「梅の花」

「手前勝手世界食物語、第339」
「梅の花」
数年前に熊本でこの店に入ったことがあった。全国的なチェーン店だが、銀座の店に行った。理由はダイエットのために「豆腐料理」を食べようと思ったからだ。「季節懐石」の「杏(あんず)」というのを頼んだ。@5000円なり。この店、客席は全て個室形式になっていて係りの女性が一品づつ食べ物を運んでくる。だから値段も高い。基本は豆腐が主体でメインは「焼き胡麻豆腐」というもので豆腐を火で温め、湯葉のような状態で食べるというもの。量は少ないが品数多い料理で、メインの焼き豆腐に到達する前にお腹が一杯になりそうだった。まあそれなりに美味かったというよう。さて、今も勿論過去にも何度もダイエットに挑戦するものの、いつも失敗している私だが、今回は「トマト」ダイエットと「おから」ダイエットに挑んでいる。おからは基本的に豆腐と同じ大豆から作られるが、おからをベースにして、「おからの油揚げ包み焼き」や「おからのポテト風サラダ」などを作ってみた。まあまあだった。トマトは朝食に食べる。おからサラダも一緒だ。昼は食べない。夜はおから中心料理でダイエットをおこなっているが、体重は中々減らない。毎朝体重計に乗り、量り、記録をパソコンに入れているが、溜息ばかり出てくる。
以上、青葉かおる東京から勢古口がお送りしました。

「吉原を訪ねて1」

「江戸の庶民の生活は楽だったか?49」
「吉原を訪ねて1」
浅草からバスに乗って、「土手通り」の「吉原大門」のバス停で降りる。そこから南にだらだらとした坂があり、個の坂は「S字」型をしている。ここが「五十間道」だ。その昔、吉原返りの人たちが、この坂を登りきったところにある柳の前で、思い出したように吉原大門方面を振り返ったことから、この柳は「見返りの柳」と呼ばれていた。今も、数世代経ているが、土手通りにその柳が植えてあった。名残惜しげな見返りの柳は風情があった。「吉原」とは、言わずもがな幕府官許の江戸で唯一の「遊郭」だ。「遊女3000人」とも言われた所謂「岡場所」だ。「明暦の大火」後、日本橋葦原町から移された。京都の「島原」、大坂の「新町」と並び、「日本三大遊郭」と称された。

「再び、隠れ姓について」
以前にも一度「隠れ姓」が江戸時代にもあり、武士階級以上でないと「名字帯刀」が許されていなかったが、一般庶民にも「姓」はあったと書いた。それでは日本での「姓」はいつの時代からあったのか?を考えてみる。それは国の成立にも関わる話しなのだ。7世紀後半から8世紀始めに出来た律令国家「日本」には、中国大陸の文明的制度が導入され、「戸籍制度」が設けられ、全ての人民に「氏名(うじな)」と「姓(かばね)」が付けられ年齢を含めて戸籍に載せた。この戸籍を元に、水田を与え、税金等を徴収する制度が作られたという。即ち国家成立のために国民を管理することを目的に「国民皆姓」とでも呼ぼうか、姓が付けられ、「戸籍」に登録され、税の徴収がなされたのだという。その後も基本的にこの考え方が踏襲されていったという。それを武士階級が政権を獲ったのちに、身分階級を確立させるために「士農工商」の内、武士にのみ名字帯刀を許したと考えるべきだと思う。その後も姓は「隠れ姓」として名乗れないだけで実際にはあったのだ。昔の武士は名字をしばしば変えた。例えば秀吉だが、中村、木下、羽柴、豊臣と出世するたびに変えている。百姓以下は表向きは名字を名乗れないものの、それでは困るので「冠婚葬祭」の時には「隠れ姓」を使っていたという。結婚式に名字がないのは確かに変だ。「なにのたれべいの息子、なになに」と名乗らなければおかしなものになってしまう。当然隠れ姓は使われていたのだ。

