「山形・長野、蕎麦の旅」「米沢編」

「J  REPORT 2022 4月第4週号」 
「リタイアメント・ノート 12年10ヶ月目」
「VOL.1260 SINCE AUG.12th、1983」
「孫息子が小学生に」
この間生まれたと思っていた孫息子「蓮」が小学校に入学した。ピカピカの一年生だ。(写真:入学)
3月生まれのため、体格的には小さな孫だし、これからの学校生活もハンディがあり大変だとは思うが、頑張ってもらいたいと爺さんは思っているのでした。
孫娘たちもそれぞれ小学校4年生と2年生になり、元気に通学しているようだ。成長が楽しみだ。

「旅暦109号 山形・長野、蕎麦の旅」
「米沢編」
JR東日本の「大人の休日倶楽部パス」を利用しての旅だが、先日の地震の影響で山形新幹線の運行が心配されていたが、どうにか14日より運航再開されたので旅を続行することにした。
まず訪れたのは米沢市。いつも行く「粉屋小太郎」だ。米沢藩御用達の店だ。行きの山形新幹線は白河を越すと桜が満開だった。(写真:C1)
何か桜前線を追い掛けているようだった。(写真:C2)
福島の山にはまだ雪があった。(写真:C3)
山を越えて米沢にもまだ冬の名残りがあった。(写真:C4)
蕎麦屋「粉屋小太郎」の店内の掛け軸だ。(写真:C5)
その下に女将の置物があった。(写真:C6)
嘉永六年六月の記載がある文だ。歴史が感じられる。(写真:C7)
実はこの店、嘗ての米沢藩御用達の店なのだ。頼んだのはいつもと同じ「割子そば五段重ね」だ。(写真:C8)
最初は身欠き鰊が乗っている。次の第2段目は「鮪の赤身」(写真:C9)
別にどんな具材を乗せてもいいのだが、まあ自分の好きに乗せよう。
第3段目は「長いもとうずら卵」(写真:C10)
第4段目は「なめこと辛み大根おろし」(写真:C11)
割子そばの食べ方(写真:C12)
第5段目は「海老天麩羅」(写真:C13)
蕎麦湯が出てきました。(写真:C14)
メニューを見てみよう。(写真:C15)
今日も昼時なので多くの客が来ていました。皆さん車ですけれどね。
店を出て暖簾を見る。(写真:C16)
(写真:C17)
店の由縁が書かれている。(写真:C18)
これによると江戸時代の米沢藩の武士が戦場に向かうのにこの店はすぐに腹を満たせる蕎麦を武士に提供したことから所謂兵站担当と認められ苗字帯刀を許され藩御用達となったということのようだ。
この店、やはり何度来ても美味い蕎麦を食べさせてくれる米沢一の店だと思う。
米沢駅から見た周囲の山はまだ雪が残っていた。(写真:C19)

近くに牛肉の店があるというので行ってみた。
それは「登起波(ときわ)」という明治時代創業の老舗だ。元々米沢は江戸時代から牛肉の産地で明治に入り皇室にも献上していたという。(写真:D1)
いやあ、凄い店だね。認定書です。(写真:D2)
(写真:D3)
「登起波漬」という牛肉を味噌で漬けた名物品を買い求めたが、まだ食べていないので、食べたら美味しいかどうか報告します。すると大型観光バスがやってきて沢山の観光客を店の2階に案内していった。米沢牛を食べるツアーのようで、どうやら人気の店のようだった。