「またまたブルーリリーへ」

「手前勝手世界食物語、第391号」
「またまたブルーリリーへ」
銀座4丁目、三菱東京UFJ銀行のビルの地下2階にある中華料理店「ブルーリリー」は味もいいし、値段もリーズナブルな店なのでよく使っている。ほぼ1ヶ月に1回は来ているだろう。その日も店でメニューを見ていたら「いらっしゃいませ」と一人の女性店員が挨拶をしてきた。見ると黒縁の眼鏡をかけたので分からなかったが、いつもいる中国人の店員だった。眼鏡で印象が全く違っていた。本日の料理は、まず「寒鰤の中華風カルパッチョ」で始まり、次がメインの「北京ダック」のハーフサイズ。最後に「北京ダック」の肉を食べた。いつもながら満足でした。(写真:ブルーリリーの料理3種)

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寒鰤は今が正に旬の魚だ。胡麻油でアレンジされたカルパッチョは中華では有り得ない味だった。北京ダックは半身だったが6枚と少なく、まあこんなものかといった感じでした。でもこの店は「際コーポレーション」という会社の店で一度社長にも会ったが、テレビにも出るような立身出世物語の人物で、料理の味は本当にいい店です。
以上、勢古口が東京よりお送りしました。

「宝くじ」

「J  REPORT 2015 12月第4週」
「リタイアメント・ノート 7年6ヶ月目」、
「VOL。929 SINCE AUG.12th、1983」
ご意見が御座いましたら、こちらへメールください。  sekoguti@aa.e-mansion.com

「宝くじ」
日本で一番高額な配当が当たると有名な宝くじ売り場は勿論東京は銀座、数寄屋橋交差点にある「西銀座チャンスセンター」だということがご存知だろう。未だ未だ長い列が連日続いている。今年の列は異常だ。3時間待ち4時間待ちはザラだと言う。目指すは10億円、1等7億円、前後賞1.5億円と凄い額だ。江戸時代にも「富籤」としてお寺や神社でお上の許可を得て販売されていた。その当時の1等は1000両だったというから、約1億円に相当する。それからみてもこの10億円は凄い高額だ。正にこれは「夢」だ。初夢期待の行列も22日でお終いだ。(写真:宝くじを買う人たちの列)

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夜も6時を過ぎたので、宝くじを買う人の列もなくなった。(写真:有楽町マリオン前)
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「東急プラザ」
西銀座チャンスセンターの反対側に建設中のビルがある。元は「東芝銀座ビル」だったが、東急不動産が再開発した「東急プラザ」だ。建設の完成は来年1月末で、商業施設が入ってのビルのオープンは3月末だという。銀座の変貌はまだまだ続く。(写真:完成真近の東急プラザ)

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(写真:東急プラザの夜景)
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「左側通行」
世界中で左側通行の国と右側通行の国がある。日本はと言えば、江戸時代から左側通行だったという。1775年に来日したスェーデン人医師の「ツュベリー」が書いた「江戸参府随行記」には「こんなに気持ちよく旅行出来た国はオランダ以外にはなかった。この国の道路は一年中良好な状態にあり、広く且つ排水用の溝を備えている。対向者と擦違う際の配慮として左側通行の慣習が定着していた。」と記されているという。嘗て英国の植民地だった所は基本的に左側通行だが、ヨーロッパやアメリカ、アジアでも中国などは右側通行だ。江戸時代、武士は大小の刀を左腰に差した。従って道で武士同士が擦違う場合、所謂「鞘当」を避けるためにはお互いが道の左側の歩くことで解決出来た。この風習が定着していたものと思われる。騎士道は英国でも欧州でもあったのだが、英国は左側、欧州は右側になったのがどうしてなのか分からない。エスカレーターの乗り方も日本は若干不思議だ。関西は右側に立ち、関東を含めてほぼ全国は左側に立つのが習慣的になっている。世界各国はどうなのだろうか?ロンドンでもパリでもニューヨークでも地下鉄等に乗ったが、エスカレーターはどうだったか忘れてしまった。伝統的な立ち方歩き方から考えれば東京式が正しい日本流の立ち方なんだろう。(写真)帝国ホテル前の道路)