「ボート訓練」

「ボート訓練」
隅田川の河口、豊洲運河でボートを漕いでいたのを観た。素人集団のようなぎこちない漕ぎ方でオールを使っていた。昔はこの辺りにも各大学の艇庫があったようだが、今は戸田に移ってしまっているので、多分この辺りでボートを漕ぐのは「東京海洋大学」か「素人」の団体だけだろう。「水温む」と言えばいいのだが、中々暖かくならなかったが、漸く春らしいというか初夏らしい日が訪れるようになった。5月連休には「藤」の花を観に亀井天神に行ったが、来月には「葛飾菖蒲園」に菖蒲を観に行こうと思っている。青葉が眼に鮮やかになってきたが、どうも「初鰹」は不漁のようだ。100分の1に激減しているというようなニュースを聞くと、これも中国の影響か?と疑いたくなってしまう。中国・韓国領海付近では中国の不法操業が問題化しているようだが、中国人の横暴は言語道断だ。周囲の国々に自分たちの勝手な意見主張を押しつける態度にはアジア中の人たちが迷惑している。これで大国だと威張れるのだろうか?

「銭湯」

「銭湯」
今や都会で見つけるのが難しくなっているのが「銭湯」だろう。昔は町内に一軒位はあったのだろうが、「内湯」が普及してきて本当に少なくなったと思う。もう昭和の遺物なのだろうか?港区の鉄砲洲近くに銭湯があった。珍しいと思ったので写真を撮った。それぞれの家庭に内風呂が当たり前の今、それでも海外旅行をするとシャワーだけのホテルが大半だ。日本人ほど風呂好きな人種はいないのだろうか?

「2014年の映画のお話し」  2013年は221本の映画を観ました。
映画「マドモアゼルC」(日比谷シャンテにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年76作目)
ロシア系フランス人の雑誌編集者「カリーヌ・クロワトフレッド」さんの新しい雑誌編集の模様を描く実話。

映画「プリズナーズ」(丸の内ピカデリーにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年77作目)
アメリカでは少年少女の誘拐事件が多発しているという。自宅近くで二人の少女が行方不明になった。家族が警察が捜すが見つからない。犯人と思われる男は証拠不十分で釈放された。少女の父親はその男を監禁し拷問にかけるのだが。果たして少女達は無事見つかるのか?迫力充分の映画でした。

映画「ウッドジョブ」(日劇にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年78作目)
副題「神去なあなあ日常」。大学受験に失敗した青年が三重県の山奥での森林伐採事業教習に入り、一年間を過ごすのだが、都会育ちの青年には辛いことばかりだった。涙あり笑いあり、よほどテルマエロマエより面白かった。

映画「K2」(ヒューマントラストシネマ有楽町にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年79作目)
1954年のイタリア。敗戦で落ち込んだイタリア人を励まそうと、前年アメリカ隊が登頂に失敗したパキスタンの8000m級の山K2に挑んだイタリア人登山家隊を描く。

映画「ブルージャスミン」(シネスィッチ銀座にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年80作目)
大富豪の妻だった女性の転落劇を描く。喜劇なのか悲劇なのか?良く分からない。

映画「マリッジブルー」(ユナイテッドシネマ豊洲にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★(今年81作目)
韓国映画。結婚式直前で揺れる気持ちの男女を描く。観なければよかった。

日経新聞5月16日付け夕刊「シネマ万華鏡」の評価によれば、「野のなななのか」が4つ星、「黒四角」が3つ星、「カンチョリ」が3つ星、「ネクスト・ゴール」が3つ星、「K2」が3つ星、「闇金ウシジマくんPART2」が3つ星でした。

「私の去年2014年の映画の評価は?」
今年の★★★★★は、
今年の★★★★は、「小さいおうち」「アメリカン・ハッスル」「ウルフ オブ ウォールストリート」「光にふれて」「ダラス・カーボウイズ・クラブ」「それでも夜は明ける」「あなたを抱く日まで」「世界の果ての通学路」「チョコレート・ドーナッツ」「プリズナーズ」「ウッドジョブ」

