「象の見世物の絵」

私は年間約300冊以上の本を読んでいる。その大半が「時代小説」と呼ばれるものだ。そんなことから「江戸時代」が比較的現代にも近く、また人々の様々な暮らしが分かるという点でも面白く、読みながら色々と調べると更に面白みが増してきた。そこでこんなシリーズを書いている。

「江戸の庶民の生活は楽だったか?18」
「武士とは?」
武士とは「君主」である「将軍」に仕える「旗本・御家人」や、「大名」に仕える者「家来」で「名字、帯刀」、「裃(かみしも)」ないし「紋付き羽織、袴」を許されていた。すると「浪人(牢人)」は仕える者がいないのだから「武士」ではなかった。どちらかというと中途半端な、武士でもない(嘗ては武士だったのだが)だからといって町人でもないという具合だ。本来武士は戦闘集団だったはずだが、大平の世になった江戸時代の武士とは所謂「役人」となってしまった。大名の家来もそれぞれの役目を負っている役人だし、幕府の旗本や御家人も幕府の役人だった。江戸は兎に角武士が多い「武士の町」だった。全国の300余ある大名家は皆江戸に妻を住まわせ、参勤交代で江戸と国許を往復したし、家来達も江戸住いか国許住いかだが、かなりの人数が江戸にいた。また江戸は富を産まない武士たちが多いから、その消費を賄うための町人(商人、職人、物売りら)農民、漁師などが必要だったから、その面でも商業が発達した。また江戸は火事の多い都市だったから、地方から木材をはじめとして米なども多量に運ばれてきて物流も盛んになっていた。だから「江戸は武士の町でありながら、町人の町」でもあったのだ。話しを「浪人」に戻す。黒沢明監督作品「七人の侍」で主役の浪人たちは「袴」をはいているが、本来武士以外には履いてはいけないものなのだが、未だ「武士の矜持」を捨てられない輩が沢山浪人にはいたということが分かろう。旅をする時には「野袴」を穿いたから、牢人は旅の途中と考えればいいか。そうそう幕府は武士にも町人にも「鬚(ひげ)」を禁じていたという。だから鬚を生やしているのは「儒者」か「医者」か「無法者」か、ということになるらしい。いずれにしても「鬚は禁止」だったというから面白い。

「見世物」
江戸時代にも「見世物」は人気だったらしい。「江戸東京博物館」の催し物にあった江戸時代の絵には、南蛮渡りの「象」が描かれていた。注釈によると見世物にするために連れて来られたらしい。勿論「長崎」から歩いて連れて来られたようだ。当時、長崎のオランダ人たちも毎年江戸の将軍様に謁見するために訪れていたから、「紅毛人」をある程度見慣れていた江戸の市民も「象」には驚いたらしい。

「明治時代の銀座レンガ街」

松坂屋銀座店のことを書いたのでついでに明治時代の「銀座レンガ街」の模型の写真を掲げてみた。これも「江戸東京博物館の常設展示場」にあるもので、1900年頃の銀座をよく浮オているといえよう。道の真ん中に鉄路があり、「鉄道馬車」が走り、周囲の建物はレンガ造りのモダンなもので、そこを洋装の男女が歩く。正に「近代国家の象徴」とも思えるものだ。「富国強兵」が叫ばれ、西欧文明に「追いつき、追い越せ」を合言葉に近代化を目指したもの、そのものの姿がそこには見えてくる。