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「交通事故」
豊洲には日本で最初にてオープンした「セブンイレブン」がある。「セブンイレブン1号店」だ。その店の前の交差点、片側3車線、中央分離帯がある比較的大きな交差点だ。歩車分離のスクランブル交差点でのことだった。私はバスに乗車していてバスは真ん中の車線に停止していた。見ていると若い女性が既に信号は赤になっているのにまだ中央分離帯を歩いている。それも堂々と歩いている。車道の信号が赤になり中央寄りの車線のダンプカーが動き出したが、その前をまるで信号機を無視して歩く女性。ダンプの動きにつられて、ダンプカーと私の乗るバスの間から一台のバイクが飛び出していった。当然ながら歩行者の女性と衝突した。あっという間の出来事だった。勿論悪いのは信号無視して歩いていた女性だが、バイクは女性を撥ねた後、転倒してしまった。バイクの前方不注意ということになるのでは余りにも可哀相な事故だった。信号無視は止めよう。そう言っているうちに猛スピードの自転車が信号無視して歩行者の列に突入していった。恐ろしい自転車でした。

「夜の街は光の渦」

「夜の街は光の渦」
いよいよクリスマスが近付いてきた。どこもかしこもLEDライトのイルミネーションに飾られている。まずは日比谷から丸の内方面の道路の両側の木々に光の列があった。(写真:日比谷にて)

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日比谷シャンテ前も輝いていた。(写真:日比谷シャンテ前)
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「孫にクリスマスプレゼントを」
娘からメールが来て、孫たちへのクリスマスプレゼントのリクエストが書かれていたので早速銀座のおもちゃ屋に行った。リストを店員さんに渡して揃えてもらった。あっという間に買えました。(写真:キティーちゃん)
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「2015 私の勝手な映画批評シリーズ」
映画「わたしはマララ」(TCみゆき座にて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年211作目)
One teacher, one book and one pen can change the world. という彼女の言葉が印象的だ。タリバンの襲撃により重傷を負った15歳の彼女はそれでも強く女性の教育を訴えた。これはドキュメンタリー映画だ。彼女の生き方には感動させられる。

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映画「独裁者と小さな孫」(ヒューマントラストシネマ有楽町にて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★★(今年212作目)
ある東欧の独裁国家。大統領は革命が起き、幼い孫と逃げ惑う。皆が大統領を殺せと探し回っている中、やがて海まで到達したのだが、遂に民衆に捕まってしまう。果たしてその結末は?5-6才の孫息子の演技がすばらしい。ぜひお薦めします。
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映画「母と暮らせば」(丸の内ピカデリーにて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★★(今年213作目)
流石「山田洋次」監督だ。全編の5割が泣いている場面だ。長崎への原爆投下で死んだ医学大学生と生き残った彼の母、そして許婚の女学生の3年後を描く。幽霊と人間との物語という不思議な設定。中々泣けるお話でした。
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映画「ベテラン」(HTC有楽町にて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年214作目)
韓国映画。ベテランの刑事が財閥の若い2代目経営者の犯罪を追うと言うお話し。面白かった。韓国の財閥の同属経営の実態が描かれており、大韓航空を思い出した。
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映画「オレンジ」(UC豊洲にて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年215作目)
10年後の自分からの手紙が時空を超えて16歳の自分に届き、好きな男性が自殺するのを防ごうとするお話し。余りにもじれったくて何でこんな映画が流行るのか理解不能でした。
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日経新聞12月18日夕刊の「シネマ万華鏡」の評価によれば、「あの頃エッフェル塔の下で」が4つ星、「マイ・ファニー・レディ」が3つ星、「ヴィレット」が3つ星、「ひつじ村の兄弟」が3つ星、「ティーン、君がいた瞬間」が3つ星、「はなちゃんのみそ汁」が2つ星、「友だちのパパが好き」が4つ星でした。

