「トルコの思い出、ハッサン山」

「トルコの思い出」
前々回のところで写真が上手く入らなかった「ハッサン山」がカッパドキアに行く途中に見えた。富士山に良く似た火山だ。この地方は火山が多いので温泉も多い。トルコの旅でやはり一番感じたのは地元の人が薦めてくれた「オリーブオイル」と「トマト」だろう。オリーブオイルはサラダにも料理にも、そして肌にも付ける。まあ地中海世界の一番の特徴だろう。それと毎食殆ど間違いなく確実に出たのが「トマト」だ。冬でもビニールシートを被せた温室で作られていて、スープにもサラダにも必ず入っているといっても過言でない。前回訪れた時にもイタリアのトマトの大半はトルコから輸出していると言っていたから、トマト好きの国民性なのだろう。

「2014年の映画のお話し」  2013年は221本の映画を観ました。
映画「アメリカン・ハッスル」(日比谷みゆき座にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年14作目)
1978年、FBIのおとり捜査に参画せざるを得なくなった詐欺師達の物語。実話だという。面白かった。アカデミー賞にもノミネートされている。

映画「メイジーの瞳」(TOHOシネマシャンテにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年15作目)
離婚した親がそれぞれ別な人と結婚した。一人娘のメイジーは10日筒それらの家庭を廻されていた。それが不孝を生む。落ち着く場所がなかった可哀相なメイジー。こんな勝手な親がいるのか?

映画「マイティー・ソー」(丸の内ルーブルにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年16作目)
闇で世界を制覇しようとする者たちをマイティー・ソーがやっつけるというコミック。

映画「I’m so exited」」(ヒューマントラストシネマ有楽町にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年17作目)
スペインの航空機がメキシコに向うのだが、降機設備が不良で着陸できない。そんな機内で起きることは?まあ摩訶不思議な映画でした。子供には見せられない映画です。

2014年2月7日付け日経新聞夕刊「シネマ万華鏡」の評価は、「ニシキノユキヒコの恋と冒険」が4つ星、「「スノーピアサー」が3つ星、「ラッシュ」が3つ星、「マイティーソー/ダークワールド」が3つ星、「光にふれる」が3つ星、「抱きしめたい」が3つ星、「僕は友達が少ない」が2つ星でした。

「私の去年2014年の映画の評価は?」
今年の★★★★★は、
今年の★★★★は、「小さいおうち」「アメリカン・ハッスル」

「2014 旅の記憶シリーズ」  2013年の旅では、「ペルー」が51カ国目、「南アフリカ」が52カ国目、「ジンバブエ」が53カ国目、「ボツワナ」が54カ国目、「ザンビア」が55カ国目でした。
2014年の国内旅行の第一回目は、1月の九州福岡と水俣でした。

「2014 歌舞伎観劇シリーズ」歌舞伎座にて★★★「今年1回目」
「二月大歌舞伎」=「心謎解色糸、小糸佐七、お房綱五郎」1810年初演の世話物で、歌舞伎座では42年振りの上演。

「2014 本の記憶シリーズ」  2013年は本を350冊読みました。
「夏まち舞台」(幡 大介 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年32冊目)「千両役者捕物帖」シリーズ第4弾

「富くじ始末」(幡 大介 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年33冊目)「千両役者捕物帖」シリーズ第5弾

「寒さ橋」(今井 絵美子 著)双葉庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年34冊目)「すこくろ幽斉診療記」シリーズ第1弾

「梅雨の雷」(今井 絵美子 著)双葉庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年35冊目)「すこくろ幽斉診療記」シリーズ第2弾

