「もう一つの墓参り」

「もう一つの墓参り」
母の墓参りに言った同じ日の午後、違う場所に墓参りに言った。これは既に33年前になる1981年10月21日が命日の方の墓参りだった。T氏は当時ある大手広告代理店の現役役員だった。それ以前我が母校のアメリカンフットボール部の監督だった時代が10年ほどあった。私自身は高校時代だったが、早慶戦の前にはユニフォーム授与式というのがあり、高校生の我々にも直接T監督から手渡された。学校を代表してユニフォームを着てグラウンドに立つということの意義を強調されていた。名誉でもあり矜持でもある母校のユニフォームを汚すなということだ。そのT氏が亡くなって昨年は33回忌だった。今年は私たちの年代が当番幹事で「パパの会」というT氏を偲ぶ会を開くので、その幹事としての墓参りだった。一日に2度の墓参りというのも恐らく経験することはないだろう。世田谷の等々力の住宅街の中にある「満願寺」にその墓はあった。本当に静かな場所に小雨が冷たく打ち付けていた。

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