスロード」「愛を積むひと」「アリスのままで」「雪の轍」「悪党に粛清を」「チャイルド44」「アベンジャーズ」「バケモノの子」「ラブ&マーシー」「ジェラシック・ワールド」「ミッション・インパセブル」「アンフェア the end」「キングズマン」「テッド2」「ヴィンセントが教えてくれたこと」「Dearダニー、君へのうた」「カリフォルニア・ダウン」「ポプラの秋」

「2015 旅の記憶シリーズ」
2015年の国内旅行は、1月に福岡(博多)、大分(中津)、佐賀(武雄温泉)、岐阜(白川郷、)、富山(五箇山、氷見、高岡)、新潟(越後湯沢)、3月は長野(長野)、千葉(銚子)、5月は福岡(博多)、熊本(熊本)、佐賀(武雄温泉)、6月は不老不死温泉(青森)、弘前城(青森)、釜石(岩手)を訪れました。

2015年の海外旅行は、2月のアメリカ(ハワイ)、3月のウズベキスタン(61カ国目)、4月のメキシコ(62カ国目)、5月は2度目のバルカン半島(アルメニア、モンテネグロ、クロアチア、ボスニアヘルツゴビナ、スロベキア)、7月はブルガリア(63カ国目)ルーマニア(64カ国目)、8月はアメリカ西海岸(シアトル、LA)、9月はアメリカ南部(ヒューストン、ナチェス、メンフィス、ツゥペロ、ニューオーリンズ)でした。

「2015 歌舞伎観劇シリーズ」第1回目=2月大歌舞伎(歌舞伎座)、第2回目=4月大歌舞伎(歌舞伎座)

「2015 本の記憶シリーズ」
「円朝なぞ解きばはし」(和田 はつ子 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年211冊目)

「来国俊」(藤井 邦夫 著)光文社文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年212冊目)「御刀番 左京之介」シリーズ第2弾

「魔王復活」(波多野 聖 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年213冊目)「銭の戦争」シリーズ第10弾完結編

「祭りの日」(北原 亜以子 著)新潮文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年214冊目)「慶次郎縁側日記」シリーズ

「百年桜」(藤原 緋沙子 著)新潮文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年215冊目)副題「人情江戸歳時記」

「じゃこ天狗」(井川 香四郎 著)廣済堂文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年216冊目)「もんなか紋三捕物帳」シリーズ第2弾

「もんなか紋三」(井川 香四郎 著)徳間文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年216冊目)「もんなか紋三捕物帳」シリーズ第3弾

「豊洲三景」

「豊洲三景」
最近活発な建設で有名な豊洲は、湾岸の一つの観光スポットにもなっている。ここからはお台場の「フジテレビ」や汐留の「日テレ」も近い。だからアナウンサーなどのテレビ関係の人や、魚河岸で働く人、更には銀座や新橋の夜の商売の人にも非常に便利なところだから、そういった住民も増えつつある。最も爆発的なのが若い夫婦だろう。高層マンションに新規に入居した夫婦者の子供が増えたことにより、江東区は小学校造りに右往左往している。この4月には「豊洲西小学校」が開校したし、2017年春には「芝浦工大付属中学高校」も開校する。4月には「昭和大学江東豊洲病院」が移転開業した。豊洲地区だけでなく、東雲、有明地区でも続々完成する高層マンション群、益々人口が増えていく。江東区は恐らく都内第一の人口増加率の区だろう。9月28日に新しく豊洲駅前に「江東区豊洲シビックセンター」がオープンした。区の色々な施設にこれまで隣接していた図書館も移転した建物だ。災害時の拠点にもなるだろう。隣では消防署が建設中だ。(写真:シビックセンターと秋の空)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

完全に生活に定着したのが三井不動産が経営している「ララポート豊洲」だ。お休みともなると家族連れが大挙して訪れる。もう馴染みになった「キッザニア」はいつも満員だ。孫たちも今月には遊びに来るという。ララポート前の隅田川沿いから観ると「レインボーブリッジ」がライトアップされて美しい姿を見せていた。(写真:レインボーブリッジの夜景)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

そして来年開業の「豊洲市場」が今正に大量のクレーンで埋め尽くされている。急ピッチに建設が行われている。これが来年の目玉になるのだろう。いいにつけ悪きにつけ、新市場への移行は豊洲の重要性が益々増えることだけは間違いない。(写真:建設中の豊洲新市場)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

