「ウズベキスタンの旅、後半」

「J  REPORT 2015 3月第2週」
「リタイアメント・ノート 6年9ヶ月目」、
「VOL。888 SINCE AUG.12th、1983」
「旅暦58、ウズベキスタンの旅、後半」61カ国目
3月3日(火)
英雄の「アムール・ティムール」=「鉄のスルタン(王)」は、欧州人には非常に好まれているらしい。理由はオスマントルコを一時的にしても支配下に置いたことによる。ご存知の通り、ヨーロッパの国々とオスマントルコは常に地中海の覇権を巡って、また聖地エルサレムを巡っても戦っていた。そのトルコを支配したティムールはヨーロッパにとってはある意味救世主みたいなものだったらしい。彼の時代の支配地域は、西はトルコ、東と北は今の中央アジア全体、南はインドのデリーだったというから広大だ。トルコがヨーロッパを攻めようとすると欧州はウズベキスタンに同盟を持ち掛け、またトルコも同じく同盟を持ち掛けるというような複雑な関係だったらしい。今も昔も政治の世界は汚い。昨晩は夕食の後、ライトアップされた遺跡群を訪れた。青のタイルを基調にした遺跡の壁面にライトが当たり、更に神々しくなっていた。はずだったが、疲れたので早々にホテルに戻ってしまった。というもの予定していたレストランが停電でろうそくの灯りを頼りにしての夕食となった。やはり落ち着かない。電力事情ということでやむなく、闇鍋状態で食事をしたので疲れ果てて即帰りとなった。あとから分かったのだが、ライトアップは大統領訪問のために中止になっていたということだった。気が付いたが、ウズベキスタンでは列車の踏切では日本と同じように一旦停止が義務付けられている。欧米では線路の踏切は安全確認さえすれば警報がなっていない時は自由に渡れる。日本とウズベキスタンは同じように一旦停止だった。サマルカンドからタシケントには列車の旅となった。約3時間半。ある女性からの依頼で列車内にて「江戸学」のようなものを講義してしまった。これまで知っている江戸や江戸時代についてのお話しを延々とさせてもらった。駅に入ると鉄道の点検員がやってきて、打音検査をしていた。さてウズベキスタンの休日だが、3月8日が「世界婦人デー」、3月22日が「春の祭り」、5月9日が「終戦記念日」、6月1日が「こどもの日」、9月1日が「独立記念日」、だそうだ。1991年にソ連邦から独立した。漸く出発地のタシケントに着いた。この国の鉄道も空港同様非常に厳しい警戒態勢にあり、入口で荷物検査を行い、駅構内に入る。だから駅には乗客しかいない。迎えの人はかなり離れた場所で待機しているしかない。どうみても社会主義国家の管理体制みたいだ。余談だが、昨日は大統領の遊説でやむなくバスを降りて徒歩でホテルまで戻ったが、バスの運転手がその場で何と5時間も待たされたという。これが民主的な国なのだろうか? まあそれでも見も知らない我々に挨拶をしてくる国民性には驚きだ。駅に入ると鉄道の点検員がやってきて打音で不具合の有り無しを判定していた。

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