「手前勝手世界食物語 270話」

北海道といえば、時期外れだが「毛蟹」でしょう。二日目の夕食に出て参りました。これが苦手なんだよね。身を穿り出すのが苦手だ。正に無口になってしまって、必死で身を取り出す。毛蟹と言えばすぐに思い出すのが、多分幼稚園か小学生低学年の時の旅の途中、函館でのことだ。いつも夏か冬かの休みには母と妹と一緒に札幌に来ていた。母方の祖父と叔父たちが住んでいたからだった。だから幼い頃の北海道の思い出は多い。その一つが「毛蟹」だった。青函連絡船を下船し、鉄道に乗った時、母が函館駅で毛蟹を買ってきてくれた。それを車内で食べた時の感動は今でもすぐに思い出す。本当に美味しかった。熱々の毛蟹をむしって食べた。あの時の感動は忘れられない。今回も最初は「毛蟹半身」ということだったが、実際に出てきたのは「毛蟹一匹」でしたが、ちょっと小さめだし時期外れだから仕方がないかね。昔新橋の「蟹専門店」に行っていた頃は一匹1万円の毛蟹をよく食べたものだった。懐かしいね。母との思い出の一つには、今でもあの情景が目蓋に浮かぶ。汽車の窓から見ると周囲は蒸気がそこここにあり、今にも動き出そうとする蒸気機関車が見える。そんな時に毛蟹を食べていたという不思議を思い出す。生まれて初めて毛蟹を食べた瞬間だった。美味しかったなあ。
以上、勢古口が北海道からお送りしました。

「北海道旅行後記」

実は今、「新千歳空港のANAラウンジ」でこれを書いている。「機材到着遅れ」とかで約50分出発が遅れるという。これまた参ったね。羽田に着くと恐らく午後11時だ。タクシーで帰ると6000円以上になってしまうので、電車かバスなのだが、参ったよ。まあ、ラウンジにいるだけマシだが、酒を飲みながら、書いている。思い出せば、「知床では鮭の遡上」が見られた。河口から上流に向けて子孫を残すためだけに自殺的な遡上を行う鮭たち。実に健気だ。周辺では北海道の花「ハマナス」が赤い花と赤い実をつけていた。鮭たちは遡上して「産卵」し、そこで死ぬ。ハマナスは花を咲かせ実を実らせ次の世代に「命」を繋ぐ。同じ「命の継承」だが、「鮭とハマナス」、なぜこうも違うのか?自然の摂理とはいえ、本当に空しい。さて今回の旅も恐らく1000km以上はバスで走ったのではなかろうか?長い行程でした。今回も6月のスイス旅行と同じ3人組でした。毎日毎晩飲み明かしました。次回の3人の旅は来年1月に「沖縄」に行く嵐閧ナす。慣れたもので朝食時に昼食用の食材を確保し、昼食は「手製弁当?」で済ませる我等。「旅慣れた」ものですね。夜は勿論「焼酎とワイン」で酔っ払ってました。北海道では「ワンコインワイン」というのがコンビニで売られていて、それが@500円でフルボトルのワインなのだ。本当に安い。皆チリ産でした。

第二日目 10月5日(金曜日)

網走経由で知床に向かう。しかし台風の影響か、波が高くて目玉だった「観光船」乗船は中止となった。知床は野生動物の宝庫なのだろう。「蝦夷鹿」「キタキツネ」等を沢山観掛けた。「ヒグマ」には遭遇しなかった。知床の自然を守るために逆に「鹿」を駆除しているという。増え過ぎで木や草を食べつくしてしまうらしい。「蝦夷鹿」の肉を使って「大和煮の缶詰」や「ハンバーガー」なども売っていた。一説によると「蝦夷鹿焼肉丼」もあるらしい。知床の売店のおじさんは「鹿が人口より多い」とぼやいていた。この地方の産物は「ビート」、砂糖の原料になるものだ。北海道は広いから町と町とは点と点を結ぶ線の周りは原野か畑か森林ということになる。知床は2005年に来た時に母の死亡が伝えられたところで、今回も船に乗れなかったのは「よほどついていない土地なのか」と思ってしまう。「知床よ、俺を拒否するのか?」と言いたくなった。その晩は「川湯温泉」に泊まる。「屈斜路湖」の近くだ。この辺りは「阿寒国立公園」内にあたる。非常に硫黄の強い温泉でした。余り温泉が好きではないので、「カラスの行水」でした。

第三日目 10月6日(土曜日)最終日

朝、食後の散歩を兼ねて温泉街を歩いていたら偶然「川湯エコミュージアムセンター」というのがあった。オープンは8時ということで30分ほど早いので諦めて引き返そうとしたら、係りの女性と思われる人が現れたのでずうずうしくも、「入れますか?」と聞いたところ、「掃除中でもよければ」ということなので、勿論OKして早めに入らせてもらった。パャRンの3D画像で周辺の状況をチェックした後、ビデオで摩周湖等の自然を観た。「霧の摩周湖」として名を馳せている摩周湖の霧は夏の間が多いらしい。その日の目玉はやはり「摩周湖」だ。お蔭様で天気もよく、摩周湖は眼下に透き通るような水を貯めて光り輝いていた。時々中国語が聞こえてくる。服装からすると台湾の人のようだ。高校の修学旅行時に来た時は霧で全く何も観えなかったと記憶している。さてその後、マリモで有名な「阿寒湖」に行く。ここには今年の一月にも来たところだ。その時、湖は「完全凍結」していた。今は初秋の頃なので緑一色だ。「雄阿寒岳」「雌阿寒岳」「阿寒富士」等の山々は美しく、くっきりと観ることが出来た。そして一路帰路へと向かう。

知床へ

「J  REPORT 2012 10月第2週号追加」
「リタイアメント・ノート 4年4ヶ月目」、
「VOL。762 SINCE AUG.12th、1983」
「旅暦42、北海道知床の旅」
第一日目 10月4日(木曜日)
北の大地「北海道」に無事到着しました。さあ、始まりです。まずバスで旭川へ、勿論目的地は「旭山動物園」である。今回の旅はJTB旅物語の「知床の大自然観光」と銘打ったもので、2泊3日のバス旅行だ。旭山動物園には数年前の2月に一度訪れており、「ペンギンの雪中散歩」も観ている。秋なので当然雪はないからペンギンの散歩はない。約1時間、園内を廻る。小さな動物園だがそれぞれに趣向を凝らし、客を飽きさせない展示方法なのだろう。虎、ライオン等の猛獣や、小動物、鳥などがいる。一応目玉はやはり「空飛ぶペンギン」と「アザラシ」なのか?その日は観光バスが90台入ったという。修学旅行生が多い。まあ動物園はほどほどにして、一路東の層雲峡の先の温泉に向かう。まだ大雪山系の山々の紅葉は山頂付近だけのようだ。途中「北見」を通る。その昔、大正時代にはこの地は「ハッカ」の産地で「ハッカ御殿」が建っていたそうだ。今は「玉葱」の産地らしい。畑には取り入れられた玉葱を入れた鉄の籠が沢山置かれていた。一つの籠で約10万円するらしい。玉葱といえば私は「淡路島」を思い出すが、この辺りも産地だったとは知らなかった。今や北海道の米は「美味い米」として知られるようになった。これも温暖化の影響なのかもしれない。寒冷地だった北海道も今や立派な米の山地でもあるようだ。「夢ピリカ」というのが特に有名らしい。泊まりは「温根湯温泉」でした。