「心不全で緊急入院・闘病記」

「J  REPORT 2020 11月第4週号」
「リタイアメント・ノート 11年5ヶ月目」
「VOL.1187 SINCE AUG.12th、1983」
「心不全で緊急入院・闘病記」
水曜日朝目覚めたら、胸が息苦しい。更にかなり酷い不整脈の症状が出た。細かく早い鼓動の合間に一秒以上の空白が続く。朝の愛犬との散歩も大きく深呼吸しないと歩めない。その日はそのまま生活し、夕方外出して食事してたら、急に血圧低下し、目の前が真っ白になった。ふらふらで歩きタクシーに乗って漸く帰れた。
翌木曜日は自宅で安静にしていた。
そして13日の金曜日。9時の予約で聖路加国際病院の「脳神経外科」での頸動脈エコー検査の診断結果聞き取りがあり訪れた。検査結果は非常に良好だった。そこで医師にこの数日の不整脈を話したら「そく緊急入院」ということになり、循環器部門に移された。その時の脈拍が140。これは心房細動でこのままでは溜まった血液が脳に飛べば脳閉塞になるとのこと。だが家には犬しかいない。どうしようもない。色々な約束もあるし、だからと言って悠長にも出来ないもどかしさ。血液検査、エコー、レントゲンをしてから、一時帰宅し支度して再度病院へ。犬は息子と娘に任せるしかない。医師の話しによると、まずは点滴と血を固めない薬の投与から始めると。ベッドでは心臓の動きをトレースするモニターと、指先の酸素濃度をチェックするもの、血圧計に点滴の器具が付けられた。この時の脈拍数は150を超えていた。それでも利尿剤のおかげで度々トイレに行くことになる。
そして午後8時過ぎに漸く夕食だ。(写真:A1)
(写真:A2)
黒酢酢豚、華風和え、サラダ、ご飯200g、617kcalでした。
睡眠導入剤で眠ったが、午前2時過ぎにトイレ行きで目覚め。次に起きたのは午前5時半。早速先週のブログの配信を行った。

二日目:14日土曜日
昨晩の内に予約のキャンセルを入れる。日曜日の浅草のフグの店三角。水曜日の焼き肉のたなか畜産、更にちゃんこ鍋の黒潮。どうしようもないのが、日曜日の歌舞伎観劇と水曜日の相撲観戦。歌舞伎は折角桟敷席を確保したし、相撲も桝席の前のほうの良い席なのに残念。相撲のほうはスーさん兄弟にお願いした。
朝食は、プレーンヨーグルト、たいみそ、胡麻辛し和え、鶏肉と高野の炒め煮、ご飯200gでした。(写真:A3)
身体を拭いてもらい少しは綺麗に。そしてレントゲン撮影で、本日はあとは点滴と安静に過ごすことになりそうです。 
もう一つ問題があった。昨日受け取る予定だった「三省堂書店」からの本20冊だ。受け取る前に入院することになり、どうしようもなく、今日は朝からあちこちに電話してみた。ドライバーさんに繋がったが、保管は一週間しか無理だということで、一旦三省堂書店に返品して、後日退院後に再配達して貰うことにした。これにも結構時間が掛かった。
そんなこんなしている内に昼食となる。スープ類がない。1/2バナナ、汁1/2カラスカレイレモン蒸し、葱・若布のぬた、茄子中華風サラダ  以上、564kcalでした。(写真:A4)
これまで暴飲暴食生活をしていた私に神様が下された鉄槌みたいなものだと理解し早く元気を取り戻せるようにします。入院中は勿論禁酒ですし、じっくりゆっくり睡眠を取り、減量にも努めます。災い転じて福となす。
それとコロナの院内感染対策から来週月曜日以降の面会は原則全て禁止になりました。家族でも特別の理由がないと面会禁止です。点滴が一応終了したが、脈拍は改善されていない。心配です。
そして午後2時から同じフロアーの違う部屋に移動。そこへスーさん到着。ひともめあったが、何とか入室してもらえ、相撲のチケットを渡すことが出来た。しかし時間制限もあり、直ぐに退出でした
夕食は、フルーツ、ハッシュドビーフ、キャベツさらだ(レッドオニオン)、スチームカリフラワー、マヨハーフパック。(写真:A5)
一日の水分補給量は食事以外で1Lに制限されている。午後10時睡眠導入剤を飲んで就寝しました。
友人から天地ショーの写真が届いた。新月の月が下で、上に水星が光っていた。(写真:天体ショー)
素晴らしい写真だ。