「中国との戦争はあるのだろうか?」
沖縄周辺の島々を巡る「領土争い」は今後どうなっていくのだろうか?ひょっとすると「偶発的」なことから、それこそ日中戦争の口火となった「盧溝橋」事件のような事態が訪れないとも限らない。日本からは手を出さなくても、中国側から一方的な攻撃を受ける可柏ォは否定できないだろう。心配だ。とはいうものの中国は周辺国との領土問題や、多民族国家としての不安定な要素もある。更に内部にある「民主化」といった矛盾もある。どうやら中国は「国防費」より以上の金額を「内部統制」の為に費やしているという説すらある。「言論統制」のためのインターネットのチェックや「公安・警察」の増員だって相当な費用が掛かろう。「共産党一党独裁」は果たしていつまで続くのだろうか?21世紀に相応しい隣国になってくれるのはいつなのだろうか?最近の研究でホワイトハウスでニクャ淘蜩摎フとキッシンジャー補佐官との間の話し合いの記録が見つかり、それによると当時台湾を中国の政党政権と認めていたニクャ盗ュ権は「尖閣列島」を台湾に譲渡しようという話しが出た時に、キシンジャー氏が「サンフランシスコ講和条約」時に日本に戻したのだから、台湾への譲渡は反対」という意見にニクャ淘蜩摎フが従ったということが分かったという。中国よ、いい加減に拡大主義は止めろ!!

「徳川家康鷹狩りの像」

両国は「江戸東京博物館」の庭にひっそりと建っているのが「徳川家康」の像だ。なぜか「鷹」を手にして、「大亀」の上にいる。所謂「鷹狩り」の模様を浮オているものだ。家康が幕府を築いた当時の江戸はまだまだ田舎でちょっと足を伸ばせば「狩場」はいくらでもあったのだろう。創めて家康が「徳川幕府」を江戸に開いた1603年当時は「汐入」と呼ばれる「葦原」ばかりだったらしい。その後江戸は発展して行くが、特に大川の東側はその当時は江戸市中に含まれていなかったから、多分野原や林が沢山あったのだろう。だからこんな場所に家康の鷹狩りの像があるのだ。ご存知の通り、「鷹狩り」は戦争の訓練と同じだ。戦国最後の武将となった家康にとって訓練は常に必要で「常在戦場」の考えだったのだろうと想像できる。今、「日経新聞」夕刊で「天下・家康伝」が「火坂雅志」氏で連載されている。小説ではこれからいよいよ家康が封荘艪ナ活躍するようになるのだろう。

2013年の映画のお話し
映画「イノセント・ガーデン」(日比谷シャンテシネにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年91作目)
ニューヨーク郊外の豪邸。そこに住む夫婦と18歳の娘家族を悲劇が襲う。夫が事故?で死んだ。その葬儀に現れたのが、死んだ夫の弟だった。そこから不思議に人が次々と消えて行く。果たして理由は?誰かの作為なのか?一種のホラー映画でした。

映画「オブリビアン」(日劇にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年92作目)
2077年地球はエイリアンに侵略されてしまっていた。エイリアンにより月は破壊され、人類の大半は土星の月に移住したと考えられていた。まだ地球に残って戦っている数名の内の一人は墜落した宇宙船から人を救出した。そして遂に真実が明らかになった。

映画「ある会社員」(丸の内ピカデリーにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年93作目)
韓国映画。阜?ォは普通の会社と会社員だが、裏は殺人請負業というところの一人の男性を描く。兎に角撃ちまくる。

映画「バレット」(丸の内ピカデリーにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年94作目)
仕事は「殺し屋」という男性(シルベスタ・スタローン)が雇い主に裏切られた仇を討つというもの。

映画「リアル・完全なる首長竜の日」(有楽座にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年95作目)
一人が自殺未遂で意識が戻らない夫婦が、相手の頭脳の中に入り込み、その子供時代に原因がある出来事を発見するというお話し。ちょっと荒唐無稽かな?

映画「パパの木」(銀座シネスィッチにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年96作目)
オーストラリアの田舎、父親が突然死んでしまった。残された母親と4人の子供は自宅庭に生える木に父親が宿っていると思うのだが、、、。

日経新聞6月7日夕刊の「シネマ万華鏡」の評価では、「華麗なるギャツビー」が4つ星、「そしてAKIKOは・・・/あるダンサーの肖像」が4つ星、「ローマでアモーレ」が4つ星、「GIジョーバック2リベンジ」が2つ星、「エンドオブホワイトハウス」が2つ星、「奇跡のリンゴ」が3つ星、「蒼白者」が2つ星でした。