「私の去年2015年の映画の評価は?」あくまで私の私感ですからね!!
今年の★★★★★は、「ドラフト・デイ」「アメリカン・スナイパー」「博士と彼女のセオリー」「中島みゆき」「セッション」「ビリギャル」「あん」「人生スイッチ」「筑波海軍航空隊」「天空の蜂」「リトル・プリンス」「ハッピーエンドの選び方」
今年の★★★★は、「ゴーン・ガール」「トラッシュ」「スパイ・レジェンド」「アゲイン、28年目の甲子園」「おみおくりの作法」「ビッグ・アイズ」「KANO」「深夜食堂」「シェフ」「パリよ、永遠に」「ソロモンの偽証」「くちびるに歌を」「イミテーション・ゲーム」「バードマン」「ギリシャに消えた嘘」「龍三と七人の子分たち」「駆け込み女と駆け出し男」「靴職人と魔法のミシン」「海街ダイアリー」「マッドマックス、怒りのデスロード」「愛を積むひと」「アリスのままで」「雪の轍」「悪党に粛清を」「チャイルド44」「アベンジャーズ」「バケモノの子」「ラブ&マーシー」「ジェラシック・ワールド」「ミッション・インパセブル」「アンフェア the end」「キングズマン」「テッド2」「ヴィンセントが教えてくれたこと」「Dearダニー、君へのうた」「カリフォルニア・ダウン」「ポプラの秋」「エール!」「ターミナル 起終点駅」「ホワイト・ゴッド」「黄金のアデーレ」「俺物語」「007 スペクター」「海南1890」「独裁者と小さな孫」「母と暮らせば」

「2015 旅の記憶シリーズ」
2015年の国内旅行は、1月に福岡(博多)、大分(中津)、佐賀(武雄温泉)、岐阜(白川郷、)、富山(五箇山、氷見、高岡)、新潟(越後湯沢)、3月は長野(長野)、千葉(銚子)、5月は福岡(博多)、熊本(熊本)、佐賀(武雄温泉)、6月は青森(不老不死温泉、弘前城)、釜石(岩手)、10月は沖縄(ルネッサンスリゾート)、11月福岡(博多)、佐賀(武雄温泉、唐津)、大分(日田)、11月は福島(喜多方、会津若松)、山形(米沢、山形、天童、山寺)、宮城(仙台、石巻)を訪れました。

2015年の海外旅行は、2月のアメリカ(ハワイ)、3月のウズベキスタン(61カ国目)、4月のメキシコ(62カ国目)、5月は2度目のバルカン半島(アルメニア、モンテネグロ、クロアチア、ボスニアヘルツゴビナ、スロベキア)、7月はブルガリア(63カ国目)ルーマニア(64カ国目)、8月はアメリカ西海岸(シアトル、LA)、9月はアメリカ南部(ヒューストン、ナチェス、メンフィス、ツゥペロ、ニューオーリンズ)でした。

「2015 歌舞伎観劇シリーズ」第1回目=2月大歌舞伎(歌舞伎座)、第2回目=4月大歌舞伎(歌舞伎座)

「2015 本の記憶シリーズ」
「夢幻の天守閣」(上田 秀人 著)光文社文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年263冊目)シリーズ第2弾

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「目黒横恋慕殺人事件」(風野 真知雄 著)文春文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年264冊目)「耳袋秘帖」シリーズ第19弾
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「足留め箱根宿」(小杉 健治 著)幻冬舎文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年265冊目)「仇討ち東海道」シリーズ第2弾

「赤姫心中」(小杉 健治 著)集英社文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年266冊目)「質屋藤十郎陰御用」シリーズ第3弾

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「恋飛脚」(小杉 健治 著)集英社文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年267冊目)「質屋藤十郎陰御用」シリーズ第4弾
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「慟哭」(坂岡 真 著)光文社文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年268冊目)「鬼役」シリーズ第17弾
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「勝鬨から築地へ」

「自宅から銀座まで歩く、その3」
「勝鬨から築地へ」
月島商店街から晴海通りに出る。そこは勝鬨橋南詰め、隅田川を渡る橋が「勝鬨橋」だ。確か日露戦争の勝利を祝って造られた橋だったと思う。完成したのは昭和初期、下を通る船のために中央部分が開く橋だったが、交通量の増大で閉めきられてしまったのが、昭和40年代だったか?(写真:勝鬨橋)