三日目:15日日曜日
目覚めたのが午前5時半って。日の出近し。足の指にあるのが酸素濃度の検査装置。(写真:A7)
心電図の端末が胸にある。(写真:A10)
入院当時の体重は、翌日には2kg減。そして本日は3kg減。あっという間に減量だ。
点滴が入る手首の部分。(写真:A11)
点滴の管。(真:A12)
漸く日の出だ。(写真:A13)
今日は孫娘の8歳の誕生日だ。お祝いも出来ない。
朝食は、プレーンヨーグルト120g、味付けのりパック、スクラップえっぐ(芋)、トマトケチャップ、ヒジキと水菜の和風サラダでした。571kcal(写真:A14)
忘れていた月曜日の歯科医の予約をキャンセル。
昨日は身体を拭いてもらったが、今日は頭を洗ってもらった。気持ちいい。いつもの検査の後、医師が来て、現状を聞かれたが、当面不整脈以外は問題なしと答える。今後の治療方針を問うと、まずは心房細動、所謂不整脈の治療、カテーテルを入れるかも知れないとのこと。次に血液さらさらを続けて、脳への血液の転移を防ぐこと。そして肺の内部への水の溜まり具合を見て対応することの3点だった。
あっという間に昼食の時間だ。昼食は、フルーツオレンジ、鶏肉の南蛮風、柚香和え(シメジ)、ご飯200g、613kcal。(写真:A15)
今日も午後2じから5階の循環器科に移るとのこと。4階はICUの部屋で看護師も通常より多い体制で勤務しているという。5階は循環器科の集中治療室で通称「IMCU」の7号室。周りはカーテンで仕切られた大部屋タイプ。聖路加にこんな部屋があるのは初めてだった。看護師さんがやってきて「この部屋で一番元気なのは勢古口さんですよ」と言われてしまった。大人しくしていないとね。いつも通りの検査を終えたら、夕食。精進
料理のような食事g毎食出る。基本一日1800kcalで減塩だから味気ない。
フルーツ(小)、さばの龍田風レモン付け、青菜・もやしお浸し、ふろふき大根、ご飯200g、611kcal。(写真:A16)
部屋は広さ5mx5m程度で窓に壁が2面にカーテン部分の殺風景なもの。テレビがあるのはどうも私の部屋だけのようで、オキドキうなり声やうめき声が聞こえるから、かなり具合の悪い人もいるようだ。果たして本日は眠れるのでしょうか?

「今週の映画と本」

「今週の映画と本」 
「ホモサピエンスの涙」(HTC有楽町にて)私的評価眼★★★(今年114作品目)
余りに芸術性が高くて、よく分からない映画でした。私には理解不能です。

11月20日付け日経新聞の「シネマ万華鏡」の映画評価は、「ホモサピエンスの涙」が4つ星、「THE CROSSING香港と大陸をまたぐ少女」が4つ星、「泣く子はいねぇが」が3つ星、「空に聞く」が4つ星、「滑走路」が3つ星、「STAND BY ME ドラえもん2」が3つ星、「エイブのキッチンストーリー」が3つ星でした。

「私の2020年の映画の評価は?」あくまで私の私感ですからね!!
★★★★★=「ジョジョ・ラビット」「リチャード・ジュエル」「九人の翻訳家」「ナイブス・アウト」「男と女 人生最高の日々」「黒い司法」「ジュディ 虹の彼方へ」「パブリック」「シチリアーノ 裏切りの美学」「スペシャルズ」「TENET」「異端の鳥」「スパイの妻」
★★★★=「フィッツシャーマンズ・ソング」「パラサイト」「ダイントン・アビー」「風の電話」「偽りのゲーム」「スキャンダル」「ラスト・ディール」「ビッグ・リトル・ファーム」「ジョン・ドノバンの死と生」「世界で一番貧しい大統領」「ハリエット」「バルーン 奇跡の脱出飛行」「WAVES」「ブリット=マリーの幸せはひとりだち」「T34」{ジョーンの秘密}「オフィシャル・シークレット」「ミッドウェイ」「ある画家の数奇な運命」「フェアウエル」「ムヒカ」「みをつくし料理帖」「薬の神じゃない」「おもかげ」

「2019年の映画はこんなでした」2019年は199作品の映画を観ました。
★★★★★=「ボヘミアン・ラプソディー」「グリーンブック」「運び屋」「こども食堂」「さよなら くちびる」「ディリリのパリの時間旅行」「イエスタデイ」「決算!忠臣蔵」「再会の夏」「男はつらいよ、お帰り、寅さん」