「江戸の長屋」

「江戸の庶民の生活は楽だったか?75」
「江戸の長屋」
落語で「長屋」の住人「八さんや熊さん」が出てくるお話しも沢山ある。長屋に住む人を「店子」(たなこ)といい、「大家」と言えば親と子だなどと言う。大家は株を買ってなれるが、実は「家主」が本当の長屋の持ち主である。大家は店子の面倒を見たり、家賃を集金したりする。長屋にある便所の「汚わい」を売って得る代金は大家に入る。長屋にはそれぞれ名前があり、「なになに店(たな)」と呼んでいたらしい。どこそこ町のなになに店のだれそれと言えば、凡その住所が分かったという。そんな長屋だが、通常は「九尺二間」(くしゃくにけん)と呼ばれる大きさの一間だけのものだった。それが連なっているから長屋だ。長屋の入口には「木戸」があり、夜は閉められていた。奥の方に共有便所があり、多分真ん中には井戸もあったのだろう。水捌けのためにドブがあり、ドブ板が貼ってあっただろう。奥行きが九尺だから約2.7m、間口が二間だから約3.6mとなる。土間があり、竃(へっつい)があり、多分水桶もあっただろう。実に狭い部屋だが、ここで親子何人もで暮す人たちがいた。また江戸では火事が多いから道具は殆どがリースで借りたもので、布団などは日中は風呂敷に包んで天井に引き上げていたという。写真の部屋では独り者の職人が住んでいたのだろう。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

同じ長屋でも大名屋敷や旗本屋敷の「長屋」は所謂「長屋門」と呼ばれる門に併設されていたもので、塀を兼ねたもので塀に沿って部屋が作られていた。用途は家来たちの部屋となっていた。(写真:武家の長屋は塀を兼ねていた)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

庶民の安い長屋では例えば「十六軒長屋」のように両側に八軒が連なり向かい合っていたのが代表的な長屋だった。

[340gステーキ」

「手前勝手世界食物語、第382号」
「340gステーキ」
テキサスで「Tボーンステーキ」を堪能したので当分肉は食べたくないと思っていたが、やはり半月も肉を食べないと無性に食べたくなるものだ。いつも行く西銀座の「銀座イング1」の「素適庵」に行くと、テーブル席は予約でほぼ一杯だった。仕方なくカウンターに座る。ここの肉はアメリカかオーストラリア、それに勿論和牛もあるのだが、和牛は余りにも高過ぎるのでここで食べたことはない。博多では行きつけのステーキハウスで国産和牛のA5ランクの肉を何度も食べたが、以前にも書いたように私は赤身の肉も大好きだ。本日も「340g」のステーキをミディアムレアーで食べた。大量のスライスしたニンニクが鉄板の上に敷かれ、その上に1cmほどの厚さに切り分けられた熱々のお肉が置かれ、サイドにほうれん草、人参、フライドポテト、玉葱が乗っている。ここでは全ては箸で食べる。柔らかい肉だし、箸で充分切れる。醤油とバター、黒胡椒が掛かっているから味はそのままで充分だろう。和風の食べ方だと思って頂ければいいだろう。Tボーンとはまた違った味合いがある。殆ど赤身だから脂肪も少ない。値段は5600円と大分値上げされていた。今、東京には立ち食いのステーキハウスがかなり出来た。安いのが売りだから客も集まるのだろうが、蕎麦と違って流石にステーキを立ち食いでは食べたくない。(写真:340gステーキ)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

締めには「ガーリックライス」を頼んだ。久し振りのガーリックライスだ。恐らく5年ほど食べていないと思う。余りガーリックを感じさせないライスだった。(写真:ガーリックライス)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

「久々の中華料理」
アメリカ南部の旅でも昼に中華のビュッフェがあったが、帰国してからは始めての中華料理を銀座で食べた。これもいつも行く店なので特に変化はないのだが、たまには全く食べたことのない料理を食べようと思いメニューを見たら、「揚げ麩の肉詰め煮込み」というのがあったのでオーダーした。お麩を揚げたもの、だから「油揚げ」と同じようなものなのだが、その中に挽き肉が詰められ、それを醤油ベースの出し汁で煮込んであり、最後にとろみをつけていた。ちょっと味が濃過ぎて困った。もっと薄味の料理は出来ないのだろうか?料理人の舌を疑いたくなる。薄味を好むようになったのはやはり歳を取ったからだろうか?最近特に薄味が良いと感じるようになった。(写真は中華風揚げ麩の肉詰め煮込み)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

海外で食べる食事も私には常に塩が濃過ぎるし、味も濃過ぎるのでその時は美味しく食べているのだが、なんとなく後味が宜しくない。和食が世界中でブームだそうだが、ぜひ薄味の日本食の良さも伝えてもらいたいものだ。特に昆布や鰹節等の出汁の味を教えてあげてもらいたい。
以上、秋が深まりつつある東京から勢古口がお送りしました。