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隅田川を遡っていく観光船が観える。(写真:観光船)
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(写真:観光船)
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川下の方を見るとちょっと霞んでいるが、その先には「芝浦」のビル群が観える。この辺りも急速にビルが建てられた地区だ。(写真:芝浦方面)
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上流の方には「聖路加タワー」が観える。明石町付近だ。この近くで「慶応義塾」が生まれた。九州は中津藩の下屋敷で福澤先生が講義をしていた場所だ。(写真:聖路加タワー)
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橋を渡るともう築地の場内市場の駐車場だ。(写真:場内市場の駐車場)
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その先には「波除神社」がある。築地の守り神だ。大阪には波除の地名もあるので、個の神社は大阪出身なのかも知れない。(写真:築地の波除神社付近)
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この辺になると魚のトロ箱を乗せて運ぶ運搬車の姿も観られる。(写真:運搬車)
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場内市場は既に車での搬出も終えているようで、入口付近は静かなものだった。(写真:築地場内入口付近)
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さあいよいよ「築地場外市場」だ。一般の人たち、観光客、勿論一部のプロの人も、仕入れに来た飲食店の人も集まるのが、場外市場だ。最近は外国人観光客にも人気と聞く。あの初せりでマグロを高値で競り落とすので有名な寿司屋の前には今日も行列が出来ていた。(写真:場外市場1)
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(写真:場外市場2)
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(写真:場外市場3)
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(写真:場外市場4)
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(写真:場外市場5)
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(写真:場外市場6)
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晴海通りと新大橋通りの交差点まで来た。交差点の南東が場外市場、東北が「東本願寺」、北西と西南は商店街だが、不思議と場外市場を過ぎると人の流れが大きく減る。(写真:築地交差点)
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築地は来年の秋には「豊洲新市場」へと移る。場外市場は恐らくそのまま営業を続けるのだろう。来年には築地の風景も大きく変わることだろう。

「東京タワーもクリスマス衣装?」

「東京タワーもクリスマス衣装?」
朝、まだ日の出前、東京タワーがライトアップされていた。オレンジ色に光り輝く東京タワー。その上空の雲の若干赤く光っている。まだ地球の向こう側にいるであろう太陽からの光が上空の雲まで既に到達しているのだろうか?なんとも不思議な自然現象でした。(写真:東京タワー)
東京タワー1
「ララポートのクリスマス風景」
映画館を出て外を見たらララポートの庭にクリスマスのイルミネーションがあった。中々美しい飾りだった。(写真:ララポート豊洲のトナカイさん)

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(写真:ララポート豊洲にて)
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「朝焼けの美しさ」
そんなことを思っていると30分後には夜明けが訪れた。そして朝焼けの空に不思議な雲が出ていた。今が正に「短日」、その名の通り日が一番短い時期なのだ。江戸時代の時刻は基本は太陽が出る夜明けが「明け六つ」で、日の入りが「暮六つ」となる。明け六つと暮六つの間を六刻に分けた。従って一刻は約2時間なのだが、夏と冬とでは日の出、日の入りが違うので、それぞれの一刻の長さが違っていた訳だ。暦は月で、時刻は太陽で数えていたのが旧暦だった。(写真:朝焼けの空)
朝焼け

「江戸の庶民の生活は楽だったか?79」
「屏風絵、その1」
この屏風は江戸の風景を描いたもので「江戸東京博物館」の常設展に展示されていたものの一部だ。絵は手前に隅田川があり、浅草の賑わいが見られ、右手奥に上野寛永寺、不忍池などが描かれている。川の手前は向島だろうか?浅草は当時は江戸一番の繁華街で庶民が挙って通った街だったという。(写真:江戸の浅草界隈)

「泥鰌汁」
江戸の食べ物で「泥鰌汁」がある。今で言う「泥鰌鍋」だ。18世紀始めの文政時代までは泥鰌をそのまま丸のままを使う「丸煮」だったが、ある料理屋が泥鰌の頭も骨も臓腑も取り出した「蓋丸煮」を売り出して人気を呼び、江戸中に広がったという。今も浅草周辺には有名な「どぜう」の店が数多くある。私も昔は家族連れで両国橋東詰めにある「桔梗屋」によく行ったものだ。この店、戦前からあり、226事件の際は近衛兵を説得した将校たちが訪れたこともあったと聞く。勿論、桔梗屋では「丸鍋」も「抜き鍋」もありどちらも美味しい。寒くなってくると泥鰌鍋が楽しみだ。