「私の去年2013年の映画の評価は?」
今年の★★★★★は、「舟を編む」
今年の★★★★は、「シェフ」「アルバート氏の人生」「ライフ オブ パイ」「東京家族」「ムーンライズ・キングダム」「ジャンゴ」「愛、アムール」「ヒチコック」「天使の分け前」「藁の盾」「アイアンマン3」「ラストスタンド」「カルテット」「旅立ちの島唄」

「シノプスシ223」
「婿殿葛藤」(牧 秀彦 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年163冊目)「算盤侍影御用」シリーズ第9弾

「白銀の野望」(早見 俊 著)新潮文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年164冊目)「やったる侍涼之助奮闘剣」シリーズ第3弾

「虎乱」(鳥羽 亮 著)角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年165冊目)「火盗改鬼与力」シリーズ第5弾

「たたり岩」(佐々木 裕一 著)角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年166冊目)「もののけ侍伝々」シリーズ第3弾

「風の市兵衛」(辻堂 魁 著)祥伝社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年167冊目)「風の市兵衛」シリーズ第1弾
久し振りに面白い本に巡り合った。この作者の作品は初めて読むが、実に面白い。これからのシリーズを読むのが楽しみだ。

「雷神」(辻堂 魁 著)祥伝社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年168冊目)「風の市兵衛」シリーズ第2弾

「帰り船」(辻堂 魁 著)祥伝社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年169冊目)「風の市兵衛」シリーズ第3弾

「月夜行」(辻堂 魁 著)祥伝社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年170冊目)「風の市兵衛」シリーズ第4弾

「天空の鷹」(辻堂 魁 著)祥伝社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年171冊目)「風の市兵衛」シリーズ第5弾

銀座今昔物語

「J  REPORT 2013 6月第2週号」
「リタイアメント・ノート 4年12ヶ月目」、
「VOL。797 SINCE AUG.12th、1983」
「銀座松坂屋閉店セール開催中」
銀座6丁目、中央通りにある「銀座松坂屋」が建て替えのため、6月末で閉店のために今「セール」を行っている。名古屋が本店の松坂屋だが、大丸と企業統合していよいよ銀座の旗艦店の大規模改修に踏み切った。勿論「アベノミクス」以前から決っていたこととはいえ、上手いタイミングでの周辺を含めての再開発となろう。数年後には立派な店舗が完成するのだろう。そういえば、ここのところ「百貨店」がどうやら復活してきているようだ。高額商品の売れ行きが良いらしいし、軒並み改修や増設投資に踏み切るなど、一時期の荒廃ムードが一変してきているようだ。思えば「株価」も昨年末の総選挙後、「アベノミクス」への期待感から棒上げに上げて来たが、その後一転して沫獅??Jり返している。まあ、これまでの値上がりが「外人買い」によるもので、漸く一般投資家も乗り出した途端に売り浴びせられたようだ。「利食い売り」は外人さんなのだろう。私の含み益も増えたり減ったりで毎日の株価を見ているとジェットコースターに乗ったような気持ちだ。

「手前勝手世界食物語、第301話」

「生牡蠣」
久々に生牡蠣を食べようと思い立ち、インターネットで調べた店に行って見た。丸の内の某大手商社のビルの地下にその店はあった。「ジャックポッド丸の内店」。以前有楽町にあった同店の別な支店に行った事があったが、今回の店も非常に狭い店だった。「国内産の生牡蠣」を産地別3種類づつ貰う。どの牡蠣も濃厚な味でそれなりに美味しかった。サービスで「焼き牡蠣」が出たが、これも秀逸でした。毎年一回は明治安田生命地下の「グランド・セントラルステーション・オイスターバー&グリル」に行く。ここはニューヨークのグランドセントラル駅にある有名店の東京支店だ。国内も輸入物も豊富にあるし、ちょっと雰囲気もシックでかっこいい。無論それなりに値段も高いが。それに対してジャックポッドはカジュアルな店だ。若い男女の二人連れが多く入店してきていた。しかし、値段は結こう高かった。安かったのはワイン位だろうか?「牡蠣」は好きな食べ物の一つだ。娘の旦那さんのご両親の出身が宮城県は東松島なので、いつも季節になると牡蠣を送ってくれるので我家では冷凍していつでも食べられるように用意している。
以上、いよいよ梅雨入りした東京より勢古口がお送りしました。

