「同期の仲間と戸張 捷氏」

同期の仲間の集まりに「グルーヴ46」というのがあり、名前に因んで「4月6日の夜」開催された。これは母校の「体育会の昭和46年卒」のメンバーの集まりなのだ。昨年は「東日本大震災」があったので中止となったので2年振りの会となった。46年卒だから生まれは大体昭和22年、23年、24年だから皆、既に「還暦」を過ぎている。我が母校の体育会は現在36部ある。今回は総勢70名が紀尾井町のホテルに集まった。司会は「馬術部」OGの美女(平成10年卒)で、まずは「塾歌」斉唱、応援指導部のOBによる手の振りに合わせて皆で3番まで大声で歌った。そして幹事の挨拶、乾杯の後、「ゴルフ部」の先輩で「ゴルフトーナメント・デレクター」でもある「戸張 捷」氏による講演だ。住友ゴム工業(ダンロップ)への入社からゴルフトーナメントを開催するようになった経緯、そして今の選手達「石川遼」「松山秀樹」「宮里愛」らの裏話や秘話をお聞かせ頂いた。そして立食、歓談の合間には応援歌「若き血」や「丘の上」を歌い楽しんだ。昔の面影を残している人もいれば、誰だか分からなくなっている人もおり(私自身もその口なのだが)、中学や高校、勿論大学時代の友人達も多く、本当に心から楽しめた。更に二次会、三次会となり帰宅したのは午前2時だった。次回は昨年も行ったのだが、秋に箱根で宴会とゴルフを行うことを決め、正式な会は来年の4月6日に行うことで新幹事を決めて散会した。さて、石川遼君が婚約を発浮オたこともあるので、戸張氏の講演会の中から一つだけEPISODEをご披露しよう。石川遼が最初に優勝した岡山での大会でのことだったそうだが、彼は月曜日の卵I会で落ちて埼玉の自宅に帰宅したそうだ。しかし、大会直前にプロが一人欠場することとなった。そこで急遽大会開催者側は彼を推薦出場させることとした。実はそれには複線があり、月曜日の卵I会で彼はゴルフコースのフロント、キャティーマスター、食堂等に挨拶に行って自己紹介していたという。それが実に爽やかだったので欠員を埋める際、大会関係者は即彼に決めたそうだ。とても15歳の少年とは思えなかったきちんとした礼儀正しい態度だったという。その態度がなければ彼の初優勝は有り得なかった。運命とは恐ろしいというか運を持っている人は運を掴むことが出来るという運命ではないだろうか。

「ダイエットの壁」
「一日一快食」を始めて既に3週間を越えた辺りから、壁に突き当たっている。体重が落ちなくなったのだ。この壁を突き破ることが出来るのか?3kg体重減を乗り越えるのは可狽ネのだろうが、身体は必死に抵抗している。「必ず破るぞ、この壁を」 さて、1ヶ月が経過したがまだ壁を越えてはいない。3kgが厳しい状況として立ち塞がっている。

「上野の桜」
日曜日に上野公園に行ってみた。物凄い人出だった。色々な報道でご存知の通り、金土日曜日の3日間で55万人の人出だったというから凄い。桜も見事だったが、人出もたいしたものでした。

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