「アンテロープ・キャニオン」

写真は「アンテロープ・キャニオン」の内部だ。水と風が造った砂岩の回廊の中で光が織り成す不思議な世界だ。これは「自然美の極致」と言えるだろう。ここに行くまでの「トラック」の乗り心地の悪さには参った。「インディアン居留地」の中なので仕方ないか?猛烈に飛ばすから砂が舞い上がりまともに吹き付けてくるので、あっという間に口の中が砂だらけになってしまった。

「栞ちゃんへのお土産」
孫娘は6月から近くの「保育園」に通うようになった。当初は母親が付き添うが、産休も終わり職場復帰するとなれば、孫娘は一人でどうやって保育園で暮すのか?心配だ。ところで孫娘「栞(しおり)」に前歯が2本生えてきた。ほぼ一ヶ月振りに孫娘に体面すると、彼女はうつ伏せの姿勢から手足を動かして少しづつだが移動する、所謂はいはいの前兆のような動きを始めた。徐々にだがそれでも50cmほどは移動して興味を持ったものを手にしようとしている。もうじき7ヶ月か、早いなあ。どんどん身体も大きくなるし、動きも活発になる。歯も生え始めた。孫娘の成長は凄まじい。さて今回のアメリカ西部の旅で使ったお金は?水6本、コカコールゼロ1本、ピンバッジ1個、マグネット1個、孫の涎掛け2セット、最終日のビール2杯、以上で「30ドル」ほどでした。

「銃とアメリカ」
ラスベガス郊外にある「アウトドア商品」を売っている大型店舗に案内された時のことだった。この店は、エンジン付きボートや普通の手漕ぎボート、キャンプ用品、釣用品、等々アウトドアで遊べるものが所狭しと売られていた。そんな中で大量の「銃」も売られていた。現地ガイドは「アメリカでは銃は観た事がない。だから銃には安心している」と言っていたが、私は納得出来なかったが、目の当たりに「銃」を見て、アメリカの問題点を感じた次第だ。それは夫婦が5丁ほどの拳銃を買い求めていたからだった。夫は「銃所持の許可証」らしきものを見せた。すると店員が銃をケースから出し、トリガーのところに架けられていた鍵を外した。鍵が付いている限りトリガーを引くことは出来ない。銃の下には銃弾が詰まったカートリッジがあり、それを装着すればもう発射可狽ニなる。カードで決済を終えた後、それらを持って夫婦は裏の試射場に向っていった。勿論耳栓付きのヘッドフォーンを持ってだった。「銃社会、アメリカ」ではある意味誰でも銃が買える。それを西部開拓時代の自衛論で正当化しようとしている社会とは何なのか?恐ろしい社会だと改めて認識せざるを得なかった。

「ウォルマートの功罪」
世界最大の小売業者「ウォルマート」、「エブリディー・ロー・プライス」がもっとうだが、地方では当然のことながら、この店が進出すると地元商店街は壊滅状態となってしまうという。勿論「雇用効果」はあるのだろうが、必ずしもそれだけではないのだろう。進出を歓迎する人も反対する人もいるのは日本と同じだ。結果、店が撤退するとその町はゴーストタウンになってしまう。進出しても、いつ撤退するのかは店側の勝手だ。地方都市の衰退は日本も米国も同じだ。それにしても兎に角「消費者」は大量の商品を買い求めていたのを見て、二本との買い方の違いを覚えた。「大量購入・大量消費」これがいいか?悪いか?

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