変わる、銀座

「J  REPORT 2013 3月第3週号」
「リタイアメント・ノート 4年9ヶ月目」、
「VOL。784 SINCE AUG.12th、1983」
「変わる、銀座」
有楽町の街角にひっそりと「歌誌の碑」がある。その歌は「有楽町で会いましょう」だ。そこからほど遠くないところ、「数寄屋橋交差点」角に建っていた「銀座東芝ビル」が無くなった。勿論解体されて新しいビルになるのだが、日頃見慣れたものがなくなっても意外に気がつかないことが多い。「銀座西六丁目」のバス停のところにあった「新潟の米菓屋さん」が洋服店に変わっていたりと、知らないところでどんどん変化が起きている。東芝ビルもしかり、ちょっと銀座を見回してみても、その変化に驚かされることが多い。銀座にも「丸源」という名前の付いたビルが沢山あるが、テレビでここの社長の脱税が取沙汰されていたが、なんとピーク時には全国で約1000ものビルを持っていたというから凄い。年齢81歳というから若い時から不動産で財をなした人なのだろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。