「2020 観劇シリーズ」 2019年の歌舞伎観劇は6度でした。
一月大歌舞伎=新橋演舞場(昼の部)
八月花形歌舞伎=歌舞伎座にて観劇(第2部と第3部)しました。
九月大歌舞伎=歌舞伎座にて観劇(第3部)
十月大歌舞伎=歌舞伎座にて観劇
十一月大歌舞伎=緊急入院により観劇予定を中止。
十二月大歌舞伎=歌舞伎座観劇を予約しました。
大相撲=1月場所観戦。7月場所10日目観戦しました。9月場所は遠慮しました。
    11月場所11日目桝席は、緊急入院につき友人に譲渡しました。

「2020年旅暦」
国内旅行は、3月の九州(博多、長崎、武雄温泉)。8月に壱岐の島。更に8月末には釧路へ。9月は東日本「麺の旅」でした。9月下旬に再び東北でした。ハワイがキャンセルになったので12月は沖縄に行くことにします。
海外旅行は、2月のハワイ。残念ながら5月連休の予定でしたハワイは中止になりました。次は8月もANAは運休となりました。またまた12月のハワイも運航中止でした。
これまでに行った国々の合計は72か国です。再調査の結果、アルゼンチンが抜けていましたので、72か国に訂正します。

「2020 本の記憶シリーズ」  2019年の読書数は、259冊でした。
「ほろほろおぼろ豆腐」(坂井 希久子 著)ハルキ文庫 私的批評眼★★★(今年326冊目)「居酒屋ぜんや」シリーズ第9弾

「猫又の巻 祟られ女」(金子 成人 著)小学館文庫 私的批評眼★★★(今年327冊目)「付添い屋六平太」シリーズ第14弾

「いのちの種」(井川 香四郎 著)二見文庫 私的批評眼★★★(今年328冊目)「ご隠居は福の神」シリーズ第4弾

「氷の牙」(和久田 正明 著)ハルキ文庫 私的批評眼★★★(今年329冊目)「八丁堀つむじ風」シリーズ第7弾

「新春新婚」(倉阪 鬼一郎 著)二見文庫 私的批評眼★★★(今年330冊目)「小料理のどか屋 人情帖」シリーズ第30弾

「心不全で緊急入院。闘病記2」

4日目:11月16日(月曜日)
今いる施設「IMCU」の意味が分からないが、夜が明けた。
昨晩10時に睡眠導入剤を飲んで以来、全く目を覚まさずトイレにも行かず午前5時半に目が覚めた。久し振りの快眠だ。医師の診断では体重も減少しているし、(本日は入院当初から3.3kg減)心拍が弱いから水分が体中から戻ってきていないのでまた水分供給は制限されるが、よくなりつつあるとの心強い話しだった。脈拍も100前後になりつつある。外は快晴で暖かそうだが、室内は寒い位だ。ここは5階だが、6階の野外庭園の改築工事中ということで窓の外には足場が組まれていた。(写真:A21)
朝食も食べていない内に主治医がやってきて、午後から胃カメラを食道に入れて、すぐ後ろの心臓の部分に血栓ができていないかを確認した上で、麻酔を掛けて電気ショックを与えて心拍数を元に戻す手術を行うとのことだ。上手くいけば退院も早いらしい。今日明日にも退院出来れば嬉しいのだが、まずは電気ショック次第という訳だ。成功すれば一般病棟に移れるらしい。その前にリハビリ担当の方が来て歩行練習が始まった。一日中ベッドの上にいたので、歩くのに自信がなくなっている。
そして正午から喉への液体麻酔薬を入れて痺れさせてから胃カメラのようなエコー装置を呑み込まされた。その後のことは麻酔でよく覚えていないので分からないが、気が付くと午後2時近くになっていて、脈拍は通常値に戻っていた。どうやら成功したようだ。まだ頭が若干ふらふらするが、元気ではある。早速LINEで状況を関係者に説明する。便利なものだ。遂に点滴の針が抜かれた。その後は利尿剤を呑むのと水分の制限は続くが、徐々に通常生活に戻りつつある。そして午後2時から3度目の移動で元の4階の一般病棟へと移った。
色々な検査は継続しているが、主治医がやってきて、明日一日様子を見るがその結果次第では、明後日にも退院とのことだった。良かった。但し、心不全は電気ショックで完全に治る人と再発する人がいるので、基本的にはカテーテル手術をするほうが望ましいということなので、後日行うことで手術を依頼した。数日の入院で済むということで今後打ち合わせする予定だ。ほっと一安心だ。
夕食も本日初めての食事だが味気ない。豚ロース生姜油かけパブリカ付き、カブ・厚揚げの炒め煮、アスパラ辛子和え、ご飯200g、645kcでした。(写真:A22)
水曜日に退院出来れば、今週はまだまだやることがあるので助かる。まずは体力の回復に努めよう。見逃してしまった映画も見なければならないし、六義園にも行かなくてはならない。