「2014 旅の記憶シリーズ」
2014年の国内旅行は、第一回目は九州福岡と水俣(1月)、第二回目は能登(1月2月)。第三回目は長崎(三月)です。
2014年の海外旅行は、トルコ(1月、3度目)、台湾(2月、3度目)、シンガポール(3月、X度目?)です。

「2014 歌舞伎観劇シリーズ」歌舞伎座にて★★★「今年3回目」
「鳳凰祭五月大歌舞伎」昼の部「毛抜き」「勧進帳」「魚屋宗五郎」歌舞伎18番の毛抜きや勧進帳は分かり易いし、この3作品、何回も見ているがそれなりに面白い。歌舞伎役者が覚える台詞の量に驚き。

「2014 本の記憶シリーズ」  2013年は本を350冊読みました。
「日本の歴史をよみなおす(全)」(網野 善彦 著)ちくま学芸文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年107冊目)

「無外流雷がえし(下)」(門田 泰明 著)徳間文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年108冊目)「拵屋銀次郎半畳記」

「私闘なり、敵討ちにあらず」(佐藤 雅美 著)文春文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年109冊目)「八州廻り桑山十兵衛」シリーズ第8弾

「虹色の決着」(早見 俊 著)新潮文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年110冊目)「やったる侍涼之進奮闘剣」シリーズ第5弾

「謎小町」(鳥羽 亮 著)文春文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年111冊目)「八丁堀吟味帳鬼彦組」シリーズ第6弾

「宿場魂」(倉坂 鬼一郎 著)角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年112冊目)「品川人情串一本差し」シリーズ第3弾

「江戸裏枕絵噺」(小杉 健治 著)角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年113冊目)「浪人・岩城藤次」シリーズ第2弾

「花さがし」(小杉 健治 著)祥伝社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年114冊目)「風烈廻り与力・青柳剣一郎」シリーズ第27弾

「青き踏む」(今井 絵美子 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年115冊目)「すこくろ幽斉診療記」シリーズ第6弾

「青葉かおる」

「J  REPORT 2014 5月第4週」
「リタイアメント・ノート 5年11ヶ月目」、
「VOL。847 SINCE AUG.12th、1983」
「富士山はまだ冬山?」
富士山がビルの谷間から望めた。五合目より上はまだ雪だ。連休中も富士山頂で滑落事故があったようだが、富士山はまだまだ冬山なのだろう。都内から富士山を観ることが本当に難しくなった。各地にあった「富士見」という地名も実際に富士山が見える場所は幾つ残っているのだろうか?

「継続の難しさ」
この「J REPORT」も随分永いこと書いている。毎週更新しているが、いつも何を書こうかと迷いつつ、その時点の最新で且つ読んでくださっていらっしゃる方たちに興味を持って頂ける内容にしようと努力しているが、筆が進まないことが多々ある。「継続は力なり」とは言われるものの、本当に続けること、そして内容を如何にして充実させるかは苦難の連続だ。詰まらない号もあるかも知れませんが、それでも続けます。

「バーベキュー」

「手前勝手世界食物語、第338」
「バーベキュー」
6日の日、都内は肌寒い風が吹き抜け、まるで冬に逆戻りのような気候だった。その日は家族で「バーベキュー」をする予定で、長男のマンションに長男夫婦、長女夫婦と娘の栞ちゃん、次男と恋人、私たち夫婦、総勢9人と犬2匹が集まった。肉と野菜は私が前日に買い求めた。肉は銀座8丁目の「肉のハナマサ」でアメリカ産牛ヒレ肉のブロック2kgとアメリカ産牛バラカルビ1kgだった。ヒレ肉は実に柔らかく、大き目のサイコロ状に切り分けて持参した。下味として塩・胡椒を前日からしてあったが、国産肉でなくても充分に美味しく味わえることが分かっただけでもめっけものだった。当日は大根オロシに醤油で私は食べた。寒かったので広いベランダで焼き物はせず私が一人でベランダで肉と野菜を焼いて、それを室内に運んで食べた。娘は今妊娠5ヵ月目で9月に第二子を出産する予定の身重な身体だ。私にとって二人目の孫だ。孫娘の栞ちゃんは「シータン」が愛称となっているが、長男の家中を一人で走り回り、犬の「ももちゃん」を追いかけていた。次男の恋人が連れて来た「ロコちゃん」は(犬種は知らないのだが)ももより一回り小型な犬で、ももとロコは互いを無視していた。写真は栞ちゃんが変な顔をして皆を笑わせていました。
以上、連休中の東京から勢古口がお送りしました。

