「九州国立博物館」

太宰府天満宮の裏手の山に「九州国立博物館」はある。全国に「東京」「京都」「奈良」に継いで4番目の国立博物館だ。天満宮から長い長いエスカレーターを上るとそこに博物館があった。二度目の訪問だ。壁を覆うガラスに空と周りの緑が写り実に美しい。2005年にオープンしたモダンな建物だが、現在は通常展なので特に面白いものもない。中学生が多数来ていて勉強をしていたくらいか。展示されているものも「国宝級」のものは殆どなく、せいぜいが「重要文化財」程度なのだ。「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える」というのがコンセプトらしいが、余り面白い展示はなく、物足りない限りだった。

久々の博多

「J REPORT 2011 9月第3週号の追加」
「リタイアメント・ノート 3年目3月目」 「VOL.703 SINCE AUG. 12th、1983」
「旅暦31 久々の博多」
今週は忙しい。旅、旅、旅だ。まず夕方名古屋で昔の部下と飲んで、その足で深夜近くに博多へ移動した。ホテルに行ったら、よやくの日にちが違うと言われたので、別のホテルに電話してそこにチェックイン。もう11時過ぎだ。そこからいつも行くモツ鍋の店「七山」に。震災直後マスターから電話を頂いていたのでそのお礼を兼ねて顔を出す。久々に懐かしい顔を観る。事前に名古屋から電話していたので「レバ刺し」も準備されていた。今日はモツ鍋は食べられないが(既に名古屋で食事していたから)レバ刺しを堪狽オた。東京では生のレバーを食べることは恐らく無理だろう。午前1時過ぎまで飲んでホテルへと戻った。
翌日は二日酔状態だったが、3月12日に出来たばかりの「博多駅ビル=JR博多シティ」を訪れる。この半年でここを訪れた人はなんと3千万人を上回ったという。一日の乗降客が九州最大の35万人というターミナル駅に直結しているのだが、集客力は凄い。ここには「阪急百貨店」「東急ハンズ」そして専門店街、レストラン街があるが、平日の昼間だったにも関わらず沢山のお客がいたのには驚いた。それと中国人の観光客も多かった。9階と10階のレストラン街には有名店が多数出店していた。因みに私が行った事がある店も多く、「牛たん炭焼 利久」(仙台市)、「鮨割烹やま中」(福岡市)、「銀座 天一」(東京)、「人形町 今半」(東京)、「みそかつ 矢場とん」(名古屋市)、「遊食豚彩 いちにいさん」(鹿児島)、「菅乃屋(馬肉)」(熊本市)、「広東炒麺 南国酒家」(東京)、「華都飯店」(大阪市)、「四川飯店」(東京)、「博多 一風堂」(福岡市)、「コカレストラン」(東京)らが立ち並んでいた。この駅ビルの繁盛とは裏腹にこれまで博多の中心であった「天神地区」の売り上げ落ち込みが酷いらしい。あちら立てばこちら立たずのようだった。まあ、私も色々なところで食べているから、有名店も数多く知っていると言う訳だ。それにしても流石よくもこれだけの店を集めたよなあ。

「太宰府天満宮」

午後から西鉄電車に乗って大宰府に行った。ここでも中国人韓国人の観光客が沢山いたのには驚かされた。九州は原発の影響もなく、観光客の足は回復してきているようだった。空は快晴、雲ひとつなく、眩しいくらいの陽射しが厳しかったが、空気はまさに秋の澄み切ったものだった。菅原道真公を祭るここ「太宰府天満宮」は受験シーズンではないので絵馬もなく、落ち着いた雰囲気だった。10円だけお賽銭を投げ、「二礼二拍手」。もともとこの大宰府は大陸や朝鮮半島への出発点でもあり、政治と経済と国防の中心地だったという。「遣唐使」もここから出発したし、「元寇」の際にはここが拠点となり、蒙古に対したという。門前町には「梅ヶ餅」という焼餅を売っていた。太宰府天満宮の名物はそういえば「梅」だったことを思い出した。境内には梅の木があったことを思い出した。1300年の歴史を誇るこの天満宮、年間どの位の観光客が訪れるのだろうか?

「手前勝手世界食物語、第215話?ヌ加」

「氷見うどん」
夕食は駅前の飲み屋で地元の魚を中心にして食べた。「ほたる烏賊の沖漬け」「刺身盛り合わせ」等に合わせて,今が旬の「白海老」という小さな海老のかき揚げ天麩羅を食べた。魚はやはり冬の日本海でなければ駄目なので今はごく普通の生ものだった。締めは地元名物の「氷見うどん」を私は冷たいのを食べた。これは美味しかった。つるつるとした食感もさることながら、咽喉越しもよく、うどんも歯触りがよく、大変満足した。
以上、富山から勢古口がお送りしました。