「恩師」

「J  REPORT 2014 2月第3週」
「リタイアメント・ノート 5年8ヶ月目」、
「VOL。833 SINCE AUG.12th、1983」
「恩師」
中学時代の恩師の講話を聞いた。昭和36年に入学した時の担任でもある恩師の「香山先生」は86歳とご高齢だが、かくしゃくとしておられたが、数度に亘る癌の手術を経験されて、死の淵を彷徨ったこともあったという。昭和3年生まれの先生は、僕らの数学の先生だったが、その後母校の「普通部長」(所謂中学の校長)や「カリタス」の学長もされ、今は悠々自適?の生活だろうと想像する。思った以上にお元気でまた頭の冴も素晴らしく、かくありたいと私も思う晩年の生き方だった。「般若心経」の解説や「宮沢賢治」作「眼にて言う」や「野口雨情」作の「シャボン玉」を朗読されたりしたが、一番印象的だったのは、「三木成夫」氏の著書「海、呼吸、古代形象」の中の「生命記憶と回想」についての解説だった。その内容だが、人類の祖先、即ち一番最初の生命体は地球誕生40数億年前から10億年以上経った今から30億年くらい前に誕生した単細胞生物だった。それが進化の過程を経て現在の人類に至っているという。ところが驚くことに受胎時から人間は通常は十月十日、約310日後に出産となるのだが、受胎後32日目にはエラをつけた「鮫の姿」を示し、35日目には「原始両生類の姿」になり(肺呼吸をするカエルとかイモリのようなもの)、36日目には「原始爬虫類の姿」になり、更に38日目までの2日間に歴史的には約1億年の記憶を経て「原始哺乳類の姿」になるというのだ。これはこの二日間で一秒間に550年の進化の過程を経ているというのだ。人類の遺伝子には「過去に辿った進化の過程」が全て組み込まれていて、それが胎児の成長の過程で全て一度は姿を現すということが見られたというのだ。驚きだ。母体にある羊水は「古代海水」と同じ成分だというのだ。これは現在地上に暮す全ての動植物に多分共通することなのだろう。遺伝子とはそういったものなのだろう。

「鉄鋼ビル」
驚いた。東京駅八重洲口にあった「鉄鋼ビル」が無くなっていた。大手鉄鋼メーカーが入っていたビルだったのでかなりの頻度で訪れた古いビルだったが、あのビルがなくなっていたのには本当に驚かされた。東京は今正に再開発の最中であり、今後のオリンピック景気で更なる発展があるのだろう。

「老い」
最近、「老いて来た」と痛感している。まず学生時代壊した左膝の手術、これは「人工関節」を埋め込むものだが、これを2010年9月に行った。そして腰の痛みが続いた結果「脊柱管狭窄症」の手術を2013年5月に行った。ところが今度は手術していない右膝の痛みが酷くなり、月に一度通院している。更に最近「物忘れ」が出始めている。まだ軽度だが、どこに物を置いたか?この物は何で誰が置いたのか?とかあの人は誰だったか?とか、もう老いとしかいいようがない状態が度々だ。言葉も忘れがちで特に漢字は思い出せなくなった。パソコンのせいなのだろうが、漢字は忘れてしまった字が多い。英語などは殆ど新しい言葉は覚えられない。困ったものだ。徐々にこうやって老いて行くのだろうか?最近は物を食べている時に、肺に入れてしまうことが度重なってきた。これも老化の一端なのだろうか?若い頃は決してこんなことはなかった。

「喜多方ラーメン」

「手前勝手世界食物語、第325」
「喜多方ラーメン」
丸一日使ってたった一杯のラーメンを食べるために出掛けるというと驚かれるだろうが、「大人の休日倶楽部パス」を利用しての旅は楽しい。松本の蕎麦、上田の蕎麦、房総のダンダン麺、海鮮丼等々、これまでも一日掛けての「小さな食の旅」をしてきた。今回の喜多方は昨年訪れようとして会津若松から喜多方行きの便が当日欠航してしまったので、行けなかった。それのリベンジの旅だ。今回は無事に喜多方に到着出来ました。向った先は「坂内(ばんない)」。チェーン店になり全国に出店している本店だ。昼前だがかなり混んでいる。前金を払って「中華麺」@600円を頼む。出て来たラーメンは「塩ラーメン」系の「極薄醤油」味だ。麺は「中細縮れ麺」。昔風のラーメンがここに生き残っているようなラーメンだ。もう一軒行こうかと思っていたが、これが意外にお腹一杯になってしまい。遭えなく撤退することにした。喜多方の人は本当にラーメン好きのようで次々にお客が訪れていた。「ラーメンの日本人の国民食」だが、私自身はダイエットの敵だと思っているので余り食べる機会はない。こうして遠出をした時くらいラーメンを楽しみたいと思っている。だから一日掛けてやってきた喜多方でした。以上、トルコから戻ったばかりの勢古口がお送りしました。

