携帯紛失

「J REPORT 2011 7月第5週号」
「リタイアメント・ノート 3年目1月目」 「VOL.695 SINCE AUG. 12th、1983」
「築地の火事跡」
築地の「場外市場」で火事があった。数日後に行ってみたが、未だに焦げ臭い匂いがしていた。「紀文」の店の丁度裏辺りで付近の店にも延焼したようで数軒が燃えていたが、建物自体は大丈夫のようで、内部が焦げ付いていたようだった。実はその1週間前にも叔母の家がぼやを起こしていた。見舞いに行くと二階の内部が殆ど駄目になっていた。しかし一階には全く被害がなく、消防署の人たちの活躍で一階の家電等も問題がなかったことが唯一の救いか。本当に火事は恐ろしい。昔から「地震、雷、火事、親父」と言われているように火事はある意味人災だから恐ろしい。原因は必ずあり、天災とは訳が違う。築地のほうはそんな火事をよそにしっかりと周辺の店は通常営業を行っていた。

「携帯電話を失くす」
日曜日、ほろ酔いかげんでバスに乗る。門前仲町から「海01」というお台場方面行きのバスだ。時刻は午後8時17分頃。さて直後メールを発信して本を読みながら自宅前のバス停まで。いい気分で自宅到着。8時30分頃か。愛犬が走ってやってきた。荷物を降ろした時に腰に着けている筈の携帯電話がない。慌てて愛犬と共にバス停まで行って見るが途中には落ちていない。直ぐに自宅に戻り固定電話でまずNTTドコモに電話して携帯を止めてもらう。それが午後8時40分。それから近くの交番に行き、遺失物届けを出す。次に都バスの営業所に電話し、バスの中で携帯を落とした旨伝えこちらの電話番号を言う。9時丁度だった。困ったことは携帯電話に全て登録してあるのでそれ以外の記録が全くなく、友人の携帯番号もなにもかも分からない。翌月曜日、再度都バス営業所に電話するが、届いていないと言う。警察にも電話するが休日と言うことで遺失物係りはお休みとのこと。翌火曜日、午前8時半にまず警察に電話。それらしき携帯電話が届いているという。だが驚いたことに「シムカード」がないので確認できないとのこと。それからNTTドコモ、警察と何度も電話して漸く製造番号等を入手して警察署に伺い、私の携帯を回収した。聞いてみると私が届け出た交番に翌朝の午前1時に届けられていたという。なぜその時交番のお巡りさんは私のところへ電話をしてくれなかったのか?あの馬鹿やろう。どうしようもない警察官だ。シムカードは携帯の通信機狽??iるカードだからこれがないと電話もインターネットも出来ない。私は直ぐにNTTドコモで使用出来ないようにロックを依頼していたから悪用はされなかったようだが、その間私の携帯は警察に届けられるまでの4時間どうなっていたのか?間違いなくバスの中で落としているのだが、交番に届けられた時は、交番近くの路上で拾ったということになっていた。バスの中で誰かが拾って悪用しようとしたが既にロックが掛かったおり、出来なかったのでそこでシムカードだけ抜き取って捨てたのだろうか?全く嫌な犯人だ。多分拾われた位置から考えて、私の次のバスストップで降りた人が最初に拾ったのだろう。そしてシムカードを抜いてその場で捨てたのを深夜どなたかが拾って近くの交番に届けてくれたに違いない。さて仕方なく警察からNTTドコモの営業所に立ち寄り新たにシムカード、NTTのは「ドコモカード」を購入し3150円を支払った。それ以外は無事で漸く安心し充電をした。あとから考えると落とした原因は、ひとつ、ほろ酔いかげんだったこと、ふたつ、ポロシャツをズボンの外にだらしなく出していたので、携帯がベルトに付けていたホルダーに上手く入れられなかったことだろうと思っている。反省、反省。この数年間にヴィトンのがま口の小銭入れを2個も無くしている。全くどうなっているのか、間抜けな私でした。ところで紛失した当時、一番恐れていたのは、この3年間に亘り旅をした時に撮った写真が失われてしまうのではないか?ということだった。電話番号は問い合わせすれば復旧出来るが写真だけはどうにもならない。デジカメの写真は当然保存してあるが、携帯の写真もそれなりに思い出を残している。これが失われたらどうしようと不安でしょうがなかったということを付け加えておきます。

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