「江戸の庶民の生活は楽だったか?17」

「富籤(とみくじ)」
まあ、世の中、いつの時代にもこういったものがあった。江戸時代にも今で言う「宝くじ」のようなものがあった。別名「富突(とみつき)」とも言われ、当り籤を錐で突いた事からこう言われていたらしい。当り籤は最高額1000両、最低10両が当ったらしいが、この籤、江戸では「谷中の感応寺」「湯島天神」「目黒不動」の俗に言う「三富」が認められていたが、勘定奉行に瑞ソして色々な寺社がこれを売っていたらしい。いつの時代もこういったものが流行るのだ。でもこの富籤、一枚が二分(一両の二分の一)や二朱(一両の四分の一)と高額だったから、何人かでお金を持ち寄って買ったらしい。大体一両が現代の10万円から8万円相当だからその高額さが分かると思う。最高額の1000両だと1億円にもなったのだから、その熱狂振りも伺えるというもの。逆に庶民相手には非公認の「陰富」と呼ばれる一枚一文で当っても10文というヤクザ者が扱うものまであったという。富籤の札を裏で売ることから、こういった人たち、所謂売人を「札屋」といい、やがて「ダフヤ」という隠語になったという。言葉は面白い。

「江戸絵画の奇跡」
今、両国の「江戸東京博物館」で江戸時代の絵画展が行われている。アメリカ人「ファインバーグ夫妻」のコレクションの絵画展だ。江戸時代のそれぞれの時代の有名な画家の絵がアメリカ人により収集され、それが今回、公開された。当代一流画家たちの日本画の美しさ素晴らしさに感動すら覚えた。必見の価値有りでした。いつの時代にも絵の上手い人はいるもんだと感心しました。

「月島風景」

東京にお住みの方なら「月島」と聞けば直ぐに「もんじゃ焼き」を思い浮かべるか?と思う。お好み焼きでもなく、それでも鉄板の上に具材を乗せて焼く。ここまではお好み焼きと変わらないのだが、具材自体は出し汁がしゃばしゃばと入っている。まずキャベツ中心の具材で土手を周囲に作り、中に出し汁を流し込み、ある程度時間が経ったら全体をかき混ぜ、焼き上げてきて、ある程度固まったら、小さな鉄製のコテ(もんじゃハガシというらしい)で少しづつもんじゃを削りながら食べるというもの。具材はキャベツや野菜と魚介に肉類。出し汁に特徴があるのだろうか?と思っていたらTBSで「月島特集」をやっていて、出し汁は某大手メ[スメーカーのものだと言うのだ。そんな月島の町を半年振りに訪れたら、町の雰囲気が全く変わっていた。統一された町並みに変化していたので驚いた。歩道の上の屋根も、そして暖簾も統一されて綺麗になっていた。びっくりでした。私は余りもんじゃ焼きが美味しいとは思っていないのですが、皆さん、どうですか?

「麦秋至」(ばくしゅう、いたる)
5月31日は「24節季・72候」の一つ「麦秋至」の日だ。意味は「麦を刈り取る頃」だが、冬に植えた麦がいよいよ実り、刈り取りの秋(とき)となったことだ。古く中国ではこの時期を待って戦争の開始となったという。主たる食料の一つである「麦の収穫期」を終えてから、人々は戦いに刈り出されたという。なんとも意味のある時期ではなかろうか。だから麦秋前の戦いは原則ない。戦に刈り出される農民にとっても、戦いが専門の軍人にとっても食料がなければ戦えない。従ってこの麦秋の時期までは皆が平和を満喫できたという訳だったという。戦と言うのは昔も今も「兵站」が重要だ。昔は食料は現地調達だったが、敵が攻めてくると分かれば当然家や食料を燃やして逃げてしまい、敵に深追いさせ逆襲するという策もあるから、兵站を助ェに整えて食糧を持って戦に行くのはある意味常識だった。だから、「麦秋至」の意味があったのだ。

