「ボート練習」

「晴海運河」に二艘のボートが走っていた。目の前の「東京海洋大学」のボート部だろう。行き交う船もなく、水面を走る姿には清々しさも漂う。正に「スポーツの秋」だ。

「江戸の庶民の生活は楽だったか?28」
「藪蕎麦」
江戸の人たちは今の日本人同様「蕎麦好き」だった。元・N間の末頃(元・P5年、1702年には赤穂浪士の討ち入りが起きている。だからその当時と思えば良い)、雑司が谷の鬼子母神近くの農家が蕎麦を出し、美味いと評判だったという。その場所が「藪之内」というところだったので、誰からともなく「藪蕎麦」と呼ばれるようになったという。所謂「二八蕎麦」は小麦粉と蕎麦粉の配合割合だが、「二八、16文」が蕎麦の一般的な値段となった。江戸では「濃い目の鰹出汁」にちょっとだけ浸して食べるのが粋とされた。「挽きたて、打ちたて、茹でたて」の「三たて」が蕎麦の美味さの持ち味を引き出すのは今も昔も変わらない。さて、「神田の藪蕎麦」は火事の後、どうなったのだろうか?再開はいつになるのだろうか?そんなことを考えているうちに「新蕎麦」の季節になっていた。

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