「名刀」

「名刀」
上野の国立東京博物館の常設展で出会った刀の一振りに眼が行ってしまった。それが備前国の「長船盛光」は、康光と並んで「応永備前」と称され、室町時代初期の代表的な刀工の作品だった。この太刀はやや寸法が短く、室町中期以降に多くみられる打刀(うちかたな)に近い。地鉄が映りの立った板目肌で、刃紋(はもん)は盛光の特色である「互(ぐ)の目丁子刃(めちょうじば)」を焼いていると但し書きに書かれていた。日本刀は本当に美しい。

「江戸の庶民の生活は楽だったか?48」
身分制度の厳しかった江戸時代、旗本の主人は、千石以上は「御前さま」、200石以上が「殿さま」、200石以下は「旦那さま」と呼ばれていたという。一方武家の奥方は、200石以上が「奥さま」、それ以下が「ご新造さま」だったらしい。従って時代小説に出てくる町方の不浄役人と言われていた同心は「旦那さま」、その妻は「奥さま」と呼ばれたという。さて、日本人の蕎麦好きは昔からだったが、蕎麦の由来は奈良時代に中国から朝鮮を経て渡来したという。鎌倉時代には蕎麦粉を餅にして焼いて食べていたという。室町時代には蕎麦粉を練った蕎麦掻きを汁で食べていた。江戸時代初期に入って細長い蕎麦が出されたという。当時は繋ぎを使っていなかったというが、享保年間(1716?35)、八代将軍吉宗の頃からは繋ぎに小麦粉を使うようになったという。庶民は今のファーストフードに近い感覚で「立ち食い蕎麦」や「夜鳴き蕎麦」を食べていたようだ。江戸後期にはかけ、もりだけでなく、「天麩羅、花巻(もみ海苔を振りかけたもの)、玉子とじ、しっぽく」なども出ていたようだ。因みにかけ蕎麦は16文だった。

「銀座やなぎ祭」

「銀座やなぎ祭」
5月5日の「子供の日」、銀座では「やなぎ祭」が開かれていた。日比谷通りを通行止めにして、音楽隊のパレードが続いていた。それにしても外国人観光客の姿が目立つ銀座だ。近くの築地場外市場も物凄い人出だ。最近は日曜休日も築地は休まないようで本当に寿司店を中心として営業されていた。後で知ったのだが、築地場外市場では「半値市」というイベントが行われていて、マグロの刺身などが半値で売り出されていたので混雑していたらしかった。

「歌舞伎座に鎧兜」

「歌舞伎座に鎧兜」
新しい歌舞伎座もオープンして1年経った。今月は歌舞伎18番、それも「勧進帳」に人気の「海老蔵が弁慶役」で出るとあって、ファンには堪らないのだろう。大向こうから声が掛かって盛況、ほぼ満席だった。地下一階には日本最古の人形店「吉徳大光」が作った「鎧兜」が飾ってあった。勿論「端午の節句」だからだろう。

「2014年の映画のお話し」  2013年は221本の映画を観ました。
映画「朽ちた手押し車」(銀座TOEIにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年74作目)
30年以上前の映画のリバイバル上映だ。ボケた父親、奇病にかかった母親、それを取り巻く漁師の家族を描く。徘徊する老人、苦しみ死を望む母親。老人問題と安楽死は今も昔も変わらない。主演の老人役をやった三國連太郎は老人になりきるために歯を抜いたという努力作だった。

