「長岡・花火の旅」

「J  REPORT 2022 8月第2週号」 
「リタイアメント・ノート 13年2ヶ月目」
「VOL.1276 SINCE AUG.12th、1983」

「旅暦 第116話」「長岡・花火の旅」
午後7時過ぎ、長岡市を流れる信濃川の河川敷に集まった人たち。(写真:A5)
(写真:A6)
今年から有料席しかない花火大会だ。徐々に席は埋まり人々の期待も高まる。昨日はテレビ中継があったりしたが、本日はどうなのか?一番の心配は雨だ。空に雲は厚くあるものの、今のところ降り出す気配はない。
そして午後7時25分。鎮魂の祈りを込めた花火が打ちあがるカウントダウンが始まった。
「長岡まつり大花火大会」の歴史を簡単に知ろう。明治2年に初めてこの地で花火が打ち上がった。戦時中一時中断したものの、昭和20年8月1日の長岡空襲で約1500名の人たちが亡くなり、その鎮魂のために翌年昭和21年8月1日から「長岡まつり」が復活、更に昭和22年8月2日から「大花火大会」を再開したという。
そのため最初の花火は「鎮魂・白い花火」として「白菊3連発」の打ち上げだ。(写真:A7)
目の前で大輪の花が開く、ドスンと身体にまで響く音と空振、感激の瞬間だった。
大きな橋一杯を使った「ナイヤガラの滝」(写真:A8)
花火はそれぞれスポンサーが付いており、「大作何番 スターマイン」と告げられてから打ちあがる。それではご覧いただこう。(写真:A9)
(写真:A10)
(写真:A11)
(写真:A12)
ここで少し雨が降ってきた。レインコートを着る人もいるが、私は何もしない。
開始から約1時間後「フェニックス」だ。「ジュピター」の美しい曲に合わせて花火が打ち上がる。これは凄い。(写真:A13)
(写真:A14)
(写真:A15)
(写真:A16)
(写真:A17)
(写真:A18)
午後8時には「大作??番、尺玉100連発」(写真:A19)
(写真:A20)
(写真:A21)
(写真:A22)
(写真:A23)
(写真:A24)
「正3尺玉」直径約90cm、重さ300kgを三弾ロケットのようにして打ち上げる。(写真:A25)
(写真:A26)
(写真:A27)
フィナーレを飾る花火たち。興奮は最高潮に達する。(写真:A28)
(写真:A29)
(写真:A30)
(写真:A31)

助かったのは、風向きが我々の後ろから川に向かって吹いていたことだ。

花火の後の煙は我々を越して去っていった。


最後は全国の有名花火師たちによる花火だ。一人がたった一発だけ上げる。
(写真:A32)
(写真:A33)
(写真:A34)
信濃川に掛かる「長生橋」が七色にライトアップされた。(写真:A35)
午後9時20分、漸く今年の長岡大花火も終わった。但し我々のチームは席に留まり、午後10時に会場を離れバスに戻る。途中には「駐車場を出るのは24時頃」と書かれたプラカードもあり、予想では0時頃になるらしい。
しかし、意外や意外、我々のバスは午後10時40分には駐車場を出て、水上のホテルに向かうことが出来た。
途中の道路は大渋滞。(写真:A36)
雨が降ってきたがバスの中なので安心だ。最大の危機の雨を乗り切った感動の花火大会。三大花火と言われる「大曲」「諏訪湖」よりの長岡のほうがスケールが上だと話す人もいた。でも本当の花火を体感したというのが私の感想でした。
それでも群馬県水上温泉近くのホテルに着いたのは午前1時20分だった。お疲れ様でした。