美しい村と巡礼の道、後半

「J  REPORT 2013 9月第3週号」
「リタイアメント・ノート 5年3ヶ月目」、
「VOL。812 SINCE AUG.12th、1983」
「旅暦45、美しい村と巡礼の道、後半」

第五日目「コンクへ」
「アヴェロンの真珠」といわれている「コンク」に行く。途中、「かたつむり農場」が幾つかあった。この地方では
カタツムリを養殖しているという。フランスではカタツムリはそのまま殻ごと調理して食べるが、スペインでは殻から出してパエリアに入れて食べるらしい。コンクの「サン・フォア教会」にはその入り口の上に素晴らしい「タンパン」があった。タンパンとは精巧に彫られたリリーフで、イエスを中心にして向かって左側がいい人たち、右側が悪い人たち、上が天国、下が地獄を描いているものだ。実に素晴らしいものだった。「聖フォア」は三世紀にわずか12歳で殉教した少女でその骨がここの教会の宝物殿にあった。彼女、キリスト教を捨てるように言われるが決して捨てないので、まずは火炙りにあうのだが、多数の鳩が飛んできてその羽が起こす風で火が消えてしまう。次に剣で殺そうとするが剣が折れるという奇跡が起こるのだそうだ。「聖フォア」から「マリア様」、そして「イエス・キリスト」経由で「神様」へと願いは繋がり、叶えられるのだそうだ。信仰とはそういうものなのだろう。今日は雨模様だ。もう数週間すると霧と雨で視界ゼロになってしまうという。コンクの村も落ち着いた雰囲気のある場所だった。宿泊している「ロカマドール」へ戻る。ここの教会がまた素晴らしい。キリストが処刑された「ゴルゴダの丘」を模した道があり、その曲がり角毎にキリストの受難を現した彫刻があった。ここには「黒いマリア様」像がある。これはバルセロナの近郊にもあったが、この黒いという意味は「土から生まれてきた」ということの象徴らしい。この教会へ昇るは階段「216」段だそうだ。キリスト教にとっての大切な数字「3」がこれに含まれている。これが重要なのだそうだ。「三位一体」も「3」だから。この階段「巡礼者の階段」と呼ばれ、膝で昇るらしい。これによりキリストの苦難を体験するのだそうだ。ユダヤ人でありユダヤ教徒でもあったイエスが所謂「新興宗教」を12人の弟子たちと起こし、世界中に布教されるようになったのも「摩訶不思議」というべきか?「奇跡」というべきか?ユダヤ教に新しい解釈を付けてキリスト教を作ったイエスが偉かったのか?さて世界遺産を巡る旅もそろそろ佳境に入ろうとしているが、天候が今一だ。この季節を「秋の五月」と地元では言うらしいが、五月は雨の多い季節らしい。まあ言ってみれば日本の梅雨のようなものなのだろう?10億人のカャ潟bクが全世界におり、各地に教会があり、そこに信仰があるということは我々日本人、少なくとも私には理解するのが難しい。だが、こうやってヨーロッパを訪れるとカャ潟bクとプロテスタントの差はあれ、「キリスト教文化の浸透度合い」がよく分かる。さてフランス人の気質は「個人主義で気まぐれな性格」が特徴的らしい。確かに道路を走る車を見ていても、後続車がいてもマイペースで走り通していた。人の迷惑など関係なく利己的に動くらしい。それとフランスとイタリアは離婚率が高く、結婚しても財布の紐は夫が持ち、妻には必要額しか、それも一日毎に渡すという。釣った魚には餌を与えない。また「妻と母親とどちらが大切か?」と問われれば、「母親」と答えるという。フランスには4つの「巡礼の道」があり、それがピレネー山脈の手前で合流し、スペインへと向かい、サンチャゴ・デ・コンポステーラのゴールへと繋がる訳だ。その途中に沢山の「巡礼宿や施療院」があり、昔は死を覚悟した苦難の巡礼の旅で、命を落とす人たちも沢山いたらしい。ピレネーには山賊もいて、旅人を襲ったという。昨年観た映画「星の旅人たち」に触発されて11月に北スペインを訪れたが、偶然その映画の一部分をこちらのテレビでやっていた。その映画は巡礼の旅にでた息子がピレネーでの事故で死亡してしまう。カリフォルニアの医師だった父親が息子の骨を背負って、息子の意思を貫徹するために巡礼の旅に出て、そこで色々な巡礼者に巡り合い、苦労してサンチャゴ・デ・コンポステーラに辿り着くというものだ。「巡礼の道」のところどころに「帆立貝」のマークがある。イエスを「ヨハネ」が洗礼する時に使ったのも帆立貝だ。今はサンチャゴ・デ・コンポステーラに埋葬されている「聖ヤコブ」の遺体は帆立貝に覆われて見つかったと言われているし、キリスト教にとって帆立貝は非常に重要なものだそうだ。

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