「古都、アユタヤ」

四日目
ちょっと遅れて食堂に行ったら、満席状態で混雑していた。お粥も生姜が無くなっていたし、飲み物のグラスもなくなっていた。それでもしばらくして席に案内されて、またまたお粥を食べた。
古都「アユタヤ」に行く。アユタヤは3度目だ。数年前に洪水でこの世界遺産のこの土も2mほど水を被ったという。(写真57:洪水跡)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

日系の自動車工場も被害にあったと聞く。この遺跡も漸く復旧したようだった。名物?の木の幹に埋もれた仏像には人が沢山集まって写真を撮っていた。(写真58:仏像)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

ここの遺跡の仏像は殆ど全て古いものは首が無くなっている。盗まれたのだろう。世界遺産だというが残念だ。(写真59:首なし仏像)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

3基の仏塔があった。14世紀から400年以上も続いた「アユタヤ王朝」の3代の王の墓だそうだ。(写真60:仏塔)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

それにしても遺跡の保存状態がよくない。本来アユタヤには王朝の離宮や、日本人町などもあるのだが、半日観光なので遺跡やお寺を簡単に巡るだけで、次は「象乗り場」へと向かう。小象がなかなかの芸達者だ。(写真61:小象)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

象たちは働き者だ。(写真62:象)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

話しは変わるが、タイの人の収入だが、日当が300-350バーツだという。単純計算で日本円にして日当1000円強から1500円程度、即ち日本のアルバイトの時給程度だ。随分賃金格差があるようだ。また軍事政権下、どのビルも入り口にはガードマンがいれ、原則荷物チェックしていたし、金属探知機も置かれていた。それにしてもバンコク市内はあちこちでビル建設が行われていたし、郊外では鉄道の建設が進められていた。やはりインフラ整備が遅れていたタイが経済発展に伴い、大きく変貌を遂げようとしていた。最後は市内の世界遺産ではないお寺だ。人々はお祈りをして供物を捧げ、金箔を仏像に貼る。(写真63:金色の仏像)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

自分の弱い部分を直しても貰うために仏像に託すのだという。まあタイの人の願いは本当に多い。神頼み、仏様頼みで願われる方も大変だろう。狛犬ではなく「うさぎ」がいた。(写真64:コマウサギ?)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

アユタヤ滞在2時間半でバンコクへ戻る。今夜はスイス料理で「チーズ・フォンデュ」を食べる。ワインの香りと味が濃厚なチーズに野菜やパンを浸して食べた。(写真65)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

(写真66)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

追加でサーモンを焼いてもらった。(写真67:サーモン)
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

美味しかったというしかない。初日のステーキ、翌日はタイ宮廷料理、次がしゃぶしゃぶ、そしてチーズ・フォンデュと美味しいものを食べまくった。