「人生は旅の如くーイギリスにて」

「J  REPORT 2024 4月第2週号」
「リタイアメント・ノート 14年10ヶ月目」
「VOL.1362 SINCE  AUG.12th、1983」

「走るな! 転ぶな! 風邪引くな!」が老人には大切らしいです。㔟古口
追加して「癌になるな」もね。

「人生は旅の如くNO.3-2009年編・第1話イギリスにて」
私の趣味は、「旅行」「読書」「食」、それに「映画・美術・歌舞伎鑑賞」と続くのだが、最近は身体が動けなくなり屋外活動と縁が薄くなった。だから今年の桜も観られるのだろうか心配だ。
60歳直前に会社を辞めて旅行三昧の隠居生活に入った私が2009年の海外への旅は何と12回だった。この頃膝は痛めていたがまだまだ元気だったのだ。
振り返って2008年は初尽くしの旅だった。7月のカナディアンロッキー、8月のスペイン・フランス、9月のエジプト、そして10月のアメリカ・ニューヨーク。NYK以外は全て初めての地だった。その後何度も行くことになるので、詳しくはその時にまた述べよう。
さて2009年は活動に力が入った年になった。5月のイギリスには1週間いた。大英博物館から歩いてすぐのホテルに泊まった。従って主に市内では博物館を中心に廻った。子午線のグリニッジや名前は忘れたが、小川に沿っていた美しいイングリッュガーデンの街も訪れた。勿論バッキンガム宮殿や金融街のシティ、ウェストミンスター寺院、ビッグ・ベン、タワーブリッジ、ロンドンブリッジ等も歩き回った。実はロンドンには出張で1984年4月に高炉メーカーの方と訪れていたので2度目だった。東ではカンタベリー、西はお風呂の語源と言うバス(BATH)や大学で有名なオックスフォード、またストーンヘンジにも、そして北へは湖水地方にも行った。観光客向けの安いレールウェイパスを購入していたので電車を利用して廻った。伝統であると同時に郊外には田舎が広がるイングランドに驚いた。貴族階級の支配する領地のような小さな街、ロンドンを出ると直ぐに牧草地や広大な農地になりそこに小さな集落がある。その中心部には高い教会の尖塔が必ず見える。これほど教会があるとは思わなかった。まあヨーロッパ全体に都市と教会とのコラボは当たり前なのだが。
食はインド料理にも中華料理も勿論イギリス風の料理も食べた。噂ではロンドンの飯は旨くないと聞いていたが、そんなことはなかった。湖水地方では列車の時間の都合でフィッシュ&チップスを慌てて食べたが、魚のタラが大きくて流石の私も食べるのに時間が掛かり、あとは駅まで走った。ホテル近くの中華料理屋で食べた麻婆豆腐が余りにも辛くて下痢気味になったこともあった。
郊外の道路は殆どの交差点が所謂「ラウンドアバウト」で円形の時計回り(イギリスは日本と同様左側通行だから)の道をぐるぐる回る無信号方式だった。交通量が少ないから可能なのだろうか?日本でも試みたみたいだが実行されたとは聞かないから渋滞が増えたのだろう。またイギリスの道は100%舗装されていると聞いていたが本当だった。イギリスはローマ帝国の植民地時代があり英語の単語の何と40%はラテン語由来だというから、ローマの力を感じざるを得ない。
初めてロンドンのヒースロー空港に着陸する直前に観た戸建て住宅に停まっていた車の色に赤が多いのにびっくりしたことを思い出す。同時に市内の所謂長屋方式の二階屋に煙突のある家が労働者用の家だということも知った。市内の高級住宅街はやはり綺麗な町だった。今思い出しても楽しい一人旅でした。