五日目:11月17日(火曜日)
早朝に体重測定。何と入院時から4.7kg体重減少していた。驚きだ。
カテーテルの専門医が来て、具体的な打ち合わせは今日の夕方に行うこととなった。早く手術をしてしまいたい位だ。
朝の聖路加国際病院前、紅葉が色濃くなりつつある。(写真:B1)
朝食だ。1/2バナナ、鰆西京焼50g、目玉焼きにブロッコリー付き、減塩醤油5cc、白菜のユカリ和え、ご飯200g。577kcal(写真:B2)
10時20分から10分ほどリハビリで院内を歩く。現在の問題は低血圧。最高が90位で、一方で低血糖も心配だ。歩行訓練の後でも血圧は100だ。
漸くシャワータイムがやって来た。入院後初めてのシャワーだ。十分に熱湯を浴びて身体を(院前日に行う。それでも少し動くと動悸がする。
昼食はパン食だ。サンドイッチ・ハム2個、ポテト1個、プレーンヨーグルト120g、フルーツ、海藻サラダ(玉ねぎ)、アスパラコーンソテー。669kcal。(写真:B3)
主治医より明日の退院が正式に告げられた。ほっと一息だ。意外に短い入院で助かった。
その後、今後の処置について別の医師からいくつかの選択肢を示された。結論からいうとカテーテルによる手術を来年年明け早々に受けることで同意した。足の付け根部分と首からの2か所からカテーテルを挿入して心臓の一部に火傷を負わせ、不自然な電気の発生を防ぎ不整脈を絶つということだ。成功率は85%というから、まあ問題ないだろう。そんなこんなであっという間に夕食の時間になる。まあ精進料理にも飽き飽きだ。
夕食は、めがじき鍋照風・ししとう2本付き、胡瓜胡麻和え、野菜炒め(しめじ)、ご飯200g、555kcal。
本を読みながら人生を反省している私でした。これまでの悪行の結果とは言え、無理に無理を重ね、身体を大切にしなかったことが悔やまれるのでした。

六日目:11月18日(水)
体重測定。何と入院時より5.6kg減少している。水分が身体から出きったという感じか?たった実質5日間での減少だから凄い。ライザップより凄いね。但し、血圧は相変わらず上が100となっている。
主治医との話し合いで今後の方針を確認した。後は薬剤師からの説明を受けた上で退院ということになる。
病院最後の食事となる朝食だ。これも寂しい質と量だ。プレーンヨーグルト120g、味付け海苔パック、厚揚げのあんかけ、小松菜シラス和え、ご飯200g、565kcalでした。(写真:A26)
薬剤師と新しい薬の使用方法を打ち合わせし、いよいよ退院だ。医師の方々、看護師の方々、関係者の方々には大変お世話になりました。愛犬もものために家族にも迷惑を掛けました。大いに反省しています。来週及び2週間後の通院で途中経過を見ながらではあるが、徐々に社会復帰し元気になれるよう頑張ります。

「六義園」

「六義園」
心不全に襲われるなんて想像もしていなかった。学生時代から厳しい練習も「死ぬことはない」と思ってきただけに、死の恐怖一歩手前まで来て本当にこれまでの生き方を悔いたものだ。5日間の入院生活ですっかり弱ってしまった足腰を鍛え直すべく、それこそ亀の歩みのような状態で「六義園」を訪れた。春の桜のシーズンはコロナで閉鎖されていたので、久しぶりの訪問だ。都内の紅葉の名所の一つでもあるので、人気の庭園だ。
ここは五代将軍綱吉により寵愛された柳沢吉保の大名庭園だ。明治以降は岩崎家の別邸になった。綱吉は甲府藩主から将軍になり、悪法と呼ばれた「生類憐みの令」で有名だが、実は学問にも秀でていた名君だったと言われている。お犬様だけは本当に悪法だった。(写真:C1)
それでは園内を巡ろう。紅葉も本格的に色付いていた。(写真:C2)
(写真:C3)
(写真:C4)
(写真:C5)
橋もある。(写真:C6)
鴨がいる。(写真:C7)
「渡月橋」だ。(写真:C8)
(写真:C9)
(写真:C10)
(写真:C11)
かなり大きな池がある。船も浮かべられそうだ。
(写真:C13)
(写真:C14)
(写真:C15)
白い花が。(写真:C16)
(写真:C17)
(写真:C18)
(写真:C19)
(写真:C20)
有名な枝垂れ桜だ。(写真:C21)
(写真:C22)
菊があった。(写真:C23)
ちょっと歩いただけだが、もう足が悲鳴を上げてきた。半分ほどしか回れなかったが、病み上がりなので早めに帰ろう。(写真:C24)