「手前勝手世界食物語、第215話」

「富山ブラック」
昼は富山名物「富山ブラック」ラーメンを食べた。駅前の「大喜」といういつも行く店に行ったのだが、店は綺麗に建て直されていた。ご存知この富山ブラックというのはスープが真っ黒なのだ。聞くと醤油の色だという。ちょっと塩辛いのでスープはとても飲めない。麺は中太の丸い麺で歯応えがある。このラーメンは好き嫌いが多分多く評価は分かれると思う。まあ「郷に入れば郷に従え」という言葉もあるので地元名物を食べてみよう。私としては余り高い評価はしていないのだが、変り種として一応載せてみた。

映画

映画「ライフ」(日劇にて) 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年156作目)
原題は「ONE LIFE」、イギリスBBCのチームが撮影したもの。動物や植物の生の生活が観られるが、はっきり言って期待したほどではなかった。

日経新聞9月9日夕刊の「シネマ万華鏡」の評価は、「ミケランジェロの暗号」が4つ星、「アンフェア」が3つ星、「「グリーン・ランタン」が2つ星、「スマーフ」が2つ星、「探偵はBARにいる」が2つ星、「ゲット・ラウド」が3つ星、「カオントダウンZERO」が2つ星でした。

「シノプスシ141」
本「投げ文」(藤井邦夫著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年267冊目)「知らぬが半兵衛手控帖」シリーズ2作目
本「半化粧」(藤井邦夫著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年268冊目)「知らぬが半兵衛手控帖」シリーズ3作目
本「辻斬り」(藤井邦夫著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年269冊目)「知らぬが半兵衛手控帖」シリーズ4作目
本「乱れ華」(藤井邦夫著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年270冊目)「知らぬが半兵衛手控帖」シリーズ5作目
本「通い妻」(藤井邦夫著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年271冊目)「知らぬが半兵衛手控帖」シリーズ6作目
本「籠の鳥」(藤井邦夫著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年272冊目)「知らぬが半兵衛手控帖」シリーズ7作目
本「離縁状」(藤井邦夫著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年273冊目)「知らぬが半兵衛手控帖」シリーズ8作目
本「捕違い」(藤井邦夫著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年274冊目)「知らぬが半兵衛手控帖」シリーズ9作目
本「無縁坂」(藤井邦夫著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年275冊目)「知らぬが半兵衛手控帖」シリーズ10作目
本「雪見酒」(藤井邦夫著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年276冊目)「知らぬが半兵衛手控帖」シリーズ11作目
本「秋日和」(藤井邦夫著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年277冊目)「知らぬが半兵衛手控帖」シリーズ12作目
本「迷い猫」(藤井邦夫著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年278冊目)「知らぬが半兵衛手控帖」シリーズ13作目
本「詫び状」(藤井邦夫著)双葉文庫 私的批評眼(J’CRITICAL EYE)★★★(今年279冊目)「知らぬが半兵衛手控帖」シリーズ14作目
北町奉行所臨時廻り同心の「白縫半兵衛」は40代の古参同心だ。渾名が「知らぬ顔の半兵衛」と融通が効くといわれている。

「おわら風の盆」

JR高山本線で八尾(やつお)へ行く。踊りは夜だから昼間は閑散としている。八尾の町は小高い丘に連なっている。駅から上り坂で進む。なぜ昼間に行ったかというと、土地勘を養っておこうと言うもので「曳山展示館」で踊りの稽古風景を見物。「おわら資料館」でVTRを観た。一度富山に戻り夕食を地元勤務の方と摂り、再度夜になるのを待って八尾へと向う。今度はバスの旅だ。八尾は踊りを待つ人々で混雑していた。地元には11の町があり、それぞれの地区で踊りを行うという。一番人気は「諏訪町」だというが、もう人並みで近付けない。已む無く「西町」「東町」「上新町」で踊りを観た。網傘を目深に被った女性の優雅な動きは正に感動的だ。元々お百姓さんの稲作の動きを元にしたものらしいが、手の動き、足運び、腰の捻りとしっとりとした実に美しい踊りだ。ゆったりと流れるような動き、三味線の音色に合わせた歌、それらが一体となり、夜の町をゆるりと進む。女踊りとは別に男踊りはいなせな動きだ。女性たちは基本的には24歳以下の若い人たちだという。顔が傘で隠れているのが神秘さを増す要因でもあるのか。いやあ、感動的な踊りが続く。約2時間、踊りを堪狽オて満員の電車で富山に戻る。しかし富山市内ではホテルは取れない。仕方なく高岡までJRで向かい、高岡駅前で宿泊した。何とか懸念された天候は辛うじて保ち雨に降られることもなく無事祭り見物を終えることが出来た。永年楽しみにしていた「おわら風の盆」だけに最悪の天候も考えられる中での強行だったが、ほっと一息だった。実は昨年もツアーに垂オ込んでいたのだったが、膝の手術を受けることになったのでキャンセルした経緯がある。今年は大阪時代の友人と共に行ったのだが、台風がもたもたして一向に進まず気をもましてくれたが、なんとか終えることが出来た。ありがとうございましたと天の神様に感謝、感謝。