「上野駅はどうなるの?」

今、「秋葉原駅」のホームに立つと、新幹線との間に新しい線路が敷かれているのが分かる。当初嵐閧フ2013年度開通は一年遅れたようだが、上野駅と東京駅を結ぶ新しい路線だ。ここを「宇都宮線」「高崎線」「常磐線」の「上野終着駅」だった路線が直接東京駅に乗り入れることが出来るようになる。そうなるとこれまで「北の玄関駅」だった「上野駅」はただ「単なる通過駅」となってしまうのだろうか?私も昭和46年4月にサラリーマンとして初めての赴任先の「仙台」に上野駅から「特急やまびこ」に乗って旅立った。新入社員、まだ2週間目のことだった。それから二度に亘って仙台勤務を通算6年半したので上野駅にはそれこそ何度も何百回も乗り降りした。それが単なる通過駅となってしまうと、北の玄関駅は東京駅になってしまう。果たして上野駅はどうなってしまうのだろうか?

2013年の映画のお話し
映画「水滸伝」(ユナイテッドシネマ豊洲にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★(今年84作目)
大量の長いDVDを編集して劇場用にしたらしいが、余りにも長い物語だけに全く詰まらない荒筋だけの映画になっていた。大体108人もの英雄が出るのに短過ぎるよ。失望でした。

映画「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/運命」(ヒューマントラストシネマ有楽町にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年85作目)
天才的オートバイライダーは生まれたばかりの息子のために銀行強盗となる。それを追い詰めた警官。その15年後、彼等二人の息子達が偶然同じ高校で出会う運命の不思議さ。

映画「図書館戦争」(日比谷スカラ座にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年86作目)
ベストセラー小説の映画化。SF的荒唐無稽なお話しでした。勿論本は読んでますよ。

映画「体脂肪率計タニタの社員食堂」(角川シネマ有楽町にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年87作目)
初めて体脂肪計を作ったタニタの社員の涙ぐましいダイエットを描く。私も頑張らなくてはと思ってしまいました。「なんでこんなことで苦しまなければならないの?」というデブの女子社員の言葉が身に滲みる。

映画「ポゼッション」(ユナイテッドシネマ豊洲にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年88作目)
実話に基づく悪魔に憑依された少女とその家族を描く。ホラー映画です。

映画「俺、俺」(ユナイテッドシネマ豊洲にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年89作目)
それなりに面白い。次々と自分と同じ人間が出現するが、やがて消去されていってしまうという不思議な物語。

映画「グランド・マスター」(日劇にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年90作目)
カンフーの師を描く。しかし私にはよく分からない映画で、格闘場面ばかりが多かったとしか言えなかった。

日経新聞5月31日夕刊の「シネマ万華鏡」の評価では、「グランド・マスター」が4つ星、「リアル?完全なる首長竜の日?」が4つ星、「オブリビオン」が3つ星、「バレット」が3つ星、「パパの木」が3つ星、「言の葉の庭」が4つ星、「はじまりのみち」が3つ星でした。

「私の去年2013年の映画の評価は?」
今年の★★★★★は、「舟を編む」
今年の★★★★は、「シェフ」「アルバート氏の人生」「ライフ オブ パイ」「東京家族」「ムーンライズ・キングダム」「ジャンゴ」「愛、アムール」「ヒチコック」「天使の分け前」「藁の盾」「アイアンマン3」「ラストスタンド」「カルテット」「旅立ちの島唄」

「シノプスシ222」
「富くじ始末」(幡 大介郎 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年157冊目)「千両役者捕物帖」シリーズ第4弾

「辻斬り無情」(早見 俊 著)PHP文芸文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年158冊目)「二本+手捕物控」シリーズ第2弾