「無敵刀削麺」&「そば数寄」

「手前勝手世界食物語、第572話」
「無敵刀削麺」
実はいつも行く中華料理の「龍記」を予約してあったのだが、現在改築中とのことで姉妹店を紹介された。
それがこの「無敵刀削麺」という店。一応食べ放題、飲み放題となっていた。
まずは「麻婆味の豆腐」(写真:SS13)
「バンバンジー」(写真:SS14)
「牡蠣の鉄板焼き」これは美味しかった。(写真:SS15)
「豚の角煮」(写真:SS16)
「白身魚の麻婆」(写真:SS17)
店の看板です。(写真:SS18)
「麻婆刀削麺」(写真:SS19)
どの料理も少し味が濃い。お酒向きから知れないが、料理としてはもう少し薄味ならば、と思いました。(写真:SS20)

「手前勝手世界食物語、第573話」
「そば数寄」
GO TO EATの割引クーポンを使って行きました。一応@3500円のコース料理を選択し、東急プラザ銀座にある「そば数寄」という店です。雰囲気はこんな感じ。(写真:S1)
(写真:S2)
エルメスのビルが見えます。(写真:S3)
「突き出し」とも「先付け」とも古くは「向付(むこうつけ)」とも言うようです。(写真:S4)
焼酎を頼みました。(写真:S5)
箸置きが可愛い。
「鶏出汁スープ」(写真:S6)
「豆腐」(写真:S7)
「ボンジリとししとう焼き」(写真:S8)
「店の名前」(写真:S9)
「揚げ物」(写真:S10)
「鶏肝とシイタケ」(写真:S11)
「かまぼこ」(写真:S12)
実はこの料理に付いていた山葵が物凄い辛さというか、鼻が曲がりそうになる位のツーンとくる痺れだった。本当に山葵の辛さを味合った。
「鶏ももとネギマ」(写真:S13)
〆は勿論「蕎麦」(写真:S14)
いやあ、美味しかった。値段の割には美味しかったが、お酒が高かった。
コロナで痛め付けられているお店のためにも、GO TO EATで頑張って応援に走り回っている勢古口が東京からお送りしました。

「明治神宮鎮座百年祭」

「J  REPORT 2020 11月第3週号」
「リタイアメント・ノート 11年5ヶ月目」
「VOL.1186 SINCE AUG.12th、1983」
「明治神宮鎮座百年祭」
明治神宮が出来て丁度100年ということで、現在「鎮座百年祭」が行われているので、訪れてみた。
何と20年振りの明治神宮だ。2000年の元旦にお参りしたのが最後でした。
千代田線にて到着。(写真:A1)
参道は広々している。(写真:A2)
橋からは小さな小川が見える。(写真:A3)
「代々木」という地名の由来があった。大木があったらしいが昭和20年5月の空襲で焼け落ちたという。(写真:A4)
御苑の由緒だ。元々は大名家の下屋敷跡だったとか。(写真:A5)
おや凄い数のワインの樽だ。(写真:A6)
こんなのあったかな?(写真:A7)
反対側には日本酒の薦被りも。寄進されたものだろう。(写真:A8)


ここは明治天皇を追悼して大正9年(1920年)12月1日に完成したという。(写真:A9)
第2番目の鳥居。(写真:A10)
「明治神宮鎮座百年祭」(写真:A11)
「菊の花」は天皇家の紋章でもある。
「明治天皇」は満14歳の時、第122代天皇となられた。(写真:A13)
「大日本帝国憲法発布」(写真:A14)
「昭憲皇后」(写真:A15)
女子教育の拡大に尽力し今の「お茶の水女子大学」や、「日本赤十字」の基礎を築いた。(写真:A16)
明治天皇崩御と大葬の列。(写真:A17)
数多くのボランティアの手により神宮の森が出来上がった。(写真:A18)
この森は人工的に造られたとは知らなかった。
社殿の工事の模様。(写真:A19)
「手水場」(写真:A20)
第3番目の鳥居。(写真:A21)
本殿。(写真:A22)
境内を撮る。まずは左側。(写真:A23)
中央。(写真:A24)
右側。(写真:A25)
「七五三」詣での人たちがいる。(写真:A28)
七歳と三歳の女の子、そして五歳の男の子、それを祝う大人たち。微笑ましい風景だ。七五三の詳細は知らないが、元々小さい子供が死亡する率が高かった時代、漸く育った子供たちの生命を神に感謝したのだろう。特に女児は七歳で「帯解」と称して着物の帯を結ぶことが出来たことを喜んだそうだ。
JR原宿駅の駅舎。(写真:A29)
駅前のビル。(写真:S30)
100年の歴史ある神宮の森の目の前には現在の人たちが集う場所がありました。久し振りに神々に触れた気分になりました。