「能登の海」

「能登の荒海」
民宿の親父さんが輪島温泉駅まで迎えに来てくれて焼く10kmほど離れた本日の宿泊場所に向った。真っ暗な道は海沿いの断崖絶壁の上を走っているというが、暗くて何も見えない。約140年前に建てられたという古い民家を改造して民宿としているが、本日は我々二人しか客がいないということで「囲炉裏」端に夕食を準備してくれていた。簡単に温泉に入り冷めた身体を温めて夕食を食べる。飲むのは地元能登の酒だ。囲炉裏のある部屋は太い柱と、これまた太い梁が囲炉裏の煙で黒光りしている立派な建築物だった。ここのところ海が荒れていて漁が出来ないとのことで「ずわい蟹」は食べられなかった。或いは親父さんが忘れてしまっていたのかも知れなかったが、まあ仕方ない。昼は金沢「近江町市場」で「寒鰤定食」@1200円を食べたが、またまた夕食にも鰤の刺身が出てきた。魚づくしの田舎料理だったが、心籠もる料理だった。民宿の親父さんの年齢は80歳だというが、夜道で車をぶっ飛ばす恐ろしい親父さんでした。
翌朝も風が強く、波の音が凄い。「能登の海」は今日も荒れていた。2?3mの波が海岸の岩場に次々と打ち寄せる様は壮観だ。夏は海水浴も海釣りも楽しめるという。迫力ある冬の能登の海を観てまたまた感動というと、「お前は感動ばかりしている」と言われかねないが、「まあ人生感動しないと生きている意味がないだろう」と言わせてもらいたい。感動こそ人生だ。帰り道は高さ100mほどの絶壁の上の道を車は走っていた。自殺の名所でもあるらしい。輪島の町で有名な「朝市」を観たが、なんと出店の少ないことか?聞くと関係者は温泉旅行に行っていて、本日は開店休業状態だという。ところどころに店はあるものの淋しい輪島の朝市だった。「干物と輪島塗」の店が大半だったが、ちょっと拍子抜けした朝市でした。

「千枚田」

「千枚田」
旅行続きだが、喜多方から戻った翌日、またまた旅に出た。早朝の東京駅からほぼ満席状態の上越新幹線で「越後湯沢」経由「金沢」に向う。「トンネルを越えると雪国だった」の言葉通り、乾燥した関東平野を抜けて、トンネルの先は一面の雪だった。富山県の日本海沿岸に沿って列車は走る。右に左に「北陸新幹線」の高架橋が見える。土木工事はもう殆ど完成しているようだ。来年3月には金沢まで完成する新幹線。これによって北陸三県はどう変わるのか?東京からだと飛行機では「富山空港」「能登空港」「小松空港」があり、1時間も掛からない。だが新幹線だと東京―金沢間は2時間半程度なのだろうか?そうなると新幹線の需要も多少は期待できるが、果たしてどれだけの人が移動するのだろうか?まあ余計な心配はしないでおこう。同行した「3S会」のS氏の希望もあり、金沢では500円バス乗り放題切符で「兼六園」「武家屋敷跡」「近江町市場」を廻る。兼六園は小雨が降っていたが、「雪吊り」で枝が荒縄によって吊るされている風情を鑑賞。武家屋敷跡では土塀に掛けられた「筵(むしろ)」に驚かされた。土塀は「土」と「藁」を混ぜて塗り込めてある。従って雨や雪で水が土の壁に滲み込み、それが凍ると土壁が破壊されてしまうという。それを防ぐために「藁でできた筵」を吊るすことで、水を筵が吸収して土塀の破壊を防ぐのだという。驚きだったが、実に大した知恵だった。金沢から列車で和倉温泉へ、更にバスに乗り換えて「輪島温泉」に着いた。「輪島温泉駅」という地名にはなっていたが、線路は既に廃線となっていて、今はバスターミナルになっていた。ここからバスに乗って「千枚田」を観に行く。「白米(しらこめ)」というところの海岸に、急な傾斜地があり、地滑り対策として「千枚田」を造ったという。一時は放棄されていたが、地元の農業高校生たちの活動もあり、田んぼとして復活したという。実際に耕作されている田は1000枚以上あるという。「千枚田」は所謂「段々畑」のような状態の小さな田んぼの連なりだ。ここが夜になると「LEDライト」が田んぼの畝に沿って点灯され美しい姿が現れるという。待つ事30分、漸く点灯されました。最初は薄い赤、次が濃い赤、そして最後は黄色に色が変化した。あるはあるは、沢山の田んぼが見事に描き出されていた。これは感動ものだ。雨と風が強かったが、観光バス2台を含めてかなりの数の観光客が来ていた。私もヅブ濡れになってこの不思議な光景を見詰めた。ここは日本で最初の「世界農業遺産」に指定されたという。帰りのバスも満席でした。観る価値ありの千枚田でした。