「柿安と天龍」

「手前勝手世界食物語、第390号」
「柿安にて」
「日比谷シャンテ」にある「柿安」には最近は月に3-4回通っている。食べ放題@3150円(税込み)、飲み放題付き@2000円アップだ。和、洋、中華、エスニックと色々あるが、やはり和食中心でそれも野菜が美味しいから私は好きだ。特に野菜の煮物は抜群の味だ。本当にプロの仕事をしていると思う。だから忘年会シーズンの今は本当に混んでいるが、それでもグループで来ている人、家族連れ、個人客と色々な客層の人たちが来ている。何となく身体に優しい料理が並ぶのが良い。洋食は余り食べない。ローストビーフを少々摘むだけ。基本は和食をこの店では食べている。飲むのは鹿児島産の「芋焼酎」のみだ。(写真:柿安にて)

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「天龍にて」
この店も何度も紹介しているが、私が商社勤務時代の若いまだ担当者だった頃だが、銀座には大手ゼネコンの「T建設」の本社と東京支店があり、そこの「資材部」には鉄鋼製品の売込みでほぼ毎日通っていた。だから今から40年近く前のことだ。資材課の方と一緒に昼食に出掛けたのが、この店「天龍」だった。今と同じ巨大な餃子が有名だった。建物もその当時のまま。ちょっと値段は上がったが、その他一部店内の模様が変わったが、40年経っても基本は何も変わっていない。今日は「豆もやし」と「しなちく」、「名物の餃子」、最後が「牛肉とブロッコリーの炒め物」を注文した。この餃子、余りにも大きいので一人前では多過ぎるのが玉に瑕だが、まあ満足出来る。更にこの餃子の食べ方だが、これは好き嫌いだから勝手だが、醤油にお酢、それに「和辛し」をたっぷり浸けて食べるのがこの店の食べ方だ。満腹になりました。部下の新入社員を連れて来たことがあったが、この餃子、6個入りなのだが、痩せた彼は半分も食べられなかったことを思い出した。(写真:天竜の料理3品)

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食事を終えて帰宅したら、マンションの前にもLEDライトのイルミネーションが光輝いていた。(写真:自宅前)

以上、勢古口が東京よりお送りしました。

「皇居の紅葉」

「J  REPORT 2015 12月第3週」
「リタイアメント・ノート 7年6ヶ月目」、
「VOL。928 SINCE AUG.12th、1983」
「国立近代美術館にて」
上野は銀杏が実に美しかった。東京都美術館の後、駅近くの「国立近代美術館」では「黄金伝説」という特別展をやっていたので入って見た。古代の黄金製品を集めた展示会だったが、勿論撮影禁止なのでお許しください。(写真:美術館前)

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(写真:黄金伝説展の看板)
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鉄が造られていない古い時代でも黄金で造られた物は沢山あったから不思議だ。人間の欲望の原点は「GOLD」なんだろうか。そんな中に先日観た映画「黄金のアデーレ」の主題の絵の作者、オーストリアの「クリムト」の絵画があったが、これも撮影禁止なのでパンフレットの絵を紹介しよう。金箔をふんだんに使って描かれた騎士の絵だ。金箔はクリムトの作品に数多く使われている。(写真:クリムト作)
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常設展の方に廻ってみる。新しい絵画が展示されているコーナーを観た。余り有名な絵画ではなかったが、多分玄人受けする絵画なのだろう。ここでは大半の絵は撮影可だ。最初は「ファン・バン・デル・アメン」作、「果物籠と猟鳥のある静物」。(写真:アメン作)