「今週の映画と本」

「今週の映画と本」 
「ストックホルム・ケース」(UC豊洲にて)私的評価眼★★★(今年113作品目)
1973年に実際にストックホルムで起きた銀行強盗と人質の男女3人との関係を描くが、この事件から「ストックホルム・シンドローム」という言葉が生まれた。人質が犯人に好感を持ってしまうということだ。

11月13日付け日経新聞の「シネマ万華鏡」の映画評価は、「さくら」が4つ星、「ばるぼら」が4つ星、「シラノらの・ド・ベルジュラックに会いたい!」が4つ星、「詩人の恋」が3つ星、「THE CAVE」が3つ星、「ホテル ローヤル」が2つ星、「静粛裁判」が4つ星でした。

「私の2020年の映画の評価は?」あくまで私の私感ですからね!!
★★★★★=「ジョジョ・ラビット」「リチャード・ジュエル」「九人の翻訳家」「ナイブス・アウト」「男と女 人生最高の日々」「黒い司法」「ジュディ 虹の彼方へ」「パブリック」「シチリアーノ 裏切りの美学」「スペシャルズ」「TENET」「異端の鳥」「スパイの妻」
★★★★=「フィッツシャーマンズ・ソング」「パラサイト」「ダイントン・アビー」「風の電話」「偽りのゲーム」「スキャンダル」「ラスト・ディール」「ビッグ・リトル・ファーム」「ジョン・ドノバンの死と生」「世界で一番貧しい大統領」「ハリエット」「バルーン 奇跡の脱出飛行」「WAVES」「ブリット=マリーの幸せはひとりだち」「T34」{ジョーンの秘密}「オフィシャル・シークレット」「ミッドウェイ」「ある画家の数奇な運命」「フェアウエル」「ムヒカ」「みをつくし料理帖」「薬の神じゃない」「おもかげ」

「2019年の映画はこんなでした」2019年は199作品の映画を観ました。
★★★★★=「ボヘミアン・ラプソディー」「グリーンブック」「運び屋」「こども食堂」「さよなら くちびる」「ディリリのパリの時間旅行」「イエスタデイ」「決算!忠臣蔵」「再会の夏」「男はつらいよ、お帰り、寅さん」

「2020 観劇シリーズ」 2019年の歌舞伎観劇は6度でした。
一月大歌舞伎=新橋演舞場(昼の部)
八月花形歌舞伎=歌舞伎座にて観劇(第2部と第3部)しました。
九月大歌舞伎=歌舞伎座にて観劇(第3部)
十月大歌舞伎=歌舞伎座にて観劇
十一月大歌舞伎=観劇予定。
大相撲=1月場所観戦。7月場所10日目観戦しました。9月場所は遠慮しました。
    11月場所11日目桝席チケット確保しました。

「2020年旅暦」
国内旅行は、3月の九州(博多、長崎、武雄温泉)。8月に壱岐の島。更に8月末には釧路へ。9月は東日本「麺の旅」でした。9月下旬に再び東北でした。ハワイがキャンセルになったので12月は沖縄に行くことにします。
海外旅行は、2月のハワイ。残念ながら5月連休の予定でしたハワイは中止になりました。次は8月もANAは運休となりました。またまた12月のハワイも運航中止でした。
これまでに行った国々の合計は72か国です。再調査の結果、アルゼンチンが抜けていましたので、72か国に訂正します。

「2020 本の記憶シリーズ」  2019年の読書数は、259冊でした。
「かみなりお勝」(金子 成人 著)双葉文庫 私的批評眼★★★(今年322冊目)「ごんげん長屋つれづれ帖」シリーズ第1弾