「トルコの旅、後記」

「トルコの旅、後記」
今回の旅で覚えたトルコ語は、「グナイドン(おはよう)」、「メルハバ(こんにちは)」、「テシュッキル(ありがとう)」だった。簡単な言葉だが、異国の言葉を覚えるのはそれなりに難しい。アラビア語の「アッラー」を書けるようになった。写真はそのアッラー(神と言う意味)と言う文字が左側にある。見た目には手書きのアルファベッドの「IVW」のような部分だ。これを右から左に書く。イスラム教ではお祈りの前に、手足、口を洗い、身体を清めてから祈る。これは日本人が神社仏閣に参る時と同じだ。一つ分かったことがある。通常に礼拝は立っている状態から、膝ま付き正座をする。その後額を床や地面に付ける。このような動作を繰り返すのだが、座れない場所では神に向って立ち、両肘を身体につけて、腕を90度の角度に上げ、掌を上に向けて手を開き、祈る。掌はゆったりと膨らませ、何かものをもらうような形だ。トルコで一番助かったのは「トイレ」だった。東南アジアも含めてイスラムの国はトイレでお尻を洗う風習があるから、トルコのトイレもシャワー式トイレが大半だった。日本のようにプッシュボタン式ではないが、蛇口を捻ると水が出てきて気持ちよかった。

「2014年の映画のお話し」  2013年は221本の映画を観ました。
映画「危険な関係」(TOHOシネマシャンテにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年 10作目)
日華事変前の上海で起きる男女の騙しあい恋愛編。三流映画でした。

映画「エンダーのゲーム」(丸の内ピカデリーにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年 11作目)
エイリアンが地球に侵入してくるというので天才的な子供たちが集められゲームで戦闘の訓練をさせられる。果たしてエイリアンはやってくるのか?

映画「黒執事」(ユナイテッドシネマ豊洲にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年12作目)
コミックの映画化か?訳が分からなかった。

映画「ソウルガールズ」(ヒューマントラストシネマ有楽町にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年13作目)
オーストラリアの差別されていた先住民「アボリジニ」の少女達がコーラスグループを作り、ベトナム戦争の慰問に向い成功するというサクセスストーリー。実話に基づく。

映画「小さいおうち」(丸の内ピカデリーにて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★★(今年 14作目)
流石山田洋次監督だ。戦前戦中、ある中流家庭に勤めた女中さんの目を通して、不倫関係を見る。最後の最後に感動が待っている。いい映画だった。

2014年1月24日付け日経新聞夕刊「シネマ万華鏡」の評価は、「エレニの帰郷」が4つ星、「小さいおうち」が4つ星、「オンリー・ゴッド」が4つ星、「はなしかわって」が3つ星、「ゲノムハザード」が3つ星、「ヌイグルマーZ」が3つ星、「ROOM237」が2つ星でした。1月31日付けでは「アメリカン・ハッスル」が4つ星、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」が4つ星、「はじまりは5つ星ホテルから」が3つ星、「ザ・イースト」が3つ星、「メイジーの瞳」が3つ星、「7番坊の奇跡」が3つ星、「無人地帯」が3つ星でした。

「私の去年2014年の映画の評価は?」
今年の★★★★★は、
今年の★★★★は、「小さいおうち」

「2014 旅の記憶シリーズ」  2013年の旅では、「ペルー」が51カ国目、「南アフリカ」が52カ国目、「ジンバブエ」が53カ国目、「ボツワナ」が54カ国目、「ザンビア」が55カ国目でした。
2014年の国内旅行の第一回目は、1月の九州福岡と水俣でした。

