「ユニコーンズ・嵐が丘倶楽部の会」

「ユニコーンズ・嵐が丘倶楽部の会」
母校のアメリカンフットボール部OBの会で昭和43年卒から49年卒までの仲間内で「嵐が丘倶楽部」というのを作っている。今年も2月に台湾旅行したし、年に2回程度は集まって飲んでいる。皆、大体現役当時からは太っているが、元気だ。さて、この「嵐が丘」というのは我々が練習していたグラウンドに付けられていた愛称なのだ。ところが誰がこの愛称を付けたのか?全く分かっていない。そこで調査を依頼されたのが私だった。取り敢えず先輩の方々に問い合わせのメールを入れた。果たして真相は分かるのだろうか。その嵐が丘グランドだが、私が高校一年生の10月10日の練習前、グラウンド整備をしていた時に東の空で自衛隊機が五輪の輪を描いていた。そう東京オリンピックの開会式の日だった。当時は高い建物もなく、日吉の丘から神宮上空がくっきり見えた。このグラウンドの下を東海道新幹線が走っている。小高い丘だし他に何もなかったから、荒涼とした風景から恐らく想像して「嵐が丘」と名付けられたのだろうとは思うが、付けた人は本当にセンスの良い人だ。現在は母校の理工学部の校舎が建っている場所だから昔の雰囲気は全くない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です