「おしどり夫婦」(稲葉 稔 著)光文社文庫 私的批評眼★★★★(今年323冊目)「研ぎ師人情始末」シリーズ第7弾

「一抹の福」(牧 秀彦 著)徳間文庫 私的批評眼★★★(今年324冊目)「婿殿開眼」シリーズ第10弾完結編

「迷い熊笑う」(芝村 凉也 著)双葉文庫 私的批評眼★★★(今年325冊目)「長屋道場騒動記」シリーズ第8弾

「ほろほろおぼろ豆腐」(坂井 希久子 著)ハルキ文庫 私的批評眼★★★(今年326冊目)「居酒屋ぜんや」シリーズ第9弾

「深川江戸資料館」と「松平定信の墓」

「深川江戸資料館」と「松平定信の墓」
清澄白河にあるこの資料館には多分10年振り位に訪れた。(写真:B1)
偶然昔の江戸の下町を再現した街並みを歩いていたら、一人の老人が来たので、ボランティアガイドだと思い話し掛け、ガイドをお願いしたら心良く引き受けてくれた。
深川は徳川家康が江戸の町を開いた時は、川向うの鄙びた土地、それも湿地帯だった。そこを埋め立てる一方で掘割を縦横に造り、水運の拠点や武家の下屋敷を置いたりした。また江戸の町が膨張するにつれて、深川も発展し、これまでお城近くにあった木場も移転してきた。そして江戸時代も終わりに近い天保年間の深川の一画、佐賀町の一部を実物大で建てているのが、この資料館である。(写真:B2)
(写真:B3)
当時の八百屋の店先だ。(写真:B4)
大根は練馬大根。当時はこのような細さだったという。また大根の向こうにあるのは柿だが、小さいものだった。(写真:B7)
今は品種改良で大根も太くなり、柿も大きくなった。
卵も売っており、一個20文、今でいえば約400円程度と高値だった。蕎麦が2x8=16文で約320円だから高い。(銭の価格は相場があったから変化した)
ここは今でいう「肥料問屋」だ。ここ辺りの豪商で土地持ちでもある。(写真:B5)
銚子沖で採れた大量の鰯は、地元で干され干鰯(ほしか)となり、船で利根川を遡り、荒川経由で江戸に持ち込まれ、深川で干鰯を煮て、出た油は魚油として最も安い照明用に使われ、残った干鰯は肥料として使われたが、これは一番高い肥料なので綿花製造用に使用されたという。道の先に「町木戸」がある。町木戸は午後10時頃に閉められる。(写真:B6)
長屋にも小さな木戸が付いていて、日没になると閉じられる。木戸の上には名札があり、それぞれの住民が分かるようになっていた。
「つき米屋」だ。(写真:B9)
玄米で米問屋から仕入れたものを搗いて白米にする店だ。(写真:B10)
江戸では庶民も皆白米を食べていたから、ビタミン不足の「江戸患い」と言われる脚気になってしまっていたという。特に参勤交代で江戸に出てきた田舎者の武士は、通称「浅葱裏」と呼ばれ、これは皆の羽織の裏が浅葱色(薄い青色)だったことから、これを着ているのは田舎侍と思われたのだが、彼らは江戸に出て来て漸く白米を食べ、その結果江戸患いになるのだが、国へ帰ると雑穀の生活になり治ったという。
米倉には俵で玄米があったが、写真が撮れていないので説明するが、俵の積み方は90度の角度を変えて交互に並べてあった。井桁状態だ。実は米は空気を通して、何度も積み直しをする必要があったという。そうしないと蒸れてしまい使い物にならなくなるのだという。
町木戸の左手に布切れがある。(写真:B11)
これは売り物の綿の生地だ。幅30cm、長さ60cmほどのもので、着物が破れたらこれで繕うためのものだという。それほど着物は大切にされていたということだ。
木戸番の番小屋の前で何か売っているのは、木戸番のアルバイトみたいなものだ。(写真:B12)
冬は焼きイモなども売っていた。
船宿の前だ。(写真:B13)
船宿では食事付きでの打ち合わせや談合が行われ、その後船で吉原に商人たちが乗り付けたという。(写真:B17)
ここは火除け地だ。明暦の大火の後、幕府はあちこちに火除け地を設け防火帯とした。火の見櫓もある。(写真:B16)
立札がある。これには時々の幕府の掟が書かれていた。(写真:B14)
「猪牙(ちょき)船」だ。(写真:B15)
現存する本物の船で、猪の牙のように鋭く尖っていて少人数での移動に非常に早く進めた。
屋台の天麩羅屋。(写真:B18)
江戸前の魚を揚げた串揚げだ。
屋台の蕎麦だ。(写真:B19)
お休み処。(写真:B21)
それでは長屋を見てみよう。基本は九尺二間の四畳半、一部屋だ。(写真:B22)
天井や押し入れはない。布団は風呂敷に包み部屋の角に置くだけ。
竈の上には空気抜けの穴が開かれるようになっていた。換気扇だ。(写真:B23)
ここは大工の独り者が住む。
三味線の師匠の住む部屋。(写真:B24)
敷いてある畳は住民が手配する必要があるという。(写真:B25)
ご主人を亡くしており仏壇もある。
共用部としては「井戸」がある。しかし深川は塩水なので飲み水は買うしかない。(写真:B26)
厠だ。(写真:B27)
糞尿は近郊の百姓が買い求めにやって来る。売った金は大家が色々な費用に使ったりしたので、貴重品扱いだ。
「つき米屋」の職人の部屋の入口に札があった。(写真:B28)
そこには「久松 いぬ」と書かれている。これは当時流行っていた「天然痘」が「おそめ」と呼ばれていたので、歌舞伎の「お染久松」に引っ掛けて、「久松はいないから、おそめはこなくていい」と病を嫌うゲン担ぎのものだそうだ。
街を鳥の目で見てみると。(写真:B29)
猫が屋根の上にいる。たまに鳴き声がする。(写真:B30)
(写真:B31)
下町深川の姿でした。

