「ワルシャワ市内」

第6日目、6月10日(火曜日)、第7日目、6月11日(水曜日)
「ワルシャワ市内観光」
旧市街地の観光の前にまずは「ショパン」所縁の地を巡る。「ワジンキ公園」で「ショパン像」を観て、ショパンの「生まれた家」、父親が教師をしていた「ワルシャワ第一高校」、「ワルシャワ大学」等々を廻った。そして世界遺産の旧市街地へと。ワルシャワはヒットラーに徹底的に破壊された。理由はナチスドイツ占領下のポーランドで1944年8月市民たちが立ち上がり、所謂レジスタンス運動での市民一斉蜂起を行ったことによる。その鎮圧のためにヒットラーは西部戦線からも兵士を導入せざるをなくなり、彼の逆鱗にふれ、「ワルシャワを平らにせよ」ということで徹底的に破壊することを命じたという。約10万人の市民が死んだという。戦後はソ連により「社会主義国家」にさせられ、「スターリング」による知識人の虐殺が行われたりと苦労の連続だったという。旧市街地は戦前の姿に完璧に戻すべく作業が行われたという。だから今は非常に美しい姿を保っている。昼食後フリータイムに個人で「旧王宮」を見学した。内部も立派だったが、「絵画」も素晴らしいものが沢山あった。この数日、本当に暑い。毎日30度超えだ。湿度が低いから日陰に入ると涼しいが、直射日光の下では暑さに負けそうだ。ワルシャワでもこんな気候は珍しいという。さて、ポーランドの生んだ偉人だが、筆頭は勿論「ショパン」だろう。「コペルニクス」、「キュリー夫人」、「ワレサ」、「ヨハネパウロ2世」などだろうか?ノーベル賞を二度獲得したキュリー夫人は、実はワルシャワ生まれで18歳の時パリに留学し、フランス人と結婚したのでフランス国籍になっているが、実際はポーランド人だということを初めて知った。彼女も含め、彼女の夫も、娘婿たちも含めるとノーベル賞受賞者が5人もいる家族なのだという。ワレサ氏は1990年初めての民主化大統領選挙で選ばれた「連帯」の指導者だ。コペルニクスは有名な天文学者だし、前の前のローマ法王だった「ヨハネパウロ2世」は今年の4月に早くも「聖人」に列せられた。現地ガイドの方々はそれぞれ大学の日本語学科を卒業して勉強してきたのだが、その日本語の上手さには舌を巻く。東欧の国の人たちの言語能力の高さには驚かされる。それだけ色々の国との色々な複雑な関係が生じることから、持つことを余儀なくされた能力なのかも知れない。今から25年前の1989年、「ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア」の四か国から「民主化運動」がスタートし、その後東ヨーロッパ各地で民主化が行われ、「ベルリンの壁」の崩壊、「ソ連邦崩壊」へと続く。まだたったの25年しか経っていないとは驚きだ。ノルマンディー上陸から70周年、戦後69年の今年、東アジアの混沌はどうなるのだろうか?中国、北朝鮮、ベトナム、まだまだ民主化されていない地域が沢山ある。自由にものが言えない国から解放された東ヨーロッパの波は、近年「アラブの春」へと続いたが、依然として東アジアにその波は来ていない。非常に残念だ。
「平らな国、ポーランド」。いよいよ後にします。今日は満月だ。お月様も空から光り輝きポーランドに祝福を送っているようだった。写真は「旧王宮」だ。これも復活させたものだ。

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