「2014 本の記憶シリーズ」  2013年は本を350冊読みました。
「江戸裏御用帖」(小杉 健治 著)角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年17冊目)「浪人・岩城藤次」シリーズ第1弾

「仇討」(田牧 大和 著)角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年18冊目)「とんずら屋請負帖」シリーズ第2弾

「お帰り稲荷」(早見 俊 著)角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年19冊目)「小伝馬町牢日誌」シリーズ第1弾

「奇剣柳剛」(鳥羽 亮 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年20冊目)「隠目付江戸日記」シリーズ第7弾

「読売屋天一郎」(辻堂 魁 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年21冊目)「読売屋」シリーズ第1弾

「刑事の絆」(堂場 瞬一 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年22冊目)「警視庁追跡捜査掛」シリーズ第5弾

「血の轍」(相場 英雄 著)幻冬舎文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年23冊目)

「忘れ扇」(今井 絵美子 著)角川文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年24冊目)「髪ゆい猫字屋繁盛記」シリーズ第1弾

「本所騒乱」(稲葉 稔 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年25冊目)「剣客船頭」シリーズ第8弾

「破邪の剣」(鳥羽 亮 著)徳間文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年26冊目)「用心棒血戦記」シリーズ第1弾

「冬のやんま」(辻堂 魁 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年27冊目)「読売屋天一郎」シリーズ第2弾

「倅の了見」(辻堂 魁 著)光文社文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年28冊目)「読売屋天一郎」シリーズ第3

「千両役者捕物帖」(幡 大介 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年29冊目)「千両役者捕物帖」シリーズ第2弾

「姫さまお輿入れ」(幡 大介 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年30冊目)「千両役者捕物帖」シリーズ第3弾

「天狗と花魁」(幡 大介 著)ハルキ文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年31冊目)「千両役者捕物帖」シリーズ第3弾

「喜多方へ、能登へ」

「J  REPORT 2014 2月第2週」
「リタイアメント・ノート 5年8ヶ月目」、
「VOL。832 SINCE AUG.12th、1983」
「福島へ、能登へ」
「磐梯山」
トルコから帰国した翌日から、また旅に出た。イスタンブールのあの寒さから一転して暖かな日本に驚いた。郡山から磐越西線に乗り換えて約1時間、「磐梯山」が見えてきた。周りは雪に覆われているが、堂々たる雄姿は相変わらず素晴らしい。福島県は原発の被害による影響で困っているが、この会津地方は遠く離れているにも拘らず観光面での影響はあったという。幕末には「戊辰戦争」で官軍?に徹底的に破壊されたこの地方だが、その粘り強い精神力で復活を果たしたといえよう。会津若松で新潟行きの電車に乗り換えて「喜多方」へと向う。約20分でラーメンの街「喜多方」へ到着。駅で「ラーメンマップ」を貰い、歩き出す。日差しが強い。多少風もあるが、冬の厳しい寒さではなく、寧ろ春が近付いているという感じだった。訪れたのは有名なチェーン店。当初は2店行こうと思っていたが、流石お腹一杯になってしまい、早々に東京に戻った。今回もJR東日本の「大人の休日倶楽部パス」で4日間乗り放題の切符を使っての「小さい旅」の始まりだ。まだ帰国翌日なので時差が抜けていないから、車内では本を読みながら、しかし半分寝ていた。疲れが溜まっているようだった。

