「春の雪」

東京も久々に白一色となったそんな日。都会の雪はあっという間に融ける。誰が作ったのだろうか?小さな雪だるまがまだ残っていた。3月も半ばになり流石に春めいてきた、と思ったらまた真冬のような寒さと雪。寒くなったり暖かくなったりしながら春の足音が微かだが聞こえてきたのだろうがいつになれば春になるのか?梅の開花が遅れているらしい。さて、思えば大学卒業の年の3月、友人達と車で雪の北海道にスキー旅行に出掛けたことがあった。3月1日に東京を出発して、群馬の前橋で友人の一人を乗せ、総勢4人は一路国道4号線を青森に向った。夜明けは仙台バイパスだった。青森の途中でスリップして車は約2mほどの崖下へ転落したが、直ぐに通り掛ったトラックに引き上げてもらい、怪我もなくすんだ。青森で一泊して青函連絡船に車を乗せて函館へ。函館でまた一泊してニセコに到着。ニセコアンヌプリに登ったが一瞬の内に霧が出て周囲が全く見えなくなり、慌ててスキーで下山したが、まさに死ぬかと思った時だった。今思えば笑い話だが、途中隊列を組んで登ってくる登山パーティーに遭遇して難を逃れた。ニセコは森林限界線の上にある山なので樹木等の目印が全くない山だった。北海道の道路を夏タイヤを履いた我々はチェーンの着脱を何度も何度も行いながら走った。雪道になればチェーンを直ぐに着け、普通の道路になればチェーンを直ぐに外す。それでも数本のチェーンが切れて使えなくなった。約1週間ニセコにいた後、札幌に。札幌では手稲山でスキーをしていよいよ旭川経由で大雪山系の山でこれまたスキーを堪狽オた。その時、ロープウェイの下で捜索隊に発見された自殺者の女性の遺体が収容されているのを見かけた記憶がある。夜に宿を出て雪の中で凍死したのだということだった。約3週間に亘るスキー旅行を終えて横浜の自宅に戻った時はすっかり春だった。そして4月に就職して最初の勤務地が仙台だったのは何の偶然だったのだろうか?スキー旅行中の雪の仙台バイパスの風景は今でも覚えているから不思議だった。

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