「ポストイナ」

5月17日(日曜日)
最後の訪問国スロベニアの「ポイトイナ」にはヨーロッパ最大の鍾乳洞がある。早朝から散歩に出掛ける。海沿いの遊歩道を歩く。少し肌寒い位だ。「カモメと少女」という像が海に向かって建てられていた。小一時間歩き、食堂へ。今日も同じような食事だ。ビュッフェスタイルだから仕方がないのだが、ヨーロッパ式で野菜がない。ハム、ソーセージ、卵が主体に度も何度も通関手続きに追われる。いよいよ「ポストイナ」の鍾乳洞だ。ヨーロッパ一の規模を誇るものだけに観光客も多い。スロベニアはユーロが通貨だ。これまでも各地でピンバッジを買い求めて来たが、ここでも見つけたので買った。3.5ユーロ。さてトロッコ列車に乗り、いよいよ地底探検に向かう。何度来ても素晴らしい光景が続く。巨大な洞窟に鍾乳石の「つらら」や柱が立ち並ぶ。まあ、一度ご覧になってください。写真は洞窟内で一番美しいと言われている「ブリリアント」という石柱だ。真っ白になっているのが凄く印象的だ。約1時間半、1.5kmのウォーキングだ。帰りも勿論トロッコ列車だ。洞窟内の気温は10度、外は20度を越えている。その温度差と太陽の眩しさに驚く。偶然昼食時に韓国と中国の団体を一緒になった。同じような顔をしているのに服装も違うし、なんだか変な気分だった。多分向こうも同じことを感じているのだろう。午後からオーストリア国境近くのブレッド湖とブレッド島の教会に向かう。風光明美な土地で船に乗り、島へと渡る。教会では無料で鐘を突かせてくれた。お祈りをして願い事をすると叶えられるそうだ。この鐘、下から紐を引くのだが、かなりの力が必要だ。帰りがけに結婚式を思われる人たちが島に上陸してきた。少しすると教会の鐘が連打されて結婚式を祝福していた。もう残すところ一日となった。明日はリュブリアーナ市内観光と最後の地、クロアチアの首都「ザグレブ」に行き、トルコ経由で帰国するだけだ。
5月18日(月曜日)
リュブリアーナは流石首都だけあって、綺麗な街だ。午前中主な市内観光をしてから、再度クロアチアに入る。この国境の入出国が実に面倒だ。スタンプがかり押されて本当に時間の無駄だ。EUだったり、そうでなかったりと、ころころ変わるので本当に困った。さて、高速道路でクロアチアの首都ザグレブを訪れる。勿論二度目だが、大聖堂や政府庁舎、旧市街を見て空港に向かう。この旅ではピンバッジを幾つか求めた。2010年頃から集め出して、もうかなりの数になった。記念にその国の国旗や紋章のバッジを集めているが、安いので助かる。大体日本円で500円程度だろうか?まあ変なお土産を買うよりはよほど増しだろう。今回はそれでも5か国訪れたので全部で6?7個は買ったはずだ。最後にザグレブの空港のラウンジで過ごし、イスタンブール経由で成田に向かうが、イスタンブールのラウンジは大きいがほぼ満席状態で凄いハブ空港だと認識させられた。ワインとケバブを味わい、トルコ航空機に乗り込んだ。約12時間後には成田だ。今は機内でこれを書いている。後3時間で成田だ。6月は国内旅行だけで、7月には、またまたトルコ航空で今度はバルカン半島の東側のブルガリア、ルーマニアを訪れる予定だ。長い空の旅が徐々に身体に堪える歳になってきたかと思うと元気なうちに旅をしておかなければとの思いを強くするようになった。
以上、勢古口が旅の空からお送りしました。
PS:今回の旅の印象を振り返って観ると、まずはヨーロッパ最貧国の一つアルバニアで乞食が多かったことに驚かされ、ボスニアヘルツゴビナでは2009年の時より、戦争の傷跡が殆どなくなっていたこと。クロアチアでは若い人たちが多かったこと。スロベニアは豊かな国になりつつあること。首都のリュブリアーナの青空市場の屋台で食べた揚げたてのワカサギが美味しかったこと。肩から斜め掛けするバッグを私は右からから左へ掛けるのだが、日本だと2割程度しかいないのが、ヨーロッパではほぼ半数が右掛けをしていたこと。そしてどこでもワインが美味しかったこと。「ドバルダン」というのは大体どこの国でも通じた現地の挨拶用語でおはようにもこんにちわにも通じたこと。石灰岩の山が続いていたこと。因みにバルカン半島のバルカンとはトルコ語で山が多いという意味らしい。ドイツベルリンの壁が崩壊後、ユーゴスラビア連邦も独立運動に晒され、国家分裂の中で内戦が勃発し、多くの人命が失われたこと。それが20年経ち、漸く普通の生活に戻りつつあることを感じた旅でした。

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