「永代橋とスカイツリー」

「永代橋とスカイツリー」
永代橋の向こうにスカイツリーがある。江戸時代には考えも付かない風景だ。橋の右側が深川の下町になる。大川の川開きの花火見物の群集の重みに耐えかねて橋が崩落したこともあった。それでも橋は江戸庶民になくてはならないものだったので、直ぐに再建されたという。

「江戸の庶民の生活は楽だったか?68」
「風呂好き」
日本人は江戸時代から風呂好きだったのはご存知の通り。ところが実は2種類あった。一つは「湯屋」、これは所謂「銭湯」だ。「風呂屋」は「蒸し風呂」だった。流行っていたのは「湯屋」でこれには江戸で約600件ほどあり、「株」でその権利を売買していた。江戸時代と言うのは今で言う「協同組合」方式で「株」でそれぞれに業種が守られていた。即ち新規参入が防がれていた。湯屋の株は300両ほどしたそうだ。湯屋はだから儲かった。これには理由があり、火災が多かった江戸では自前の内風呂は殆どなかったから、湯屋を江戸の庶民は利用したことにもよる。さて、「株」だが、江戸時代は「株組合」が組織されていて新規参入を防いでいた。その代わりに幕府に組合として「運上金」を差し出して保護を得ていた。だが幕末になって「水野忠邦」の改革期に株組合の制度がなくなり、新規参入が出来るようになったという。

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