おわら風の盆

「J REPORT 2011 9月第3週号」
「リタイアメント・ノート 3年目3月目」 「VOL.702 SINCE AUG. 12th、1983」
「旅暦30 おわら風の盆」
台風12号が四国近畿地方を直撃しているにも関わらず9月1日から3日に掛けて行われる「越中富山は八尾のおわら風の盆」に行った。最終日の3日に照準を合わせて3日土曜日の朝東京駅を出発して、越後湯沢経由「ほくほく線」で富山までの旅に出発です。長いトンネルと越えるとそこはもう秋、稲穂が波打っていて収穫真近の田んぼは一面黄金の連なり。空は分厚い雲に覆われていて、雨こそ降っていないものの台風の影響が色濃く出ていた。やがて日本海に出る。夏の日本海は波もなく静か。「親知らず」の切り立った山が海に張り出している。平野部では新幹線の建設ラッシュで橋脚が林立していて2年後の北陸新幹線開通が待ち望まれる。駅前で昼食をしてから富山港近くの嘗ての「北前船」で栄えた豪商の家に行く。本当は「ライトレール」という路面電車に乗ればいいのだが、時間の問題もありタクシーで港へと北進する。「北前船廻船問屋の森家」というのがあり、約130年ほど前に建てられた建物が現存している。ご存知北前船は北海道と本州、そして関西地区を結ぶ船で色々な荷を積んで商っていたという。今で言うと100トンほどの船らしいが、一度の航海で現在の価値で1億3千万円ほどの売り上げあり、船の建設費約1億円をたった一回の航海で元を取ったという。だから日本海沿岸の港には豪商たちが一杯いた訳だ。その北前船は北海道には30日ほど、大阪には50日ほどの航海だったという。風任せ、波任せだったのだろう。北海道からは肥料となるニシンを、富山からは米を運んだという。さてこの家の前の街道は「北国街道」で江戸時代金沢の前田家の参勤交代の行列は2000人規模でここらを通過し金沢″]戸間を13日で歩いたという。その後没落した森家の建物は倉敷紡績の祖、大原さんが買い求め現在に至っているらしい。富山は安田財閥の祖、「安田善次郎」の出身地でもある。帰りは「ライトレール」で富山駅まで戻る。さあいよいよ八尾(やつお)へと向う。台風の影響で大阪と結ぶ「特急サンダーバード」は全て運休だという。これでは関西方面からの日帰り客は来ることが出来ないだろう。

「手前勝手世界食物語、第215話」

「熊本の馬肉の刺身」
以前にも一度取り寄せたことがあったが,熊本の「宮本精肉舗」の馬肉を約600gインターネットで購入した。届いた馬肉には「カナダ産熊本飼育」と書かれてあったが、原産地はカナダの馬なのだとか。子馬の頃に輸入して熊本県内の牧場で飼育したのだろう。ブロックで購入したので自分でスライスした。玉ねぎのスライスとニンニクとしょうがのすり下ろしたのを合わせて、九州独特の甘みのある醤油で食べる。これが実に美味い。タテガミの部分の脂身もおまけで入っていた。馬肉は「赤身」と「霜降り」の共に中クラスを頼んだが、どちらも美味しかった。馬肉は実にヘルシーな肉だ。馬肉600gに送料込みで6200円は高いか安いかは別だが、今生身の牛が食べられない状態だから馬肉で我慢するしかない。
以上、東京から勢古口がお送りしました。

「相生橋の塗り替え」

江東区と中央区を結ぶ「相生橋」の塗装の塗り替え工事がこの度終えた。やはり綺麗になった姿は素晴らしい。塗り替えというと思い出すのが、大阪南港にある「中央大橋」だ。この橋は二層国「の非常に大きな鉄の橋だ。これの塗り替え工事には塗料1万トンが使われたと報道されていた記憶がある。鋼鉄の橋には錆び止めが必要だから、数年毎に塗り替えるというが、塗り替え不要の塗料は発明されないのだろうか?これこそ無駄遣いではなかろうかと思ったりしています。

「新月の朝」
8月末の新月の朝、ということは当然「大潮」の時期だ。大潮は満月と新月とにある。その日、豊洲運河の岸辺を隅田川の水が盛り上がって押し寄せていた。岸辺に水が流れ込んでいたが、私は初めて偶然にもお目に掛かったことになったのだ。それから30分後、同じ場所では既に満潮の時期を終えて、水はピーク時よりも50cm近く下がっていた。だから先ほど観たのは正に「満潮」の時だったのだろう。こうして月は満ち欠けし、人間はその影響を強く受けて生き死にしている訳だ。

「台風の最中」
いよいよ台風が接近してきたが、私は3日の土曜日から富山へ出掛ける。「越中富山は八尾のおわらかぜの盆」を観に行くためだ。丁度台風と一緒に見物かなあ?踊りだから雨天では中止だろうが、まあ行って見よう。台風見物のつもりで。