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次は「ドメニコ・プリーゴ」作、「アレクサンドリアの聖カタリナを装う婦人の肖像」(写真:プリーゴ作)
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最後が「アンドレア・デル・サトル」作、「聖母子」(写真:サトル作)
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以上がニューアライバルの3作品だった。
次いで既に展示されている絵画を観る。私の趣味で紹介する。最初は「ルーベンス」作、「眠る二人の子供」(写真:ルーベンス)
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次が「カルロ・ドルチ」作、「悲しみの聖母」(写真:ドルチ作)
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もう一つ、「クロード・モネ」作、「しゃくやくの花園」(モネ作)
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そしてこれは撮影禁止だったが、「フェルメールに帰属」となっている「聖プラクティス」。多分フェルメールが描いたものだろうという説明付きで、帰属という表現になっているのだが、業界ではフェルメールの作品だというのが通説だそうだ。それも若い20代前半の作らしい。そこで看板を撮影。(写真:フェルメールに帰属)
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著名な画家の本物の作品が多数展示されている美術館としては日本一は間違いないだろう。写真撮影も可だから助かる。さて外に出てみると「国立近代美術館を世界遺産に」とあったが、これで世界遺産になるのかしら?

「月と金星」

「月と金星」
夜明けの東の空に三日月が見える。近くに金星「明けの明星」も光り輝く。宇宙の神秘のような景色だ。薄く青く色付く空、月の美しさ、それに寄り添うような金星。本当に美しい空だった。日々、月は東の空に移動しながら、痩せ細っていく。いよいよ新月を迎える。(写真:月と金星、左、右)

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「シャネルのクリスマス・ツリー」
銀座通り2丁目にある「シャネル」の店。中国人も沢山いる。正に売れに売れているようだ。店内に「クリスマス・ツリー」があった。係りの人に「写真を撮ってもいいか?」と聞いたら最初「駄目です」と言われたが、すぐに相談してきたらしく「ツリーだけならばよいそうです」とのことでちょっと変なクリスマス・ツリーを撮影した。(写真:シャネルのクリスマス・ツリー)
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「夜明けの富士山」
夜明け、太陽が昇った直後の「富士山」だ。豊洲大橋の上から撮影した。橋の高さは20数mだが、品川付近に次々とビルが建ったので、漸くビルの間から富士山が眺められるだけになってしまった。雪に覆われた富士山。きれいだが、余りにも小さい。(写真:富士山)
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「2015 私の勝手な映画批評シリーズ」
映画「杉原千畝 スギハラチウネ」(TC日本橋にて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年205作目)
戦前リトアニアの領事館でユダヤ人に対して日本通過のヴィザを本国の指示を無視し独断で発酵し2000人以上のユダヤ人を救った外交官を描いた。外務省内での出世か、それとも信念か。果たして歴史は彼にどういう判定を下したのだろうか? ちょっと長過ぎた映画でした。もう少し纏めたらよかったのにね。

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映画「007 スペクター」(TC日劇にて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★★(今年206作目)
強過ぎ、もて過ぎ、お金掛け過ぎ、兎に角スケールが凄いが、当たり前だろう。世界中でいくら稼ぐのだろうか?
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映画「海難1890」(TC日本橋にて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★★(今年207作目)
明治23年の1890年に和歌山沖で起こった海難事故でトルコ海軍の軍艦が沈没、500人以上が亡くなったが、近くの島民たちの献身的な活躍で65名の兵士の命が救われた。これ以降トルコは親日的になる。そしてイランイラク戦争が95年後に起こる。フセインが48時間後にイラン上空を封鎖するという。残されたテヘラン在住の日本人に対してはJALは危険だということで、また自衛隊は国会承認が取れないとのことで自国民救助を放棄した。その時、トルコの首相が自国民より先に日本人の救出を命じた。残り時間は6時間だった。これは実話だ。またトルコが好きになった。
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映画「ハイスピード」(TC日本橋にて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年208作目)
中学1年生の水泳部員4人の友情を描く。スポ根アニメ。
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映画「ガールズ&パンツァー」(UC豊洲にて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年209作目)
高校生の学科の一つに「戦車道」というのがあり、世の中に認知されているという架空の世界での女子高校生の戦車隊の合戦とその活躍を描くアニメ。何だか変な気分の映画でした。
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映画「サンローラン」(TCシャンテにて)私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年210作目)
ゲイでありドラッグ中毒であり、しかし才能に恵まれた「イブ・サンローラン」の半生を描く。奔放に生きた人生だった。
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日経新聞12月11日夕刊の「シネマ万華鏡」の評価によれば、「ハッピーアワー」が4つ星、「リザとキツネと恋する死者たち」が4つ星、「ベテラン」が3つ星、「わたしはアララ」が3つ星、「創造と神秘のサグラダ・ファミリア」が2つ星、「森のカフェ」が2つ星、「新しき民」が3つ星でした。

