「想い出話し」

「J  REPORT 2023 7月第3週号」
「リタイアメント・ノート 14年1ヶ月目」
「VOL.1324 SINCE AUG.12th、1983」

「走るな! 転ぶな! 風邪引くな!」が老人には大切らしいです。

「想い出話し」
私が総合商社の丸紅を辞めたのは、51歳の誕生日直前だった。その前年、社内で直属の常務が株式のインサイダー取引に関与したとして解任させられ、その余波でSECが各証券会社に丸紅社員の最近の株取引の実態を報告させたのだった。偶然私はあるゼネコン株を安値(1株16円で1万株)で買い、1か月ほどで売り抜けて儲けていた。そのことのために大坂から東京の人事部に呼ばれ証言を求められた。事実を全て話したが、その結果、翌年4月に倒産していたD社への出向を命じられ赴任した。たった1万株への報復だった。実はこの時、証券会社の担当に1万株ではなく10万株というつもりが、小心者か1万株と言ってしまうというミスを犯していたことを思い出す。
そして嫌気がさした私は8月末に丸紅を退社し、出向していたD社に転籍し、その後更生会社だったD社の役員になり、会社更生法を脱し普通の会社になることが出来た。これが逆に言えば私に財産をもたらせてくれたのだった。
更生会社を脱するためには普通の会社にする必要があり、新しい株式会社を造らなければならない。そこで新会社への出資を求められた。今後またまた倒産するかもしれない会社への出資だから、皆が嫌がっていたが、私は営業本部長として思い切って出資を決めた。これが後に財をもたらしたのだった。丸紅にいたらこんなことは絶対に怒らなかっただろう。創業者利益というのだろう。