お江戸お散歩、深川編

「J  REPORT 2013 9月第1週号」
「リタイアメント・ノート 5年3ヶ月目」、
「VOL。809 SINCE AUG.12th、1983」
「お江戸お散歩、その1」
「深川編1」「えんま堂」
地下鉄東西線「門前仲町」駅から「清澄通り」を北へと向かう。すぐに深川2丁目の「法乗院・えんま堂」が右手に現れる。丁度「葛西橋通り」との角だ。天明元年(1781年)当時の「割絵図」所謂「古地図」を観ながら歩く。今観ている「割絵図」は「江東区深川江戸資料館」で買い求めたものだ。この辺り清澄通りの右手,東側は「寺町」、左手、西側は「町屋」だ。えんま堂は江戸時代から参拝客で賑わっていたという。「運慶作の閻魔像」があったが、関東大震災で焼けたそうだ。先日観た歌舞伎「梅雨小袖昔八丈・髪結新三」で新三が殺される場面はこの辺りの「閻魔堂橋」の上という設定だという。さて今の葛西橋通りは当時は堀割の川で、のちに埋め立てられた模様だ。更に門前仲町から南へ下ると、今の「越中島」の「東京海洋大学越中島校舎」までが陸地でその先は海、「江戸湾」だ。「永代橋」から「富岡八幡」へ続くのは「永代通り」だが、これは当時も一本道で「木場(木置場)」まで続いていたようだ。この門前町は「仲町」と呼ばれ当時も大変な繁華街で賑わい、「辰巳芸者」と呼ばれる気風のよい男名を名乗る芸者衆が活躍する街でもあった。

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