「松平定信の墓がある霊厳寺」
白河藩主であり、吉宗の孫であった定信は11代家斉がまだ小さかった頃に老中首座として「寛政の改革」を実行した。この「霊厳寺」に墓がある。(写真:B32)
江戸六地蔵の一つ。(写真:B33)
(写真:B34)
本殿だ。(写真:B35)
定信の墓。(写真:B36)
(写真:B37)
(写真:B38)
御三卿の一つ田安家の出で幼少時から英邁とされており、将軍に着く可能性もあったが、田沼意次らによって白河藩に養子に出された。その後田沼失脚後、将軍補佐として幕政を担当したが6年で失意のうちに失脚した。改革以外にも佃島に「人足寄場」を造り犯罪人の厚生にも尽くした。隠居後「楽翁」と称した。

「都内でも紅葉が」
近くの豊洲付近でも紅葉が進んでいる。(写真:C20)
(写真:C21)
都内の本格的な紅葉は今月下旬から来月中旬だろうが、いよいよ冬が迫ってきた。
来週は都内の紅葉の名所の一つ「六義園」に行って来ます。

「丸の内仲通り」

「丸の内仲通り」
「ハロウィーン」が終わったら直ぐに「クリスマス」シーズンが始まった。実は有楽町や東京駅まではいつも行くが、サラリーマン人生が終わってからは丸の内エリアには全く行っていなかった。だから10年以上訪れていなかったので、本当に驚いた。まずはクリスマスの飾りつけとしての仲通りに多数のLEDライトが点灯していた。(写真:C1)
まあ見て行こう。(写真:C2)
それにしても立派な通りになったなあ。(写真:C3)
これではサラリーマンやOLの仕事をする街、所謂オフィス街ではなく、お洒落な街に変貌していた。(写真:C4)
(写真:C5)
それともう一つブランド店が本当に沢山進出していたことだ。これはエルメスです。(写真:C6)
オブジェも沢山ある。(写真:C7)
(写真:C8)
(写真:C9)
丸の内はラグビーの街でもある。(写真:C10)
(写真:C11)
(写真:C12)
ライオンかな?(写真:C13)
丸ビルにあったクリスマスツリー。(写真:C14)
(写真:C15)
東京駅だ。(写真:C16)
(写真:C17)
(写真:C18)
オリンピック開催までのカウントダウンだ。(写真:C19)
変貌した丸の内を歩いてみました。

「タイ屋台9999」

「手前勝手世界食物語、第571話」
「タイ屋台9999」
日比谷の帝国ホテルの裏、JRの高架下に新しく出来たレストラン街の店だ。「日比谷グルメゾン」
(写真:SS12)
タイの屋台料理はタイ料理とは違うと書かれていた。(写真:SS7)
所謂日本にあるタイ料理の店は「高級なタイ料理」で、ここの屋台料理は安価で手頃な庶民のタイ料理なのだといか。油も何もかも違うらしい。タイでは確かに屋台料理は食べたことがない。
それでは注文しよう。「トリスのハイボール」。(写真:SS1)
(写真:SS3)
「青梗菜の炒め物」(写真:SS4)
店内はこんな感じ。(写真:SS5)
調理人たちは一応タイで教育されてから日本に戻って来たという。本場仕込みらしい。(写真:SS6)
「豚のおっぱい焼き」なんだかわけが分からない。(写真:SS8)
「巨大海老コロッケ」(写真:SS9)
「春雨サラダ」(写真:SS10)
「タイ風カレーラーメン」(写真:SS11)
味も今一だし、ここはリピーターにはなれそうにない。
以上、冬を迎えつつある東京から勢古口がお送りしました。