映画「ネイチャー」(日比谷スカラ座にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年75作目)
イギリスBBS制作のものだが、期待外れだった。アフリカの大地や海の生物を描いていて努力は分かるが、もう一つ押しがなかった。

日経新聞5月9日付け夕刊「シネマ万華鏡」の評価によれば、「ブルージャスミン」が4つ星、「百瀬、こっちを向いて」が3つ星、「ウッジョブ!」が3つ星、「スチゥーデント・オブ・ザ・イヤー」が2つ星、「ヴァイオレット」が3つ星、「ライブ」が2つ星、「いわきノート」が3つ星でした。

「私の去年2014年の映画の評価は?」
今年の★★★★★は、
今年の★★★★は、「小さいおうち」「アメリカン・ハッスル」「ウルフ オブ ウォールストリート」「光にふれて」「ダラス・カーボウイズ・クラブ」「それでも夜は明ける」「あなたを抱く日まで」「世界の果ての通学路」「チョコレート・ドーナッツ」

「2014 旅の記憶シリーズ」
2014年の国内旅行は、第一回目は九州福岡と水俣(1月)、第二回目は能登(1月2月)。第三回目は長崎(三月)です。
2014年の海外旅行は、トルコ(1月、3度目)、台湾(2月、3度目)、シンガポール(3月、X度目?)です。

「2014 歌舞伎観劇シリーズ」歌舞伎座にて★★★「今年3回目」
「鳳凰祭五月大歌舞伎」昼の部「毛抜き」「勧進帳」「魚屋宗五郎」歌舞伎18番の毛抜きや勧進帳は分かり易いし、この3作品、何回も見ているがそれなりに面白い。歌舞伎役者が覚える台詞の量に驚き。

「2014 本の記憶シリーズ」  2013年は本を350冊読みました。
「運命のひと」(風野 真知雄 著)角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年103冊目)「姫は三十一」シリーズ第6段

「惑いの面影」(早見 俊 著)角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年104冊目)「小伝馬町牢日誌」シリーズ第2段

「抜刀」(牧 秀彦 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年104冊目)「暗殺奉行」シリーズ第1段

「夕まぐれの月」(稲葉 稔 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年105冊目)「影法師冥府おくり」シリーズ第2段

「死地に候」(鳥羽 亮 著)祥伝社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年106冊目)「首斬り雲十郎」シリーズ第3段

「東京都美術館にて」

「J  REPORT 2014 5月第3週」
「リタイアメント・ノート 5年11ヶ月目」、
「VOL。846 SINCE AUG.12th、1983」
「憲法記念日」
5月3日の日、上野公園を訪れたが、家族連れで上野動物園前は大混乱だったが、それ以上に目に付いたのが、機動隊を含む警察官だった。理由は「社民党」の演説会と、右翼の抗議運動が接近して行われていたからだ。混雑する公園内で右派左派両派揃って対立しているのだから堪らない。美術館を廻って帰りに銀座に寄ったが、今度はここも警察が大挙して出動していて、護憲派の人たちのデモとそれを迎え撃つ改憲派の右翼の周囲をぐるっと囲んでいた。

「東京都美術館にて」
今日の目的は友人の奥様が出品している絵画展を観ることだ。訪れた東京都美術館では色々な絵画展が行われていた。その一つが「新世紀展」だった。以前に個展も開かれていた方だったが、今回の作品は120号の大作で題して「日常図録 2014??」。ブルーを基調としたもので実にしっとりとした感受性の高い絵だった。奥様は主催者である「新世紀美術協会」の会員でもあったようだ。私は絵を描くことはしないが、観るのは好きなので、楽しみながら会場を廻った。

「バルテュス展」
同じ東京都美術館内で行われていた「バルテュス展」も訪れた。バルテュス氏は20世紀最後の巨匠と呼ばれているそうで、フランス生まれの画家。少女や女性の絵を多く描き、晩年は日本人女性と結婚し、娘さんもいて、大の日本好きだったとか。着物姿の写真もあった。この人、小さい頃から猫を描くのが好きで、有名な少女のあどけない姿の絵にも床で餌を食べる猫が描かれていた。