「豊洲から月島へ」

「自宅から銀座まで歩く、その2」
「豊洲から月島へ」
豊洲は元々工場地帯だった。その中心が「石川島播磨重工業」のドックだった。その他、三菱製鋼、三井製糖、等々の工場群が豊洲から東雲、有明と続いていた。今残っているのはIHIだけで、「IHI豊洲ビル」となっている。(写真:IHIビル)

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IHIの前は「晴海通り」が走っている。IHI前の交差点を2月の「東京マラソン」ではランナーが走る。35km付近だ。この辺りを走る時は一般ランナーはもうへとへと状態だ。(写真:IHI前交差点)
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この交差点には「日本ユニシス本社」が入るビルもある。橋を渡ると江東区から中央区晴海地区となる。この辺りは住宅街だ。更に進むと「もんじゃ焼き」で有名な「月島」だ。確かにもんじゃ焼きの店が商店街の8割ほどを占めているようだ。(写真:月島商店街)
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もんじゃ焼きも好き嫌いがあるようだが、土日ともなると結構観光案内の本を持った人たちが店を探して、うろうろとしているのを眼にすることが多い。(写真:月島商店街のもんじゃ店並び)
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さて月島を抜けると晴海通りだが、その手前の掘割には小型の漁船の船溜まりがある。なんとなく下町の風景だ。(写真:月島の船溜まり)
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反対側には「屋形船」の船溜まりがあった。(写真:屋形船)
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やはり、月島も下町の風情が抜けて高層マンションが次々と建てられている。どこも都内は昔の姿が失われていくのは仕方ないのだろう。