「バルーン事故」

私が初めて「熱気球、所謂バルーン」に乗ったのは2008年9月の「オーストラリアはケアンズ」だった。早朝の日の出を目指して暗いうちからホテルを出て野原に向う。熱いバーナーの炎が吹き上げ、徐々に気球が膨らむ。あっという間に5?600mまで上昇する。日の出が見えてきた。私は高所恐怖症なのでなるべくゴンドラの内側にいて、決してゴンドラから乗り出すことはない。二度目は2009年11月の「トルコはカッパドキア」だった。どんぐり状の奇石が立ち並ぶ有名な観光地で乗ったのだが、圧巻だった。バルーンというのは上下の動きは可狽ナも後は風任せ。どこに飛んでいくのか分からない。従ってバルーン回収のためのトラックが下の道を走ってバルーンを追いかけるのが面白い。さて、実は恐ろしい話しをその後中国の「桂林」で現地ガイドから聞いた。それは桂林でもバルーン観光があり、今回のエジプトの事故と同じように火災が起きて、パイロットが地上付近で飛び降りたため、バルーンが軽くなり、そのまま上昇し、遂には落下して多数の欧米人が死んだという。そんな話しを聞いたこともあり、もう二度とバルーンには乗るつもりがなくなった。「ルクメ[ル」には2008年9月に訪れたことがある。だがその時はバルーン観光はやっていなかった。やっていたらきっと乗っていただろう。高所恐怖症だから本当は高いところは怖くてしょうがないのだが、ついつい好奇心によって乗ったのだが、もう決して乗るまい。佐賀県ではバルーン大会が毎年開かれる。何度か列車の中から色とりどりのバルーンの大群が乱舞するのを観た経験があるが、それは、それは美しいものだった。だから安全な乗り物なのだろうが、不幸と言うのはいつ訪れるか分からない。

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