「ベリーダンス」

トルコと日本との関係は明治時代にトルコの軍艦が和歌山県沖で台風のため座礁沈没した時に地元民が救助し、日本政府が後日軍艦でトルコまで生き残った軍人たちを運んだ時から始まる友好関係だ。その後、「日露戦争」でロシアを破った日本に対してトルコは憎いロシアを破ったことで溜飲を下ろし、ますます「日本贔屓」になったという。第一次世界大戦でドイツと共に戦い負けて、海外領土の大半を失ったトルコは第二次大戦では中立的立場ながら陰でドイツ、日本を応援したという。コンヤでも若者がやってきて「日本人が好きだから、一緒に写真を撮って欲しい」と言ってきてツアー客全員と写真を撮った。彼の耳にはなんと日本国旗のピアスがあったのには驚いた。さて、カッパドキアの「洞窟ホテル」にチェックインした。インターネットの環境が悪かったこれまでの旅だが、このホテルでは直ぐに接続でき、大変助かった。昨日のホテルは一時的には繋がったが、その後は全く繋がらなかった。あれで「五つ星」とは如何かと思った。
カッパドキアの夕食は「洞窟レストラン」でのベリーダンス付きディナーだったが、このレストランには前回にも訪れたことを思い出した。ショーはそれなりに楽しめたが、わがツアーメンバーは舞台に引き出され、皆頑張って踊っていた。さてダンサーの収入は月70?80万円と高い。普通の地元の人の月収は5万円程度だという。本日のホテルは所謂「洞窟ホテル」五つ星ホテルだ。洞窟とは言え、部屋をよく観てみると、切り出した石灰岩を積み、斜面に段々畑状に造られている。洞窟レストランは確かに洞窟を大きく広げたものだったが、このホテルは洞窟風ホテルというのが正しいのだろう。今はオフシーズンだから別だが、ハイシーズンの一番安い部屋の料金は一泊300ユーロ弱だそうだ。写真は3S会の私以外のメンバー二人がダンサーと踊っている姿だ。

「シルクロード」

「シルクロード」
第4日目(1月24日、金曜日)
ほぼ行程の半分を消化した。カッパドキアまでの700kmの行程の日だ。途中、古都「コンヤ」で800年前からある「踊る宗教」のモスクに立ち寄り、バスの旅を続けた。アラビア文字で「アッラー」を表す文字は、縦一本の線を描き、頂点から右斜め下に小さな髭みたいなものを書く。書き順はその逆なのだが、文字の形としてはそんなもので、これが「ア」だ。次にアの左側に「W」の手書きを逆から下の部分を丸く描き、更に続けて左隣に手書きの「V」を描くと完成だ。数字1にWにVのようなのが右から左へと続く。これが「ラー」だ。こうして「唯一の神様=アッラー」の文字が出来た。Wの下の膨らみからの連想で「チューリップの球根」がイメージされ、イスラムの国ではチューリップが大切にされてきたのだという。遠くに富士山に似た山が見えて来た。「ハッサン山」だ。中腹からは雪を頂いている。この山については前回の旅行での記憶が全くない。ということは山が観えなかったのか、ガイドを言わなかったのか、果たしてどちらだったのだろうか?コンヤは巨大な平原「コンヤ平原」のど真ん中にある町で標高1000mにある。「シルクロード」の道をバスは進む。見渡す限り平原が続いている。こんな中を昔は「商隊」が歩いたのだ。商隊のラクダが約150頭連なり、一日約40km、延々と続くのは当時の「銀行団」にも似た存在だったという。貴重な品物と知識と富を運んだのだ。東から西には「絹織物、陶器、紙、金銀、香辛料」などが、西から東には「酒、薬、ガラス、宝石、武具」等々が運ばれたという。唐の都「長安」までの長い長い旅は片道一年間掛けて行われた。帰りも同じく一年間の旅だったという。インドからの仏典もそうやって運ばれ、最終的には日本にまで送られたのだ。奈良の「正倉院」の宝物もそうやって運ばれてきたのだろう。正にロマンを感じさせるシルクロードだ。ラクダは非常に長生きな動物で40歳から50歳まで出産することが出来たので良いラクダの値段は今の価値で100万円ほどしたそうだ。最後は肉と皮になったという。

「パレッカム」

「パムッカレ」
石灰石の上を温泉水が流れ、「段々畑」を造っている美しい場所だ。中国の「黄龍」と同じだ。元々そこには「ヒエラポリス」という古代の町があり、その横がパムッカレなのだ。まだまだ遺跡は発掘途中だった。段々畑は遠く高速道路上からも大きな白い丘として認識できる。その石灰岩の段々畑の下に温泉ホテル街が作られているが、温泉水を沢山使うようになって、温泉水が不足してきて、段々畑には日を変え場所を変えて温泉水を流すようになったので、全ての段々畑にお湯が流れていないのが非常に残念だった。