「私の去年2015年の映画の評価は?」あくまで私の私感ですからね!!
今年の★★★★★は、「ドラフト・デイ」「アメリカン・スナイパー」「博士と彼女のセオリー」「中島みゆき」「セッション」「ビリギャル」「あん」「人生スイッチ」「筑波海軍航空隊」「天空の蜂」「リトル・プリンス」「ハッピーエンドの選び方」
今年の★★★★は、「ゴーン・ガール」「トラッシュ」「スパイ・レジェンド」「アゲイン、28年目の甲子園」「おみおくりの作法」「ビッグ・アイズ」「KANO」「深夜食堂」「シェフ」「パリよ、永遠に」「ソロモンの偽証」「くちびるに歌を」「イミテーション・ゲーム」「バードマン」「ギリシャに消えた嘘」「龍三と七人の子分たち」「駆け込み女と駆け出し男」「靴職人と魔法のミシン」「海街ダイアリー」「マッドマックス、怒りのデスロード」「愛を積むひと」「アリスのままで」「雪の轍」「悪党に粛清を」「チャイルド44」「アベンジャーズ」「バケモノの子」「ラブ&マーシー」「ジェラシック・ワールド」「ミッション・インパセブル」「アンフェア the end」「キングズマン」「テッド2」「ヴィンセントが教えてくれたこと」「Dearダニー、君へのうた」「カリフォルニア・ダウン」「ポプラの秋」「エール!」「ターミナル 起終点駅」「ホワイト・ゴッド」「黄金のアデーレ」「俺物語」「007 スペクター」「海南1890」

「2015 旅の記憶シリーズ」
2015年の国内旅行は、1月に福岡(博多)、大分(中津)、佐賀(武雄温泉)、岐阜(白川郷、)、富山(五箇山、氷見、高岡)、新潟(越後湯沢)、3月は長野(長野)、千葉(銚子)、5月は福岡(博多)、熊本(熊本)、佐賀(武雄温泉)、6月は青森(不老不死温泉、弘前城)、釜石(岩手)、10月は沖縄(ルネッサンスリゾート)、11月福岡(博多)、佐賀(武雄温泉、唐津)、大分(日田)、11月は福島(喜多方、会津若松)、山形(米沢、山形、天童、山寺)、宮城(仙台、石巻)を訪れました。

2015年の海外旅行は、2月のアメリカ(ハワイ)、3月のウズベキスタン(61カ国目)、4月のメキシコ(62カ国目)、5月は2度目のバルカン半島(アルメニア、モンテネグロ、クロアチア、ボスニアヘルツゴビナ、スロベキア)、7月はブルガリア(63カ国目)ルーマニア(64カ国目)、8月はアメリカ西海岸(シアトル、LA)、9月はアメリカ南部(ヒューストン、ナチェス、メンフィス、ツゥペロ、ニューオーリンズ)でした。

「2015 歌舞伎観劇シリーズ」第1回目=2月大歌舞伎(歌舞伎座)、第2回目=4月大歌舞伎(歌舞伎座)

「2015 本の記憶シリーズ」
「八州探訪」(佐伯 泰英 著)新潮文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年257冊目)「新・古着屋総兵衛」シリーズ第11弾

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「料理番に夏疾風」(小早川 涼 著)角川文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年258冊目)「新・包丁人侍事件帖」シリーズ第1弾
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「信長誘拐」(鈴木 英治 著)PHP文芸文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年259冊目)

「暗殺」(早見 俊 著)コミック時代文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年260冊目)「若さま十兵衛 天下無双の居候」シリーズ第2弾

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「幻影の天主閣」(上田 秀人 著)光文社文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年261冊目)
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「花の刃」(あさの あつこ 著)文春文庫 私的批評眼(J‘CRITICAL EYE)★★★(今年262冊目)「燦」シリーズ第6弾
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「豊洲から月島へ」

