「千万ドルの夜景?」

「J  REPORT 2014 3月第4週」
「リタイアメント・ノート 5年9ヶ月目」、
「VOL。839 SINCE AUG.12th、1983」
「千万ドルの夜景?」
久々に長崎に行った。会社生活の時には度々訪れた街だが、リタイアしてからは初めてだ。港にへばりつくように発展した街、坂の街、歴史の街、そして地元では「新世界三大夜景」(一千万ドルの夜景)と称している街でもあった。昼間は「大浦天主堂」と「孔子廟」を訪れ、夜はケーブルカーで山頂に登り、夜景見物をした。まあ、眼下にはパラパラと街の光があるが、圧倒的な夜景とは言えないだろう。修学旅行生などもいて、ケーブルカーは30分待ちだった。ただ、夜空に「十六夜(いざよい)」の月が大きく光り輝いていた。こちらのほうが寧ろ印象的だった。昔、日本が唯一海外に窓口を開いていたのが長崎だ。近代文明はここを足場にして入って来たと言っても過言ではない。幕末の志士たちも、オランダ語を学ぶ者も、医学を学ぶ者も、全国各地から若者たちがこの地に留学してきたのだ。海外に雄飛しようとした者もやってきたのが江戸時代の長崎だった。そして次に注目されたのが、昭和20年8月11日の原爆投下だった。こんな小さな街だが、良港があり、三菱重工のドッグもあり、攻撃対象とされてしまったという。終戦のきっかけとなった悲劇の街でもあった。今はそんな雰囲気は全くないが、明と暗の歴史が交差する街でもあったのだ。

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