「月」(坂岡 真 著)徳間文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年159冊目)「死ぬがよく候」シリーズ第1弾

「転び者」(佐伯 泰英 著)新潮文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年160冊目)「新・古着屋総兵衛」シリーズ第6弾

「湯殿盗人」(幡 大介 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年161冊目)「大富豪同心」シリーズ第11弾

「甲州隠密旅」(幡 大介 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年161冊目)「大富豪同心」シリーズ第12弾

「夢芝居」(藤井 邦夫 著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年162冊目)「知らぬが半兵衛手控帖」シリーズ第20弾完結編

麦秋至

「J  REPORT 2013 6月第1週号」
「リタイアメント・ノート 4年12ヶ月目」、
「VOL。796 SINCE AUG.12th、1983」
「江戸の盛り場、両国」
江戸時代、「両国橋」の袂は江戸時代最大の「盛り場」の一つだったという。両国橋の「東詰めと西詰め」には色々な小屋があったりして庶民で多いに賑わったという。もう一つ江戸では「浅草奥山」も多いに賑わった。今の「浅草六区」だ。「見世物小屋」「矢場」「芝居小屋」「食べ物屋」」等々があり、「大道芸人」も沢山いたというから、どの時代にも庶民の楽しみ方は一緒なのだろう。今、両国には「国技館」、「回向院」、「江戸東京博物館」、「吉良上野介屋敷跡」などがあるが、盛り場としての雰囲気、面影は残っていない。学校も「日大一中、一高」、「安田学園」などがある文教地区でもある。写真は江戸時代の「両国橋」の絵だ。多くの人が行き交っているのが分かる。この橋を中心にしての「両国の花火」も江戸時代の風物詩だったといえる。古地図によると花火師の「たま屋」や「かぎ屋」などもこの両国に住んでいたのが分かる。「本所松坂町」の「吉良邸」跡地はかの「忠臣蔵」、「赤穂浪士の討ち入り」で有名な場所だが、当時は約2500坪ほどの大きな屋敷だったというが、討ち入り後幕府に没収されてなくなり、今はその内の「首洗い井戸」跡を中心にして小さなナマコ塀を巡らせた跡地が保存されているだけだ。

「手前勝手世界食物語、第300話」

「ムール貝」
あるレストランで注文したのが、「ムール貝」だった、白ワインと塩で茹でられていたが、まあまあの味だった。先日は「アサリの炊き込みご飯」を作ってみた。これは失敗だった。さて、海外旅行をして思うことは日本人であって本当に良かったということだ。特に「生の魚」が食べられるのはありがたい。海外でも特に欧米人は生の「牡蠣」は食べるし、また美味しい牡蠣は世界中にある。しかし、新鮮な魚を食べる文化がなかったから、(それでも最近の日本食ブームで食べる人も増えたようだが)残念ながら美味しい魚を海外で食べるチャンスにはめったにお目に掛かれない。

「高橋(たかばし)、どぜうの伊勢喜」
久々に「清澄通り」を両国まで歩く。ところが深川は高橋(たかばし)の先にあるはずの「どぜうの店、伊勢喜」がない。マンションが建設中だった。どうなったのか?ネットで調べてみると「長期休業中」とのこと。地主さんだったのだろうから、多分マンションを建て、その一階を店舗にして再度営業を開始するのだろうか?ご存知のように「どぜう(泥鰌)」は江戸時代から庶民の蛋白源だった。この「伊勢喜」は「泥鰌鍋」と「柳川鍋」がメイン料理だ。大半の人は「泥鰌の抜き鍋」を食べる。抜きとは泥鰌の骨を抜いたもの。反対に「丸鍋」は泥鰌丸のままが入っている鍋だ。私はいつも丸鍋を頼む。タレの入った鍋に泥鰌が一面に並べられていて、これを火に掛けるが、刻んだ葱を大量に入れて煮立つのを待つ。これが実に美味しい。来年位にはマンションも出来そうだから、店の再開が楽しみだ。
以上、勢古口が東京からお送りしました。