「自宅から銀座まで歩く、その2」
「豊洲から月島へ」
豊洲は元々工場地帯だった。その中心が「石川島播磨重工業」のドックだった。その他、三菱製鋼、三井製糖、等々の工場群が豊洲から東雲、有明と続いていた。今残っているのはIHIだけで、「IHI豊洲ビル」となっている。(写真:IHIビル)

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IHIの前は「晴海通り」が走っている。IHI前の交差点を2月の「東京マラソン」ではランナーが走る。35km付近だ。この辺りを走る時は一般ランナーはもうへとへと状態だ。(写真:IHI前交差点)
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この交差点には「日本ユニシス本社」が入るビルもある。橋を渡ると江東区から中央区晴海地区となる。この辺りは住宅街だ。更に進むと「もんじゃ焼き」で有名な「月島」だ。確かにもんじゃ焼きの店が商店街の8割ほどを占めているようだ。(写真:月島商店街)
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もんじゃ焼きも好き嫌いがあるようだが、土日ともなると結構観光案内の本を持った人たちが店を探して、うろうろとしているのを眼にすることが多い。(写真:月島商店街のもんじゃ店並び)
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さて月島を抜けると晴海通りだが、その手前の掘割には小型の漁船の船溜まりがある。なんとなく下町の風景だ。(写真:月島の船溜まり)
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反対側には「屋形船」の船溜まりがあった。(写真:屋形船)
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やはり、月島も下町の風情が抜けて高層マンションが次々と建てられている。どこも都内は昔の姿が失われていくのは仕方ないのだろう。

「江戸城」

「江戸の庶民の生活は楽だったか?79」
「江戸城」
徳川幕府で将軍の居城だ。江戸時代は「江城」(こうじょう)という呼び名が一般的だったそうで、「千代田城」とも呼ばれていた。これも両国の「江戸東京博物館」の常設展示場にある江戸城の模型だが、模型には幻の「天守閣」も復元されている。江戸初期にはあった天守は「明歴の大火」で消失しその後復活していない。地図で観ると天守の場所は「内堀」の「北拮橋」を渡った直ぐのところとなっている。今の国立公文書館の内堀の対岸に当たる。即ち江戸城の西北に当たる。天守の東側の黒屋根が「大奥」だ。広大な建物が連なっている。(写真:江戸城天守と大奥)

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江戸城の「天主閣」は実は3代あった。初代の天守閣は家康が造ったもので慶長12年(1607)完成した5重6層建てだったという。これが模型の原形だ。二代将軍秀忠により、初代は元和8年(1622)に取り壊され、二代目が再建された。更に三代将軍家光は14年後に三代目の天守閣を造りなおした。しかし、「明暦の大火」(明暦2年、1657)で消失してからは再建されていない。「天守台」のみ再建された。「明歴の大火」は、本郷のお寺で若死にした商家の娘の供養が行われていた。回向にと娘の気に入った振り袖を焼いているところ、強風が吹き、火の付いた振り袖が寺の本堂の屋根に舞い上がり出火した。これが原因で江戸市中を焼き尽くし約10万人以上の焼死者をだしたというものだ。別名「振り袖火事」として知られている大火災だった。城の東側に「大手門」がある。大手門を入った直ぐ右側が「二の丸」、今の「皇居東御苑」だ。(写真:大手門)
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「二の丸」にも大きな建物が数多くある。(写真:二の丸)
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大手門を入って真っ直ぐ進み、城を左に曲がり、桔梗門の手前から右手に登るとそこが江戸城の入口だ。ここからは大名は一人で江戸場内に入っていかなければならない。(写真:江戸城登城の入口)
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「松の廊下」
本丸御殿の大広間から将軍との対面所のある白書院に至る全体約50m、幅4mほどの廊下だ。ご存知、忠臣蔵の原因となった浅野・吉良の刃傷が行われた場所だ。(写真:松の廊下)
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「全景」
江戸城の天守閣と本丸と二の丸を含めた全景だ。本丸は政治の中心で各大名が詰め、将軍に謁見し、老中が政治を動かした場所だ。天守閣と本丸の間が大奥だった。女の城だった。(写真:江戸城全景)
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ということでそれでは実物を観に行こうということで皇居を訪れました。