イタリアの旅、青の洞窟

「J  REPORT 2014 9月第4、5週」
「リタイアメント・ノート 6年3ヶ月目」、
「VOL。865 SINCE AUG.12th、1983」
「旅暦54、イタリアの旅」
5回目のイタリアの旅だった。
第一日目(9月16日)「ローマーミラノ」
成田から1万キロ離れたローマに着いたが、途端に問題が発生した。まずパスポートコントロールが長蛇の列、私は要領よく20分で通過したが、ツアーの人たち11名が通過し終えたのは1時間後だった。まあ空港のサービスは最悪だ。アリタリア・イタリア航空の機内もサービスが酷かった。プレミアムエコノミーの席だったが、ラウンジは使えず、アルコールもワインとビールしかなかった。ビジネスの席はガラガラ、プレミアムはほぼ満席、エコノミーはこれもほぼ満席だった。これでは経営危機に陥る訳だ。やはりビジネスクラスを埋めないと航空会社は儲からない。フライトアテンダントの態度も悪い。これだから悪循環となりジリ貧になっているのだろう。約2時間後、今度は財布を落とした人が出て警察へ。なんだかんだとミラノのホテルに着いたのが、現地時間午前0時、日本時間翌日朝の7時という訳だ。治安が悪いイタリア、時間に無頓着なイタリアの旅がいよいよ始まります。高速道路の元祖はイタリアだ。それもローマ帝国時代の「ローマ街道」が基本だ。ローマ軍が如何に早く移動して敵を倒せるかを目的に造られたローマ街道がそのまま現代の高速道路になった。勿論基本はローマから出発している。本日は「A1」道路を移動した。昔の「アッピア街道」だろう。イタリアの「ETC」システムを日本は導入した。日本はイタリアに比べ高速道路は30年遅れていると1990年初めてのイタリア訪問時に言われたのを思い出した。ホテルでカードキーを貰ったが全く反応せず。それもほぼ我々グループの全室がそうだった。いい加減な国だ。働かない国だ。
「青の洞窟」
第二日目(9月17日)「カプリ島―アマルフィー」
観光の目玉は「カプリ島」の「青の洞窟」だ。ナポリから船で約1時間、南のカプリ島へ着く。ここから20人程度乗れる小型船に乗り換えて、青の洞窟へと行くのだが、洞窟の前でさらに小さなボート、池にある手漕ぎボートと思えばいいだろう。ボートの数は10隻ほどで、一隻当りに船頭一人に客が4人、それらが横幅1.5m、高さ5?60cmほどの入り口から入るのだ。だから乗客は全員仰向けになって寝ているような恰好だ。船頭は洞窟入口にあるロープを引き寄せ、タイミングを計ってぐいとロープを手繰りあっと言う間に中にボートを入れる。波があれば勿論入れない。洞窟の中は真っ暗で入り口から差し込む光だけだ。振り返ると洞窟内の入り口付近の海水が青く見えた。確かに美しい光景だ。神秘的と言えるだろうが、ゆっくりとみている余裕はない。写真を撮るだけでお終いだ。次から次へと船がやってきて、我々グループも30分待ちでの洞窟入りだったが、後から来た船は2時間待ちになるという。洞窟内の広さは恐らく500坪ほどだろう。かなりの広さがある。そして出るのも逆に寝転んでの瞬間作業で出るということになる。まあ奇跡的な観光でした。年々海水の水位が上昇しているので、そう遠くない時期に入れなくなるだろうとのことだった。降り際にチップを要求され船頭に1ユーロやった。

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