「スポーツの秋」

秋も深まり、プロ野球は終わったが、草野球?は今が盛りとリーグ戦をやっていた。これからはウィンタースポーツも始まるし、何しろ大相撲も面白い。私たち「団塊の世代」は、「巨人大鵬卵焼き」と言われていた。今の若い人たちにこの言葉を言っても多分分からないだろう。要は当時の子供たちに人気があった物事3つなのだ。「野球は巨人、相撲は大鵬、そして食べ物は卵焼き」という具合だ。勿論異論のある人も居られただろうが、まあ常識としては人気者はこの3つだった。今ならば何なのだろうか?

「江戸の庶民の生活は楽?」
庶民が住んでいたのは「九尺二間長屋」と言われた長屋に住んでいた。「間口九尺」とは約211cm、「奥行き2間」とは約360cmだから実に狭い。2.3坪ちょっとの広さだ。畳み4枚半ほどか。流石一軒やとなるとそれぞれ広さは違うのだろうが、大体家賃が1両だったという。腕のよい大工の日当が400文だったというから、月に仮に25日働いて1万文、これは1両(相場があるので6000文から6400文)プラス3600文≠S000文、ほぼ1.5両相当だから、やはりかなり高い家賃だ。大工は江戸でも高賃金の職種だったから、年収20両と言う具合だ。「1両で長屋生活の一家4人が楽に暮らせた」というから、まあ物価も安かったといえよう。何しろ屋台の掛け蕎麦、所謂「二八蕎麦」が一杯2x8で16文だから想像が付くだろう。だから大体1両は現在の価値で8万円とも10万円とも言われている。8万円で一家4人の生活ではちょっと苦しいか?江戸は火事が多かったから、庶民は殆ど家具らしきものを持っていなかった。持っていても家事で焼けてしまえば仕方がない。そこで出てきた言葉が「江戸っ子は宵越しの金を持たない」ということだ。宵越しの金を持っていても焼けてしまえばそれでお終いということになる。何か儚い考え方だったようだ。面白いのは米の産地である地方では白米は食べられ難かったが、江戸では庶民でも白米を食べていた。これは需給の関係で、お米が集まられた江戸ならではのことだろう。田舎のお百姓さんは、お米を年貢として差し出すから、自分達は米以外のものを食べていたとしても不思議ではない。話しはちょっと変わるが、日本人は「お風呂好き」だが、江戸時代も「銭湯」が沢山あり、江戸市民は当時もお風呂好きだった。当時の風呂代は「6文」というから、大体80円から100円位と安かったようだ。

「漢字の難しさ」
「抑」とかいてはて?何と読む?これが「そもそも」と読むという。では「数多」は?「あまた」と読むそうだ。どこかの国の首相が「未送L」を「みぞうう」と読めなかったというが、まあ読めなくて当たり前とは言いたくないが、漢字の読みは難しい。これは恐らく「大和言葉」に「漢字」を当てはめたためなのだろう。同じことは北海道の地名が元々「アイヌ語」であり、それを漢字に無理に当てはめたことか。

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