「麟祥院からたち寺」

「麟祥院からたち寺にて」
麟祥院には「春日局」(かすがのつぼね)の墓があると知り訪れた。東大病院入り口付近にその寺はあった。立派な山門だ。(写真:K1)

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(写真:K2)
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入り口で墓参りをしたいと申し出たところ、係りの女性が案内をしてくれた。実に立派な墓だ。(写真:K3)
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3代将軍家光公が寄進したものだという。ご存知「春日局」は、稲葉家の嫁だったが、家光の乳母となり、2代将軍秀忠が家光の弟を将軍跡取りと考えていた折、駿府の大御所家康に直訴し、長兄である家光を将軍とするように訴えたということがあり、家光はその恩に報いた。(写真:K4)
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K3の写真には家紋が二つある。一つは「葵の御紋」、勿論将軍家の家紋だ。もう一つが稲葉家の家紋だ。家光が送ったということがよく分かる。結果として、実家の稲葉家も大名に取り立てられた。春日局の墓の隣には春日局の孫の妻の墓があった。(写真:K5)
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墓の前に演義が書かれていた。(写真:K6)
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駐車場に椿が植えられていた。赤と白の椿だ。隣にはお地蔵様が並んでいる。椿は武家には不吉と嫌われる花だ。理由は花が突然ぽとりと落ちる姿が首を打たれる姿を連想することから来ているようだ。
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この麟祥院の別名が「からたち寺」と言うのだが、由来はこの辺りにはからたちの花が沢山あったことによると係りの女性は仰っていた。静かな寺だった。