「旅暦回顧録 第8話 韓国編」

「旅暦回顧録 第8話」「韓国編」
2009年7月にソウルを訪れた。それ以前に出張でソウル(1994年5月)とプサン(1998年4月)を訪れたことがあった。
短時間の旅でソウル市内のみを廻るツアーだったのと、当時のデジカメの性能が悪くて暗い画像しか撮れていないので、写真は最小限にした。
これはどこかソウル市内の景色で住宅街かな?(写真:A1)

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梨泰院で見た土産物屋だったろうか?(写真:A2)
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ソウルタワー近くから見た市街地。(写真:A3)
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市内北部にある王宮には復元された建物が沢山あったが、余り印象にないのが残念だった。
「慶会楼」(写真:A4)
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民族衣装の人たち。(写真:A5)
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「興礼門」(写真:A6)
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「玉座」(写真:A9)
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(写真:A10)
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市内の道路は戦時対応で戦闘機の離着陸が出来るような広さになっている。そして交差点には間違いなく地下通路があり、防空壕を兼ねている。ここが未だ準戦時下だということが分かる。やはり日本とは違う。
お地蔵様かな?(写真:A8)
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「漢江」ソウルの南を流れる大きな川だ。(写真:A11)
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以前出張で来た時には立派なレストランに連れていかれた。ロッジがあちこちにあり、そのロッジの中が貸し切りになっているタイプでの食事だったが、今回はツアーなのでごく一般的な市内のレストランで、ありきたりの韓国料理を食べたと記憶している。韓国料理は好きな方なので苦にならない。辛いのも好きだし、性に合っているのかも知れない。3泊4日の旅でした。買い物もしないので手ぶらで帰ってきました。
それにしても「やった方は忘れても、やられた方は忘れない」の言葉通り、文政権になってからの日韓関係は酷いものだ。元々明治初めの「征韓論」からその後の「植民地化」となる訳で、確かに根深い問題だ。だが、いつか改善しないと前に進めないということを両国民共に分かっているのだろうが、一体いつまでこんな関係が続くのか?これでは韓国に旅行しようとは思わない。